第6章 その9 代父母の儀
9
大扉が開いた。
先に入ってきたのは二人の若い神職。
一人は右手、もう一人は左手に、銀の鈴を提げている。
開いたままの扉から続いて入ってきたのは身なりのいい、見目麗しい四人の男女だ。
代父母さまと息子さん娘さんのご家族だ。
息子さんは、あたしがよく知っている人だった。
「エルナトさま!」
思わず手を振ってしまった。
「こんにちは、アイリス嬢。この日が待ち遠しかったよ」
エルナトさまも笑顔で手を振り返してくださった。
「お待ちしていましたよ。アウラ・マリア。エルナンド・ジークリート。それにエルナト・ヒースもヴィーア・マルファも、よく来てくれました」
シャンティ司祭さまは手をひろげて歓迎の意を示す。
「幼子アイリス・リデル・ティス・ラゼル、並びに外つ国より流れ着きたる幼子に、イル・リリヤ女神様との名代として代父母となるべく名乗り出られた、尊き家族。わが聖堂教会からも深く御礼申し上げます」
シャンティ司祭さまのお礼に対して、ご一家は穏やかに言葉を紡ぐ。
決まり文句だと、同席しているカルナックお師匠さまは、そっと教えてくれる。
「もったいのうございます」
「謹んでお受けいたします」
「我らが父母が代父母ならば、我らにとっても、新しい妹、弟。嬉しく思います」
「どうぞよろしくお願い致します」
エルナンドさまは四十歳半ばくらいの、背が高い壮年のイケメンおじさまだった。明るい金髪に瞳は夏空のような明るい青色をしている。
アウラさまは同い年くらいか、それよりも若々しい感じ。きりりとした印象で、濃い赤の長い髪を結い上げており、黄金の飾り櫛を差してとめている。瞳は灰がかった緑色だ。
エルナトさまの神秘的な目の色は、お母さまに似ているのね。明るい金髪はお父さまに似ている。
ヴィーア・マルファさんは、エルナトさまより少し年下のよう。十五、六歳くらいかな。お母さまに似た凜々しい顔立ちで、髪は透き通るような赤、瞳は青緑だ。まるで宝石のような美少女だわ。
「さあ、庇護を求める一家と、代父母をかって出られたヒトよ。誓いの水盤のもとにおいでなさい」
シャンティ様が招く。
あたしたちは水盤のまわりに、ぐるりと立った。
「遠き昔《死者と咎人と幼子の守護者》イル・リリヤ女神様は、親の庇護を受けられない子どもたちのため『自分が代理の母となりましょう』と誓いを立てられた。しかし息子である《青白く若き太陽神》アズナワクはまだ幼く、代父たりうる神はおられぬ。そこでイル・リリヤ女神の嘆きによりて、遙か古き園に在られる大神ソリスが、名乗りをあげられたのである」
シャンティ司祭さまは、はりのある明るい声で説いていく。
「では、アウラ・マリア。エルナンド・ジークリート。誓いを、これに」
「「わたくしたちは、地上における、イル・リリヤ女神様とソリス様の名代となります。この幼子アイリス・リデル・ティス・ラゼルと、外つ国からの客人、新しき獣神様の代父母となる、誓願をたてまする」」
ひざまずいているお二人の声が、きれいに重なる。
「見届け人、前へ」
相手のおうちの、あとの二人が、進み出る。
「代父母の息子と娘。エルナト・ヒース・アル・フィリクス・アンティグア。およびヴィーア・マルファ・アンティグア、前へ。父母によりそい助けることを、誓うように」
「誓います」
この言葉は、代表してエルナンドさまが。
「光栄でございます。ありがたくお受けいたします」
この言葉は、お父さまが代表して、承諾したもの。
「わたしも証人だ。我が師、青き竜神もご照覧になられておる」
コマラパ老師さまの肩にいる青い小さな竜が……ふだんは姿を見えなくしているのに、姿をあらわして、とどめとばかりに、ぱちぱちと細かい稲妻をほとばしらせた。
「代父母は、実父母と同等か、格上の家が引き受けるもの。養子の身に起こりうる災いを盾となって受けてくださる方々だ」
カルナックお師匠さまが、厳然と、宣言した。
「我々魔道士協会が立ち会い、証人となる。さても懐かしき縁よ、シャンティ・アイリ・アステルシア司祭。そしてミカエル・ヴォーク・ローダンセ衛士。そなたらも、このアイリス・リデル・ティス・ラゼルと、外つ国の獣神の子ら、パウルとパオラの行く末を見守ってやってくれないだろうか。私との長き交誼によりて、心より願う。ここに立ち会う、私の護衛であるサファイアとルビー、およびラゼル夫人の護衛、レンピカとマルグリットも証人となる」
「もちろん、お引き受けしますよ。ねえ、ミカエル」
「このミカエル・ヴォーク・ローダンセ。我が名にかけて誓いましょう」
へえ、司祭さまの衛士さまって、そんな貴族さまみたいなお名前だったのですか?
あれれ?
ふつうは代父母さまになるのって、ご近所づきあいの一環みたいに聞いていたんですけど?
気のせいかしら、どんどん、おおごとになっているような?