第6章 その17 ラゼル家のお嬢様
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ところでぼく、アレキサンダー・グレアム・ビリーが代親であり通っている公立学院の学長であるカルナック様には一生かなわないだろうと思うことの一つは、あのヒトが『確信犯』だからだ。
幼なじみのトミーとニコラなんかは頭脳は天才的なのに常識的にはアホウだ。根っから研究が大好きで、思いついたら他のことが頭からなくなってしまってすぐさま実行に移して、学院の設備や教室を壊してしまったりするんだけど、それはただの『結果』なんだ。
だけどカルナック様は、子どもっぽく見えることも直情的にやっているように見えることも、コマラパ老師にことの始末をしてもらうことになるってことも、ぜんぶ承知していて、あえて行う。
確信犯だよ。
そしてあのヒトは、ぼくがそれを気づいてるって、知ってる。
だから、ぼくに『真の名前』をあかしたんだ。今の時点では、思い出せないように鍵がかかってるけど。必要になったら思い出せるようになるって、かえってコワい。
ちなみに名前を読み 解く能力を持っているにちがいないミズ・グレイス。老婦人という『猫』をかぶって孤児院の管理代行なんてやってるけど、なにものなんだろう?
考えるのも恐ろしいような『世界の真理』のそばにいるんじゃないのかな。
コマラパ老師だって、学院の副院長で魔道士協会副長、世に知られてる役職じゃない、真の姿がありそう。
その最たる存在は、カルナック様だ。
ぼくらはカルナック様を『代親』に持つ『養子』だ。
少なくとも、敵ではない。
そのことを忘れないで。……お師匠様。
※
トミーとニコラと、ぼく、グレアムで、でこぼこトリオと呼ばれているぼくら。
いつものように研究室にいたら、先輩がやってきて、カルナック様が食堂で呼んでるって言づてだった。
ぼくら三人、カルナック様に怒られるようなことは、心当たりがありすぎた。
よっぽど危機感があったんだな、短い人生が走馬燈ってやつみたいに浮かんできて。
公立学院に入ってからは短かったな。たいてい、トミーとニコラの起こしたトラブル絡みで、いつも大騒ぎして。苦労はしたけど楽しくて。
ああ、できれば退学になりませんように!
食堂では宴会が行われていた。
そういえば通達があったか……な?
実験のほうが大事だったしスルーしたのは致し方ないことなのだ!
カルナック様は宴会場の皆から少し離れたところに、一人、佇んでいた。
腕には、初めて見る、五歳くらいの金髪の女の子を抱いていた。
初めて見る子だなと思っていたら、トミーとニコラは、女の子を知っているという。
アイリスという子で、トミーとニコラが昨年、家電……じゃない、転移魔法陣の設置に行った家の子だそうだ。
思い出した!
このシ・イル・リリヤでも有数の豪商ラゼル家の邸宅だった。
トミーとニコラは、魔法陣の設置工事で失敗した。
本当なら、学生にも簡単すぎる単純作業だったのに。だからぼくは最初、工事に呼ばれていなかったのだ。
単純なケアレスミスだった。
転移先を設定しないままに起動してしまうという事故で、最悪の場合は死傷者を出して爆発が起こるかもしれなかった。あわや大惨事になるところ。
カルナック様とリドラ先輩、ティーレ先輩、それに、ラゼル家の女の子も巻き込まれたのだ。カルナック様が現場にいたことと、後から駆け付けたぼくも、魔法陣修復をがんばったけど。
けが人が出なかったのは奇跡だった。
まずい。
まじ気まずい!
「「「申し訳ありません!!!」」」
ぼくらは、反射的に伝説の謝り技『どげざ』をやった。究極の謝罪なのだ! コマラパ老師の講座でエステリオ・アウル先輩が始めて、以来、学院で流行っている。
それを見たカルナック様は、苦笑していた。エステリオ・アウルにも困ったものだ、とか聞こえたけど、よく頭に入らなかった。
それより重大なのはカルナック様の言葉だった。
「よろしい。ではここからが本題だ。きみたち。この場でプレゼンしてみて。研究成果でもいい、いまやってる研究のテーマでもいい。きみたちがやっている研究には金が要る。彼女はこの国で名高い豪商の一人娘、いずれは跡継ぎとなる予定だ。彼女を相手に、スポンサーになってもらえるようにプレゼンしてもらおうか」
カルナック様の静かな微笑みが、かえって、すごくコワい!
研究成果の発表?
スポンサーを勝ち取れ!?
今、ここで!?
無理~~~~~~~~!!!
ぼくら三人の心の声は、きっと綺麗にハモっていたに違いない。