第6章 その7 星辰神殿の司祭
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「代父母の儀は、聖堂教会本部『星辰神殿』の『虚空の間』にて執り行うことにする」
コマラパ老師さまがおっしゃった時。
「え……教会? 神殿?」
あまりにも素朴な疑問を、つい口に出してしまった!
この世界には『教会』があるの?
転生してから、思ったこともなかったわ!
魔法がある世界。
そういえば有名なロープレゲームでは、魔法と教会は同居してたっけ!
前世の、21世紀東京の女子高生だった記憶では、宗教のこと、意識してなかったから。
クリスマスはツリーとケーキとプレゼント。
お正月はお寺で除夜の鐘。
初詣は神社。
バレンタインデーは? 宗教には関係なかったかしら?
「アイリスにはまだ説明していなかったかな」
エステリオ・アウル叔父さまが笑顔で、あたしの頭を撫でた。
「イル・リリヤ女神様やアズナワク様や、ほかの神々をまつる正統派と呼ばれる『聖堂教会』の本部が、街の中心部にあるんだよ。日曜学校とまではいかないけど、いろいろ行事はあるんだ」
「アイリスも、七歳までにお披露目をしますからね。そうしたら、一緒にお出かけしましょうね」
お母さまも、優しい笑みをたたえて、おっしゃった。
「もちろん、どこに行くにしても、しっかりと護衛をつけてだ」
お父さまは威厳をもって、言う。
「魔道士協会と聖堂教会は、昔から、良好な協力関係にある」
カルナックお師匠さまはシロとクロの毛並みをゆっくりと撫でていた。ぐんにょりと伸びる姿は、リラックスしきってる。とうてい、本来は危険な魔獣だなんて見えない、大きめの犬にしか。
ゴロゴロと喉を鳴らすのが聞こえる。
パウルくんとパオラさんも、撫でてもらいに近づく。お師匠さまは、けもの好きがするのかな。
「代父母にと頼んでいた相手が、ちょっとばかり大物だったのでね、ある筋から横やりが入った。通常ならば自宅で行うものだが、豪商とはいえ平民の家に赴くなどと、止められた」
あ、カルナックお師匠さま、不機嫌モードだ。
だからシロとクロを撫でているのね。
もふもふなでなで!
癒やされるもの! わかります!
「街にお出かけしよう、アイリス。私とコマラパも付き添う」
「はい! お師匠さま!」
儀式の準備の総仕上げにとりかかる。
白いヴェールを、お母さまが、あたしの頭にかける。
パウルくんとパオラさんにも、同じように。
ヴェールの上に銀色の輪を乗せる、お父さま。ヴェールがはずれないように。
顔は隠れるけれど、中からは、外の様子は見えるようになっている。
パウルくんとパオラさんは、いつもは片時もじっとしていないのだけれど、神妙にしています。サファイアさんとルビーさんが圧をかけてる? 知らないふり!
「アイリスも、パウルとパオラも、お披露目がまだだからね。外に出るときは、精霊に連れていかれないように隠すのさ」
カルナックお師匠さまの黒い杖から、青く光る輪が生まれて、あたしたちの頭上に浮かぶ。
いったん強く光ってから、輪は消える。シルルとイルミナたち、守護精霊たちも飛んできて、羽ばたき、光る粉をみんなの上に降らせる。幸運を呼ぶと言われてる。
「いっそ代親をかって出たいところだけれど。私が執着しすぎると、不幸になるかもしれない」
カルナックさまは、呟いた。
「私は《世界》の囲われ者だから」
禁じられているけれど。
目をこらしてみる。
お師匠さまのまわりを、なかば透き通った銀色の檻が、とりまいている。守るように。捕らえるように。
ひとに聞かせるつもりではなかったかもしれない、と、思った。
「よろしいでしょうか、旦那様。奥様」
執事のバルドルさんが、お父さまに声をかける。
「魔道士協会の馬車が到着しました。当家の馬車も準備万端、整っております」
お師匠さまとコマラパ老師さまは迎えの馬車を手配した上で、いらしたのね。
というわけで、みんなで馬車に乗り込んで聖堂教会にお出かけです。
