第6章 その33 お祭りと花火と前世の記憶
33
懐かしい花火の音に、あたしは聴き入っていた。
眼をつぶったら、浮かんでくるのは……
前世の、女子高生だった『月宮アリス』の記憶に、鮮やかに焼き付いている光景だった。
夜空に大輪の花を咲かせる花火。
もっとも前世では、こんなに近くで見たことはなかったけれど。
夏祭りの花火を見たくて、毎年、パパとママと出かけたわ。
ものすごく人が多かった。
迷子になりそうで、ママの手を握ってた。
だけどパパったら、わたあめがすごく好きで、金魚すくいをやろうって言い出したのはいいけど、ぜんぜんすくえないの。それを見てママもすごく笑って。
……思い出したら、泣けてきた。
十五歳の夏祭りの思い出は、こんなにも鮮やかなのに。
あたしは十六歳になる前に死んでしまった。
ごめんなさい、パパ、ママ。もっと一緒にいたかった。親孝行もしてないのに。
ごめんなさい。
思い浮かぶのは、笑顔ばかり。
ねえ、
あたしは、ここよ。
時間も空間も、21世紀の東京からはるかに遠い、この異世界に転生して。生きているの……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
「アイリス!」
ふいに、声がした。
ぐしゃっと。
大きな手が、あたしの頭にのせられて、髪の毛を遠慮無しにぐしゃぐしゃにしていて。
「帰っておいで」
呼びかけられた。
はっと、あたしは、目を開けた。
急に、周囲の音が耳に飛び込んできて。
見上げたら、そこには、カルナックお師匠さまの、優しい笑顔があった。
「お、おししょうさま。いつ、いらしたんですか」
びっくりして、とんちんかんなことを言ってしまったみたい。
「ああ。たった今、来たところだよ」
いたずらっぽい、笑みをこぼした。
「目を離したら、きみはすぐに迷子になってしまうからね」
「ひどいです!」
頬をふくらませると、
「お披露目前の子どもは、魂が、迷子になりやすいんだよ。だから、精霊に攫われないように用心しないといけないって、知ってたかな?」
冗談とも本気ともつかないふうに、言った。
周囲を見回し、後方にたたずんでいるお父さまお母さま、エステリオ叔父さま、エルナトさまに、目をやった。
そのかたわらにコマラパ老師さまがいらっしゃっているのを見て、あたしはほっとした。
まかせておきなさい、と言いたげな、笑顔。
コマラパ老師さまは、そこにいるだけで、とても安心感があるの。実際に体格もよくて貫禄もあるし経験豊かな、戦闘も得意な、賢者さまみたいな!
「サファイア。ルビー。幼子が『なにものにも』攫われないように、よく見ていてくれと頼んだよね?」
カルナックさまの問いは静かだったけれど、とたんに、あたりを緊張と静寂が支配する。
「祭りには、精霊もやってくるんだよ。見えないかもしれないけれどね」
サファイアさんとルビーさんは、しばらく無言で頭を下げていて、促されると、ようやく口を開いた。
「「は、はい! お師匠様! 申し訳ありません」」
「だいじょうぶだよ。怒っていない。今回は、きみたちの怠慢ではない。例によって精霊の、気紛れだ。補助をつけよう。『牙』!『夜』!」
大きな声ではないのに、口にしたとたん。空気が、はじけた。
純白と漆黒の毛皮に包まれた、巨大な二頭の魔獣が、派手なアクションで空中に出現して、降り立った。あたしの影の中から抜け出して。
ふだんはあたしと『貸し出し契約』をして、シロとクロっていう仮の名前で呼んでいるのだけれど、本来の主あるじであるカルナックお師匠さまのことが大好きでたまらないの。
「私も楽しみにしていたんだよ! さあ、生徒たちの屋台を見て回ろう」
お師匠さまが、あたしを抱き上げた。
「も、もう五歳だし抱っこはなしで!」
「おや水くさいな。ぎっくり腰の心配なら、私はだいじょうぶだからね!」
そういう問題ではないんですけど。
エステリオ叔父さまの顔色が悪いです。エルナトさま、笑い過ぎです!




