第6章 その18 でこぼこトリオ、プレゼンする
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「ここからが本題だ。きみたち。この場でプレゼンしてみて。研究成果でもいい、いまやってる研究のテーマでもいい。きみたちがやっている研究には金が要る。彼女はこの国で名高い豪商の一人娘、いずれは跡継ぎとなる予定だ。彼女を相手に、スポンサーになってもらえるようにプレゼンしてもらおうか」
艶やかな長い黒髪、漆黒の瞳、白い肌、足首までを覆う黒ずくめの祭服にゆったりとした黒いローブ、漆黒の長い杖を携えた、この世のものとは思えない美貌の持ち主が、たおやかに微笑んで、そう告げた。
人の悪い……たいそう楽しそうな笑みを浮かべてこう言ったのは、我ら学生全ての師にして魔道士協会の長であるカルナック様である。
ついでに、ぼくらのような神殿付属教会孤児院の出身者にとっては、五歳の特に結んだ『代親』でもあるのだ。
この肩書きを見ると、ものすごく、おえらい、たいそうなヒトなのだけれど。
誰もがみとれるほど綺麗で、屈託のない笑顔と明るい笑い声に、何度、心を救われたことか。
けれども、たった今の発言に、ぼく、グレアムは、息が止まった。
研究成果の発表?
スポンサーを勝ち取れ!?
今、ここで!?
無理~~~~~~~~!!!
ぼくら三人の心の声は、きっと綺麗にハモっていたに違いない。
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤのほぼ中央に位置する公立学院、別名を魔道士養成所の、大食堂。
ぼく、アレキサンダー・グレアム・ビリーと、同い年のトーマス・アルバ・エディット。ニコラウス・ウェスト・テスの三人はコマラパ老師の主催するゼミの学生で、毎日、研究に没頭していた。
呼び出しと言えば無断実験とか調合に失敗して備品や部室を破壊しちゃったとか始末書や下手すれば賠償金の支払いのため自ら奴隷になりに行くくらいヤバい案件に心当たりがありすぎる、ぼくたち。
すっかり緊張しまくり、びびってしまっていた。
心の準備、なさすぎ!
焦って、身体も動かない。
……そんなときだった。
カルナック様が腕に抱いている、金髪に緑の目をしたビスキュイドールみたいな幼女……アイリス・リデル・ティス・ラゼル嬢が、うふふふ、と、柔らかな声をあげて、笑った。
「ねえ、カルナックお師匠さま。さっき、プレゼンておっしゃいました?」
アイリスは首をかしげた。
「人前で『日本語』は使わないようにと注意してくださったのはお師匠さまですよね?」
「ん、そうだっけ?」
五歳幼女アイリスを軽々と腕に抱きあげて支えているカルナックは、くすりと笑い、とぼける。
「ま、どうでもいいじゃないか。それよりも、彼ら、でこぼこトリオというんだけれどね、どう思う?」
アイリスは、にっこりと笑った。
公の場での礼儀にかなうように。
「すてきなお名前ですわね。以前にお会いしたかたたちもおいでですし、何よりカルナックさまの見込んだ生徒さんたちでしょう。すっごく期待してます。でも、お師匠さまは、わたしのことも試してらっしゃいますよね?」
「おや、私は特に何も考えてないんだけどね」
漆黒の大魔法使いカルナックは、その名声に似つかわしくもなく、きょとんとして、おかしいなあ、などと呟く。終始、子どものように屈託無く、声をたてて笑う。
宴会場は、和やかな空気に包まれていた。
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤの中でも、最も安全で心許せる場所、多くの学生を輩出し続けてきた公立学院の大食堂が会場となっている。
その中にあって、心から宴会を楽しめないものもいる。
トミーとニコラ、グレアム。
三人の少年たちだけは、緊張しまくっていた。
「おいおい、固まりすぎだぞ!」
そこへ、声をかけた者があった。
「どうしたどうした、いつもの調子で話しなさい」
体格のいい、中年の男。コマラパ老師である。
「ふだんは饒舌なおまえさんたちじゃないかの」
「こ、コマラパ老師さま!」
でこぼこトリオの三人は、目に見えて、ほっとした。
「おやおや、過保護ですね、老師は」
からかうようなカルナック。顔は笑っている。
「わしのゼミの学生なんじゃ。お手柔らかに頼む。グレアム、トミー、ニコラ。肩の力を抜いて、いつもやっとることを話せばいいだけじゃよ」
老師に促されて、落ち着きを取り戻した三人は、ぽつぽつと話を始めた。
まず、トミーこと、トーマス。
「ぼくたちの講座は、魔法が使えない人向けに、魔道具を研究しています」
さて、初のプレゼンである。




