閑話 その7 シア姫のすてきな絵本
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「こうして、ひとりぼっちの、かわいそうな北の王さまアルナシルは、竜の姫、シエナ聖女さまと出会って、かわいそうな王さまではなくなったのです。やっと、愛するひとに会えたから」
ここはエルレーン公国首都シ・イル・リリヤ。
大公の宮殿の、そのかたすみ。
公嗣、つまり大公の正式な跡継ぎであるフィリクス公嗣と同じく大公の正妃セシーリアを母に持つ妹姫であるシア姫ことルーナリシア公女の住む離宮である。
そこで、今夜も、カルナックは、わくわくしている表情のシア姫にねだられて、ちゃんとベッドに入ることという約束で、絵本を読み聞かせていた。
カルナックの持ち込む絵本は、いつも、魔法に彩られていた。
挿絵が動き、雪が降り、登場人物が語り、竜が空を飛ぶ。この世界の人間にはわからないが、まるで立体映像のようだった。
「それからどうなるの、カルナックさま」
いつもなら眠くなる頃合いなのに、この日のシア姫は目をキラキラさせて、カルナックが読んでくれる絵本のお話に聴き入っていた。
「ねえカルナックさま。王さまとお姫さまは、けっこんするの?」
「そうだよ、シア」
安心させるようにカルナックはうなずいて、続きを読み上げる。
「結婚式には、南の国で神殿に入り、りっぱな大神官になっていた弟シャンティさまも、お姫さまのお父さまである青竜、お母さまである白竜、他のおじさまたち、色の竜の一族や、お父さまのお弟子さんたちも、みんなでお祝いに訪れて、そのころには食べものに困ななくなっていた国のひとびとも、おおよろこび。お祝いの宴会は、なんにちもつづきました」
「カルナックさま、赤い竜のルーフスはどうしていたの?」
「ふふふ、シアはルーフスが好きだね」
「銀の国のお話しにもでてきたわ。くちはすこしわるいけど、しんせつなの、やさしいの、知ってるわ」
「もちろんルーフスもお祝いにやってきたよ。結婚のお祝いに、氷にとざされていた里に、温泉をつくってくれたんだ。北のはての国だけれども、温泉がわく、暖かい国になったんだよ。だからもう、寒くはないんだ」
「よかった!みんな、しあわせになったのね!」
「王さまとお姫さまは、そうしていつまでも、しあわせにくらしました」
カルナックは、シア姫に読み聞かせていた大判の絵本を、ぱたりと閉じる。
「めでたし、めでたし」
おとぎばなしの終わりは、そう締めくくられると決まっているのだから。
「よかった、王さまがひとりぼっちで、かわいそうっておもったの。だけど、竜のお姫さまに出会えたから、幸せになれたのね。シア、あんしんして、ねむれるわ……」
そう言って横になるが早いか、シア姫は目を閉じて、すぐに眠りについてしまったのだった。
すると、お世話係の2人が素早く馳せ参じる。
「あらあら、シアは眠ってしまったの。今夜は カルナックさまに朝までいてもらうんだって、がんばって起きていたのに」
「まだ五歳半だもの」
銀髪に淡い青色の瞳、背が高くすらりとした清楚な美女ふたり。キュモトエー、ガーレネーである。人間離れして美しい彼女たちは精霊なのだが、その素性を知るものは、いない。
「ねえカルナック。さっきの絵本、終わりまでは書かれてなかったわね」
「そうだわよ。あの国、アステルシアは、外界とは断ち切られて、入る資格のないものにとっては、雪のカーテンに閉ざされているのに。お伽話にしてしまって、いいのかしらねえ」
「いいんですよ」
ちらりと、シアの眠るベッドの向こうに、こちらをじっと凝視している、金髪に金茶色の瞳をした、筋肉質にして美形な青年の姿を見やる。
フィリクス公嗣だ。
何やら気を揉んでいて、話しかけていいのかどうか、悩んでいるようだけれど。
カルナックは、彼に、ほほえみかけた。
主に、サービス精神で。
「ヒトには、ハッピーエンドが必要なものだからね」




