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第6章 その16 ささやかな秘密

         16


 儀式は始まった。

 シャンティ司祭さまが水盤のそばで教典を暗唱なさる。銀髪の衛士さまはひざまずいている。


「遠き昔、真月の女神イル・リリヤ女神様は、古き園の親なきみどりごたちを抱いて虚ろの海を渡り、この蒼き大地に降臨なされました。《死者と咎人と幼子の守護者》なるイル・リリヤ女神様は、みどりごたちのために『自分が全ての子らの代母となりましょう』と誓いを立てられたのです。しかし女神の息子である《青白く若き太陽神》アズナワク様はまだ幼く、代父たりうる神はこの地にはいませんでした。みどりごたちを守りたいというイル・リリヤ女神の誓願は遙か古き園にまでとどき、原初の父なる白き太陽神ソリス様が、代父の名乗りをあげられたのです」


 何度も聞いているし読んでいるけど、意味がよくわからない教典の一節だなあ。

 っていうか、いつものより長くない?

 もっとも、ぼくだけじゃない、トミーもニコラも他の子どもたちも、大好きなシャンティ司祭さまのありがたい教典のお言葉だからなんとか聞いてるけど全然わかってない顔してるよ。


 シャン!

 どこかで鈴が鳴った。


 はっと、ぼくは我に返る。

 いけない。集中しなきゃ。


「では、代親、カルナックどの。誓いを、これに」

 司祭さまの声が響く。


 ここは、聖域。

 誓いは、すべて真実。


「はい。私、カルナックは、イル・リリヤ女神様とソリス様の名代となり、盾となってこの幼子らを守り代親となる誓願をたてまする」


「見届け人、前へ」


「おう」

 進み出たのは、日焼けした肌色の、屈強な壮年男性……コマラパおじさんだった。


「わしが全てを見届けよう。世界の果てまで、この世の終わりまで」


「そこまで言わんでもよかろうに」

 かかか、と笑う、灰色の魔女、ミズ・グレイス。

「このわしも誓うとしよう、もう飽きるほど生きた、何かあれば、このチビっこどもの盾となるともさ」


「盾が三枚ですか?」

 黒ずくめのヒトが、低く笑う。


 ぼくらは順番に前へ出る。といっても、今年五歳になった、七人だけだけど。


 シャンティ司祭さまが水盤の水をひしゃくで掬って手のひらに掛けてくれる。


 黒い魔法使い、カルナック代親さまは、身をかがめて、子ども一人一人に顔を寄せて。

 ささやいている。

 その子にだけ聞こえるように。


 ぼくの番がきた。

 カルナックさまの笑みが深くなった気がした。

 そして、ふしぎなことに。

 黒かった目の色が、青く、変わった。


「レニウス・バルケス・ロルカ・レギオン。私の名前だよ。覚えておいて」


「はい?」

 息が止まった。

 ちょちょ、ちょっと待ったあ!?

 わかんないけどそれ聞いたらやばいやつだよね!?


 ぼくの直感は間違ってなかった。

 その瞬間、シャンティ司祭さまの顔から笑みが消えて、蒼白になり。お付きの銀髪の衛士さまは腰に手をかけ、差していた剣のつかを握って、今にも抜きそうになり、おしとどまって。

 ぶほっ!

 ミズ・グレイスが、大きく、むせた。見習いの神官補さんたちが、水の入ったコップを差し出す。

 コマラパおじさんは顔色を変えて詰め寄ってきた。

「な、なにを考えとるんだ! おまえさんは!」


「いつもの、気まぐれさね」

 コップの水をぐいっと飲み干して、ミズ・グレイスは口もとをぬぐった。


「やだなあ、考えなしでも気まぐれでもないよ?」

 うふふふ、と。

 黒ずくめのヒトは、笑った。

 五歳のぼくが言うのもおかしいかもしれないけど。まるで、いたずらっ子だよ。


「私のささやかな秘密を打ち明けるのは、この子がいいと見込んでのことだよ。事前に三人に絞ってたんだけどね。トミーとニコラはきっと忘れてしまうから。アレキサンダー・グレアム・ビリー。きみに、決めた」


「ちょま! いや、ちょっと待って! なんか重大なことですよね!? それ困るから!」

 ぼくは焦った。

 まだ短い人生だけど、人生でいちばん焦った!


