閑話 赤竜の夜ばなし(3)滅びへの道標
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「思えば虚ろなる虚空海の果て、遠き故郷を滅ぼした前科のあるヒト族に、王など、荷が勝ちすぎたのだ」
見た目は十歳ほどの赤毛の少年、ルーフスは、辛辣に言い放つ。
「創世のとき、この地は『解凍された』ヒトで満ちた。そのヒトのうち多くは道を分かち氏族を率いて南へ、東へ、西へ旅だっていき、行き着いた先で国を興し、のちのち、それぞれに繁栄した。しかるに、ここは。始まりの、この北の土地には、遠き故郷への回顧に捕らわれたものばかりが残った」
やれやれと肩をすくめる。
「もともと、本来は寒冷な気候であったが、ここは《世界の大いなる意思》のはからいによって女神イル・リリヤの直属の『……』が配置され、豊富な地熱をつかさどった。それによってあたためられていたので、熱い湯も湧いていた。常春の地と、他国に移り住んだ者たちから羨望されたものよ。……もっとも、その後のことを思えば、かえって不運だったかもしれぬ……」
「お聞かせいただいた限りでは、たいそう良きことのように、思いますが」
ここで、かろうじて客人は言葉を発した。
その様子を見やり、ルーフスは表情をゆるめた。
「おや、どうした、まれなる旅人よ。身体がこわばっておるのではないか。酒を飲め。味はともかく、身体を温めてくれようぞ」
「お気遣いありがとうございます」
すすめられて旅人は酒を口にし、今度もまた、激しく咳き込む。
「ごほ! げぼ!」
「きついかの。だが、旅人よ、そなたには必要だ。飲み込むのだ」
同情するように、眉を寄せた。意地悪で酒を飲めと言っているわけではなさそうだった。
「どのようにして衰退していったか、こと細かに語るのはやめておく。滅びに至る過程など、いくつかのパターンはあれど、似たり寄ったりなものよ」
ルーフスは、面白くなさそうな、息を吐く。
「あるとき飢饉が起こった。予想はついておった、《世界の大いなる意思》もイル・リリヤ女神も忠告したが、託宣を信じないのだからしょうがない。王達は、いつしか、世界の代行者である『精霊』たちの存在さえ疑い否定し、現世の享楽のみを追うようになっていたのだから。主要作物の連作障害、病気への備えの不足。天候不順への対応に欠けたこと。どれにも王は無力だった。豊かな地熱で助けられていたはずなのに穀倉にはわずかな蓄えもなかったのだ。民は飢えた。このままでは民達は皆、飢えて死ぬしかなかった。だが、このとき」
再び、長い、溜息を吐く、ルーフスは。
「奇跡が起こったのだ。慈悲深い善意の救い手が、有り難くも人々を助けようとやってきた」
まったくもって有り難くもなさそうに、呟いた。
「春の野のような髪と、燃えいずる若葉のようなきれいな目をしていた、それはたいそう美しい少女だった。が……その存在と出会ってしまったことで、あの娘の善きこころざしと善なる行いによって、王は、滅びへの決定的な道筋へと、導かれてしまったのだがな……」




