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第6章 その4 メイドたちの休日、カフェにて

         4


 エルレーン公国首都シ・イル・リリヤ。

 商業地区の大通りに面した、洒落たカフェテリアがある。


 名前は『甘い誘惑』


 人通りの多い好条件の立地にある、そこは、大勢の客で一日中、引きも切らない。

 テーブルが五、六十も並んでいる、ちょっとした流行の店である。

 軽食とスイーツがメインの店舗だった。

 内装にも力が入っており、メニューも決してお安くはなく、それなりの代金をとる。

 客層は平民の中でも裕福な者がほとんどである。

 

 とある午後。

 ランチタイムの喧噪が一段落ついた、午後のひととき。


 窓際のテーブル席に、華やかな若い女性、三人が座って、アフタヌーンティーを堪能していた。

 しかしながら、優雅なティータイムとはいえなかった。


 彼女たちは、通りを眺めやりつつも、熱い議論を戦わせていたのだった。



「男は『ちょい悪』よ! もちろん渋くなきゃだわ」

 長い黒髪に黒い瞳、ミルクティー色の滑らかな肌をした長身のセクシー美女サファイアは、持論を展開する。


「はぁ? 男の価値は筋肉だ! 強くなきゃ男じゃねえ!」

 まくし立てるのは、プラチナブロンドに若草色の目、色白の美少女、ルビー=ティーレ。

「な! レンピカも、そう思うだろ」


「あらティーレ、無理強いはよくありませんわよ。男は、酸いも甘いもかみ分けた中年から! ダンディなおじさまでなきゃ。レンピカも賛成してくれるでしょ?」


「そうねえ……」

 サファイアとルビーから同意を求められたレンピカは、迷った。

 栗色の髪と瞳に、すらりとしたスタイル。愛嬌のある顔だ。


「あたしは、イケメンな青年で!」


「どういうのがタイプなの」

「教えてよ~」


「え、えっと」

 サファイアとルビーの食いつきが思ったより激しかったので、レンピカは困惑した。


「まさかお師匠さまじゃないでしょ?」

「師匠は顔だけはいいからなあ」


「それは無理! 美しすぎて恋愛対象にできませんっ」

 サファイアとルビーが引き合いに出したのは二人の師匠であり魔道士協会の長カルナックである。


「じゃあだれ」

「美形って」


「た、たとえば。エステリオ坊ちゃまのご学友の、エルナト様とか」


「え?」

「はぁ?」


 思い切ってレンピが口にした名前を耳にして、サファイアとルビーは、賛成しなかった。

 一気に醒めたようである。


「だってエルナト様は、とってもお優しくて、おきれいで、ステキじゃないですか。……あこがれです」

 レンピカは頬を真っ赤に染める。

「もちろん、雲の上の人だって、よくわかってますけど」


 純情なようすを見て、サファイアとルビーは同時にため息をついて、顔を見合わせる。


「……ん~、いいかもねえ」

「確かに、優良物件かな」

 なにげなくあおる二人。


「そうでしょ、ステキな方だもの。でもお貴族さまだし偉いお医者さまだし……きっと、家柄のあう綺麗な婚約者とか、いらっしゃるんでしょうね」

 気落ちするレンピカ。


「だいじょぶだって、あの変じん……」

 言いかけたルビーの頭を、サファイアが素早くはたいた。

「いてっ」


「ダメよ。口は災いのもと」

 あたりを見回し、不審人物がいないかどうか気を配って、サファイアは給仕を呼ぶ。

 紅茶のおかわりを頼んでから、連れの二人に向けて、微笑んだ。


「それより、せっかく、たまの休日なんだから。楽しみましょうよ。ね、最初に約束したとおり、ここは、わたしのおごりね」

「嬉しい。でも悪いわ」


 レンピカ・クレールはメイドである。

 ここエルレーン公国はいうに及ばず、ひいては大陸全土で名をはせている豪商ラゼル家の妻はアイリアーナ付きの専任メイドの一人。

 メイドたちは交代で休日をとっているのだった。

 

 この街の一般的メイドよりは高給を得ている。

 しかしながら、家族に仕送りもしているレンピカには、たまにとはいえ、このようなカフェに入るなど、ちょっとした贅沢は望めない。

 サファイアとルビーに少しばかり強引に誘われたのだった。


「気にしないでいいよレンピカ。気前のいいサファイアにおごってもらっちゃおうぜ」


「あら。いつのまに、あなたの分までおごることになったのかしらルビー=ティーレ」


「いい女が細かいこと気にすんなって! あはははははは!」


「まあいいわ。それよりねえ、レンピカ。わたしとルビーは派遣でしょ。前からいるみなさんと、もっとお話しして、親しくなりたいの。いろいろ、聞かせてくださる?」


「ええ。あたしでよければ……」


「それにしても、それじゃエステリオ・アウルはメイドから人気ないのか?」

 遠慮無しのルビー=ティーレ。


「ルビー=ティーレ! 呼び捨てしないの! かりにも旦那様の弟さんでしょ!」

「あー、はいはい」

 

「サファイアもルビーも、仲がよくていいなあ。あ、もちろん、エステリオ・アウル様は、みんなから好かれてますよ。あたしが雇われたのは、坊ちゃんが十歳の時で。そのころ、すっごく可愛くて……まだ、大人の青年って目では見れないかも。旦那様は本当に弟さんを大事にしてて……」


「……ああ、そうなの……十歳の頃ね……」



「お待たせしました、ケーキをお選びください」

 そこへ、給仕がやってきた。

 銀のトレイに十種類も並べられたケーキが、目を引く。


「うわあ! すてき」

「どれでも選んでいいのよ。一つだけじゃなくても」


「あたしは甘いのは、あんまり。給仕さん、グラタンとベーコンエッグと、ソーセージ頼む。それからエール」


「お酒はダメに決まってるでしょ! 給仕さんエールは取り消しでね。わたしはチェリークリームパイとロイヤルミルクティー」


「あの、じゃあ、あたしはこの、モンブランと、ショートケーキ。ロイヤルミルクティー」


 チョコレートはまだ高価であり普及はしていないが、果物やクリームをふんだんに使ったケーキやパイ、タルトなどは、一般的な嗜好品として広まっていた。

 庶民の口に入るものは、限られていたが。


「そういえば、このまえ、門の外で不審者を見かけたって聞いたんだけど……」

 サファイアはさりげなく話題を変えた。


「ああ、あれですね。すっごくボロボロの服を着たおじさん? おじいさんかな? 男の人が、柵のところにいて、館を見ていたんですって。言葉がわからなかったみたいで、街の人じゃないかもって、門番さんが」


「外国のひとなのかしら」


「わからないですけど。しばらくして、いなくなったそうですよ」



「……そう」



「お待たせしました」


 追加のケーキと飲み物、そしてルビーの注文した料理が運ばれてきたので、話は中断した。

 全員、食べるのに集中したからだった。



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