我が家の馬車にはお父さま、お母さま、エステリオ・アウル叔父さま。お母さま付きのメイドさん、レンピカさんとマルグリットさん。
魔道士協会のというよりカルナックお師匠さまの専用馬車には、あたし、パウルくんとパオラさん。護衛ということでサファイアさんとルビーさん、そしてもちろんお師匠さまとコマラパ老師さま。
「サファイアさん、おかしいわ。外から見るより、馬車の内部が広いみたい!?」
「いまさらですわよ、お嬢様。慣れてくださいませ」
すまし顔のサファイアさん。
「それより双子っ! 暴れるな! 顔を出さない!」
ルビーさんはパウルくんとパオラさんに、ハラハラ。
「大丈夫だよ。窓は開かない。景色は見えるけれど、外からは中が見えないようにしてあるから、ルビーも落ち着いていなさい」
カルナックさまは余裕の笑み。
※
そうして馬車は、聖堂教会本部、いわゆる『星辰神殿』に着いた。
「うわあ、すごいわ、お師匠さま! なんてりっぱな建物! まるでビッグサイトみたい!」
興奮して前世の言葉が出てきてしまった。
「アイリス、席を立ってはいけないよ。それから、この馬車の中では構わないが、降りてからは、『日本語』を口にしないように」
というのは。カルナックさま、コマラパ老師さま、サファイアさんとルビーさんも前世が日本人だったという記憶を持った『先祖還り』なのだ。
偶然かしら。それとも《世界》の気まぐれかしら?
お師匠さまの指導は我が家のメイド長エウニーケさんより厳しい。
車寄せのスロープを通り、そのまま、馬車で建物の中に入っていく。
「いいのかしらお師匠さま、馬車から降りなくても」
「ここは馬車のままで奥まで行ける入り口だ。衆目に晒されたくない信者も多いのでね」
「あたしたちのような?」
「今回の、代父母たちもね」
「本人よりも、周囲がうるさいのじゃ」
馬車が一台やっと通れるくらいの、トンネルみたいなアーチをくぐる。
先にカルナックさまの。そして我が家の馬車が続く。
しばらくして。
箱形に囲われた部屋に着く。
馬車を置いて、あたしたちは、いよいよ、降りる。
すぐ隣に、我が家の馬車も停まり、お父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さまとお母さまのメイドさんたちが降りてきた。
お母さまに駆け寄ろうとしたら、来てはいけません、と身振りで伝えてきた。
(奥の間に着くまでは、声を出してはいけないよ。そういうきまりだ)
カルナックお師匠さまの『心の声』が、あたしの心臓に響く。
難しい。
これも儀式なの?
白い服に身を包んだ人が数人、やってきて、声を出さず、あたしたちを手招きして奥へといざなう。
天井が高い!
細長い回廊を歩む。
やがて、回廊の終わりに行き着いた。
背の高い扉が、開く。
次の瞬間。
あたしたちは、『中』に、いた。
そこは巨大な空間だった。
サッカースタジアムくらいはありそうな広さ。
壁の一面に、壁画がある。
神話の場面だろうか。
真月の女神イル・リリヤさまと、息子である太陽神アズナワクさま。その後ろに、背が高く恰幅のいい壮年男性の姿で描かれているのは、どの神さまだろう? 神々しい感じだわ。
「ようこそいらっしゃいました!」
ふいに、はじけるような明るい声がして、その方を振り向いた。
上品な物腰の人物が、佇んでいた。
ごく淡い、光そのものを思わせる金の髪が、サラサラと音を立てて床に流れ落ちているような錯覚にとらわれる。
穏やかな瞳は若草色。肌色は白い。
絵本に出てくる、エルフか精霊さまみたいに、きれいな人だ。
「わたくしはシャンティ・アイリ・アステルシア。ただの、司祭です。このたびは、わざわざご足労いただき、まことに申し訳ない」
深く、頭を垂れる。
シャンティと名乗った美しい青年司祭の傍らには、短く刈り上げた銀髪、アイスブルーの目をした、厳格そうな、がっしりした体格の良い青年が、影のように控えていた。
「お久しぶりですね、カルナック。もっと、たびたび神殿を訪れていただいても、よいのですよ?」
にこやかに、シャンティ司祭さまは、嬉しそうに、言った。