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第7章 その7 閑話 2 たったひとりのエリーゼ

         7


「おまえ、ちんちくりんだな!」

 言い放ったのは、波打つ金髪に金茶色の瞳、白い肌をした美青年である。非常に整った顔立ちには高貴な血統の印が厳然とあらわれていた。玉座を思わせる豪華な椅子に、長い足を投げ出して腰を下ろしている。


 面白がっているような口調だった。


 いきなり掛けられた言葉に、その場に詰めていた側近たちは大いに慌て、ざわついた。


 ここはエルレーン公国首都シ・イル・リリヤの中枢部。

 大公の一家が居を構える離宮の一つである。

 ちなみにこの場所は非公式の面会などにも用いられてきた。


 このときも、重要な国賓との極秘の謁見であるはずで、公嗣と呼ばれた青年の側近くには、五人の、壮年男性が詰めている。大臣等、国の要職に就いている者達だった。


「お慎みください公嗣様、その態度は、いかがなものかと」

「他国の王族に、このような対応、あってはなりませぬ」

「大公閣下がお留守のこのときに。我らがついていながら、不甲斐のうございます。いくら《呪術師》殿の取りなしとはいえ、許可するのではありませんでした!」


 公嗣はうんざりしたように眉をよせる。 

「おまえたち、もう下がれ。公の対面でなければ構わないのだろう? おれと、こいつは、まだ顔を合わせていない。そういうことだ」


 群がる側近達を、片手を一振りして追い払った金髪の公嗣は、贅沢な椅子の上で、腰を軽く上げ、あぐらをかいた姿勢に、座り直した。


「しかしフィリクス殿下」


「去れと言ったぞ」

 怒気を含んだ言葉に側近達は縮み上がる。

「大公閣下にご報告をしないわけには、なりませぬ」


「よけいなことは言わぬが良いぞ。首と胴体が離れたくなければな」


 フィリクスと呼ばれた金髪の青年が、一言。

 豪奢なマントを床に引きずりながら、男達が逃げ去っていくのを見届けると、公嗣は謁見している客分に対して、向き直り、遠慮のない視線を目の前の少女に向ける。


「頭を上げよ。それでは顔も見えぬ」


 命じられたので彼女はうつむいていた上体を起こした。

 十代半ばの、幼さの残る面差しをした少女だ。

 長く黒い髪に、黒い目。白い肌。

 造作のよい面差しは、かつては美しかったであろうが、焦燥にいろどられており痩せこけて見る影もない。黒髪もまた、はりも艶もなくパサパサだった。


「これが傾国の美女か。どんなものかと思ったら、子供ではないか。こんなのがグーリア皇帝の執心か? 王女を寄越せというのは口実、エリゼールの領土が欲しかっただけじゃないのか」

 フィリクスは、つまらなそうに息を吐いた。


「ありがとうございます」

 少女が返した言葉に、フィリクスは意表をつかれて驚く。

 次いで、まじまじと彼女を見つめ、やがて、面白いものを見たように、目を見開いた。


「ちんちくりんだが、なかなか面白いことを言う子どもだ」


「わたくしは殿下のおことばで、救われましたので……」

 少女は、固い笑みを浮かべた。


「どういう意味だ。述べてみよ」


 尊大な公嗣を見あげ、少女は、薄く、微笑む。

「レギオン王国に逃げていたときのことです。彼の国は叔母が嫁いだ国とはいえ、親しい国ではありませんでした。わたくしの故国も、抵抗などせず早めにわたくしを皇帝に差し出していれば滅びなかったと、常に言われていましたから……ですが、狙いは領土だったのであれば……私がどうだろうと同じ結果だったでしょうから」


「ふん。くだらん国だ。どちらにせよ、公式には死んだことにするから、それも同じだな。おまえの行く末は、この俺が考えてやれと命じられているが。俺も忙しい」


 フィリクスは、少女の後ろに佇んでいる、黒髪の青年を見やった。

「これより先は、この者の言う通りにしろ。そなたが瀕死の状態から、命をつないだのは、彼のおかげだ」


 感謝をこめて、少女は恩人の顔を振り仰いだ。

「助けてくださって、本当に、ありがとうございます。このご恩は忘れません」


 それから、ふたたびフィリクスに顔を向ける。

「公嗣様。どのような処遇でも、ありがたきこと。お慈悲に感謝致します」


「やめろ。まるで悪人のような気になる」

 フィリクスは鼻白む。


「ああ、それとな。大臣やらに面倒くさいことを言われたかもしれないが、この俺が、ちんちくりんの子供に手を出すものか。心配しなくてもいい。おまえは家も国もなくした孤児だ。我が公国は『死者と咎人とみどりごの守護者』イル・リリヤの慈悲を体現する国なのだ。それに愛人ならいるから不自由はしていない。……な?」


 傍らの黒髪の青年を見やって、にやりと笑う。


 黒髪の青年は、深いため息をつく。

「フィリクス。降りかかる縁談に気が進まないからと言って、私を弾よけにするのはやめてもらいたい。おかげで嫁の来てもないではないか」


「嫁が来ないのはおまえが無愛想だからだろ……」

 楽しげにフィリクス公嗣は高らかに笑った。


「これは《影の呪術師(ブルッホ・デ・ソンブラ)》だ。愛想のねえやつだが。それなりに親切なんだぞ。姫、そなたの世話は、こいつにまかせた」


 影の呪術師は、ぴくりと眉を上げた。

「おや? 大公閣下は、フィリクスに一任したはずだが?」


「適材適所ってことだ! 頼んだぞ」

 右手を振る公嗣。

「会見は終わり。後は好きにしろ。ただしこの離宮は出るな。……行っていいぞ」


 それを合図に、控えていた侍女たちがやってきて少女に手を差し伸べ、ふらつく細い身体を支えて立ち上がらせ、会見の間を後にしようとした。


 その後ろ姿に、フィリクスは思いついたようにふと声をかけた。


「そういや、姫の名前は? エリーゼだったか?」


 少女は振り返り、虚ろに答えた。

「いいえ、殿下。わたくしは、ルイーゼロッタと申します。それにもう、姫などでは、ありません」


 ルイーゼロッタ。

 その名前を口にしたとき、少女の周囲から、音も光景も消えた。


          


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