「困らないよ」

 黒ずくめのヒトは、ぼくの手をつかんで、屈み込んで顔を寄せてきた。ああ、ニコラがおびえて、そしてトミーが顔を赤くしてた理由が、ぼくにもわかったよ。

 このヒトは、特別な存在だ!

 

「将来、ここをまとめる人間は、きみだ。今すぐということではないよ、安心して。そのとき、この私が『代親』であることは役に立つから」


「ななんでそんな満面の笑みで!? わけわかりません! だってミズ・グレイスもコマラパおじさんもいるのに、なんでぼくが」


「私は『人間』と言ったんだよ」

「はい? にんげんて」

 あのまさか、ミズ・グレイスとコマラパおじさんは、『人間』じゃないって、言ってませんか!?


「たしかに、そうかもしれんな」

 コマラパおじさんは、肩をすくめる。


「あたしは完璧に猫をかぶってるからね! どう、うまい化け具合でしょ」

 想像もしてなかったくらいに若々しい声で、ミズ・グレイスは、楽しそうに笑った。


「過ぎたるは及ばざるがごとしと言う、ことわざがあってな」


「なんですってぇ? あなたこそボケすぎなのよ! 耄碌するには早いわよ」

「言ってくれるわ灰色の魔女」

「はぁ? 雷くらいしか特技のないオッサンて、いるのよね~」


 おかしいな。コマラパおじさんもミズ・グレイスも、元気良すぎじゃないか……あれ?

 頭が混乱する、ぼくに。

 黒ずくめのヒトは、ふっと息をひとつ吐いて、ぼくの頭をぐりぐり撫でた。


「……そうか。時期尚早だったか。まあいい、では、今のところは『私の名』は忘れておきなさい。いずれ必要になったら思い出せるようにしておくからね」

 そのヒトは、微笑んだ。

 優しく、頼もしく……けれど、美しく、儚げに。


 シャン!


 どこかで鈴が、鳴った。


 舞台が、暗転して。


          ※


「はい、みなさんおめでとう! とどこおりなく儀式は終わりましたよ」

 司祭様は、さわやかな笑顔で、言った。

「お祝いのご馳走もありますからね! みんな、食堂に行きましょう」


 そうして、ぼくらは。

 アレキサンダー・グレアム・ビリー。トーマス・アルバ・エディット。ニコラ・ウェスト・テス。

 孤児院長で名付け親のミズ・グレイスは、『たいそうな名前ぐらいしか、あげられるものはなかったからね』と笑うのだった。

 だけど、ぼくらは、孤児院からも、ミズ・グレイスとシャンティ司祭さまからは、とても沢山のものをもらったと思ってる。


 そういえば、トミーとニコラは、やっぱり『うかつブラザーズ』だ。


 成績優秀な変人だと認められて三人そろって学院に早期入学できたのはいいのだけれど。

 入学そうそう、さっそくやらかした。

 結果的に、学院にけっこうな規模で破壊行動をしてしまった。

『ちょっといいこと思いついたんだよ』なんて自信満々で、導師さまたちに申請して許可を得るという手続きをうっかりすっとばして始めた実験が大失敗に終わって学院の施設や貴重な器具、材料を台無しにしてしまったとき。


 その申し開きのために学院長と面談することになったときのことである。

 トミーとニコラは、学院長でるカルナック様と、神殿付属孤児院で五歳のとき『代親』になってくれた黒ずくめのヒトとが、同一人物だってことに気づかないで、ひたすら全身全霊で謝り倒すという、失礼な大ポカをやらかしたのだった。

 代親様にお願いすれば、情状酌量されたかもしれないのに。


 後でカルナック様は

「グレアム、君がいればトミーとニコラに私が誰だか教えただろう?」


「はい、それはもちろん!」


「ふふふ。じゃあ、やっぱり君を同席させなかったのは良かった」


「え?」


「だって、面白かったからね!」

 にっこりと、破顔した。

 あまりにも無垢で無邪気で、いたずらっ子だ。


 ぼくは一生、このヒトには……学院長にして孤児院長で『代父』であるカルナックお師匠さまには、絶対にかなわない。


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