第6章 その14 灰色のミズ・グレイス
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目の前にいるのは、どこもかしこも灰色の、おばあさんだった。
しわしわの肌、こちらを睨み付ける鋭い目も、灰色。
何歳くらいなのか想像もつかない。たぶん百歳は越えてそうだ。
ごわごわした灰色のリネンを適当に巻き付けたみたいな風体で、ボサボサにもつれた灰色の髪はうなじで適当な紐を結んでいる。
つまりくどいようだが全身灰色ずくめの高齢のおばあさんだ。
灰色のおばあさんは「フフン」と笑う。
ぼくを頭のてっぺんから足のつま先までじろじろと睨んだあげくに、こう言った。
「おまえの名前はアレキサンダーだ。ほい次!」
手をヒラヒラ振って追い払われた。
広間の外に出たら、大勢の子どもたちがいた。
ここは神殿預かりの孤児院だ。
みんなまとめて、なにもかも一緒くた。
寂しいなんて思う暇もない。
それも、悪くはないよ。
ぼくはアレキサンダー・グレアム・ビリー。
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤにある、星辰神殿預かりの孤児院に住んでいる。
司祭さまはお人好しで涙もろくて気さくで、子ども達に好かれていた。
神殿の威光のおかげか、孤児院にいても着るもの食べるものに不自由はしなかった。
育ち盛りだからいつも少しお腹はすいてたけど。それでもどんどん背も伸びてた。
特に仲良しだったのは同い年のトーマスとニコラウス。
遊びも孤児院の掃除も神官さまたちのお手伝いも、あいまにやらかしたいたずらで怒られるのも、ぜんぶセットで運んでくるのはトーマスとニコラウスと決まってた。
いつの間にかぼくも巻き込まれて怒られたけど、そんなに嫌じゃない。
ぼくら三人は、友だちだから。
まあ、後悔しなかったかっていうと、ちょっとは、ある。
それは四歳と半年のときだった。
大雨のざんざん振っている夜、屋根に出ていた。
言い出しっぺはニコラウスだ。
「きっとこんなときは雷がおこるから、見てみようよ! すっごくきれいなんだ」
なんで乗っちゃったかなあ。
たしかに、雷は迫力で、頭の上で稲光がすごくて、音もすごくて。
極めつけは、特大の雷が庭のモミの木に落ちたことだ。
すげえ音、すげえ光、目も耳もつぶれるかと思ったマジで。
そのとき、三人揃って気を失ったらしくて。
起きたら見慣れない、白い部屋にいて驚いた。
屋根から転がり落ちたぼくたちを助けてくれたという、日焼けした、屈強なおじさんがいて。
そして、おじさんにめちゃくちゃ怒られた。
おじさんが雷さまなんじゃないかって思ったくらいだよ。
でもね。
ものすごく怒ったあとで、おじさんは、こう言った。
「大きくなっても、まだ雷に興味があったら、わしの教室へ来なさい。わしは、公立学院で講座を受け持っておる。コマラパと、尋ねておいで。実験をさせてやろう。安全に気を配ってのう」
※
五歳の三月、第二週に『代父母の儀』が行われる。
孤児院では同い年の子を集めて一度に済ませてしまうのだ。
行事のとき、初めて会った『代親』は。
黒ずくめの祭服を、さらりとまとった、背の高い人物だった。
長い髪も服も、まるで夜みたいに真っ黒だと思った。
「あの人は『代母』さまだろう。あんなにきれいなんだもの」
トミーが、顔を赤くして言う。
「なにを言ってるんだい。あんな背が高くて強そうなひとは『代父』さまにちがいないよ」
ニコラウスも、ずいぶん顔が赤かった。
「静かにおしよ、チビッコども」
声が響き渡った。
「おまえらの代親になってくれる、漆黒の魔法使いがいらしているんだよ」
神殿孤児院の全てを取り仕切る院長、灰色のミズ・グレイス。
この呼び名を進呈したのは、誓ってぼくじゃないけど。
彼女に、よく似合ってる。
いつしかぼくは、うたがうようになっていた。
彼女は、本当に高齢の婦人だろうか?
身のこなしや立ち居振る舞い、言葉のはしばし、気をつけて見ていたら、少なくとも三十代か四十そこそこの婦人のように思えてしかたないのだった。
なんで高齢をよそおっているんだろう。理由はわからないけど。
でも、そう感じていたのは、ぼくだけだったみたいなんだよね……。
「えっ?」
「そうなの? なんで?」
トミーとニコラに、感じ取れっていうのは無理があったかも。聞いたぼくがいけなかった……。
水盤の準備、ご馳走の用意にと、忙しく駆け回っているのは神官さまや見習いの人たちだ。
子ども達は、そわそわ、気もそぞろ。
神殿に詣でてきたおばちゃんたちも、ついでに、ふと見れば、あの雷の夜に助けてくれたコマラパさままで、台所を手伝ってくれていた。
いいのだろうか。
するとコマラパさまは「行事は、いいものだよ」と笑顔で、ぼくらの頭を撫でてくれた。
そういうの、あまり好きじゃなかった。けど、このヒトなら、いいような気もした。
「いよいよだねえ! もりあがってきたじゃないかい」
楽しそうに高笑いをするミズ・グレイス。
その傍らに、漆黒の闇をかためたような姿をあらわしたのは、有名な魔法使いらしい。
「カルナックだ。私がこの孤児院の全ての子の保護者、代親だよ。たとえどんな災いが起きようとも、みんなを私が守る。だから、安心していなさい」
りんとして、はりのある声は、大きくはないけれど、誰の耳にも届いた。
ざわめいていた大広間が、急に静かになったからね。
それが、初めての出会いだった。
ぼくらと、カルナックお師匠さまとの。
将来、ぼくら三人とも九歳になるのを待たずにエルレーン公国国立学院に入学して、この美しい人の弟子になるなんてことは、そのときはまだ、だれも知るよしもなかった。
いろいろあって間があいてしまいましたが、また、投稿がんばります!
どうぞよろしくお願いします。