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第6章 その3 聖女ルーナリシアの守護日


 エルレーン公国のとある地方都市にて、公国警邏隊および魔道士協会との合同による、大陸全土に根を張る犯罪組織《光を押しやる手》の摘発が行われた。

 人身売買を始めあらゆる犯罪に関わる組織の《穴ぐら》と呼ばれる本部拠点、壊滅。


 この事件からさかのぼること、約一年。


         3(真)


 一年の計は元旦にあり。

 なんて聞いたことがある。

 だったら、失敗しちゃったわ~!

 お正月を寝てすごしてしまったの!


 新年そうそうに倒れてしまった、あたし。

 お父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さま、乳母やのサリー、メイド長エウニーケさん、執事のバルドルさん、あたし専任の小間使いローサ、そのほか屋敷のメイドさんたち、園丁さんも、あたしを、いまにも死んでしまうんじゃないかって、こわれもののように、いつも心配してくれて。

 愛されてるて感じるし、嬉しいです。

 嬉しいけれど……


 お庭も出歩いたりしちゃダメ。

 ご本を読むのも時間制限つき。

 シロとクロとのドッグランや、はしゃぐのも。

 パウルくんとパオラさんと、一緒にお勉強したり歌ったり、かくれんぼしたり走ったりして遊ぶのも、長い時間はダメなの。

 いつまで、制限つきなのかなあ。

 かかりつけ医師のエルナトさまは、寝たきりは良くないから、少しずつ、起き上がっている時間をのばしていきましょうって、おっしゃってくださったし。

 魔道士協会の長で、あたしの心のお師匠カルナックさまも、協会副長のコマラパ老師さまも、体調は心配ないって太鼓判をくださってるんだけどな。

 家族、とくにエステリオ・アウル叔父さまは、心配性なの。


 ちょっぴり、過保護じゃないかしら?

 たしかに、ほんの少し前までは、あたしは虚弱な幼児だったから無理ないのだけど。


 三歳の『魔力診』で、原因は、あたしの持つ魔力が多すぎて、血栓みたいになってる『魔力栓』のせいだと、あきらかになった。

 何も処置をしないと、成人できずに死んでしまう。

 それを聞いたときは、家族みんな、とてもショックを受けたけれど、カルナックさまは、ふせぐための手立ても用意してくださった。

 純白に灰色の縞がある、人間より巨大な魔獣『大牙』と、同じく巨体で漆黒の毛をした『夜王』という魔獣を従えてらしたカルナックさまは、魔獣たちを、あたしのために貸してくださったの。


 守護獣を手放すなんて、ご自分の身を危険にさらすこともかえりみないで。


 あたしはカルナックさまに弟子入りをお願いして、お師匠さまと呼ばせていただくことになった。

 まだ三歳で幼かったので、将来は魔道士協会の運営する魔法使い養成学院(正式名称はエルレーン公国公立学院)に入る約束で、仮のお弟子に。


 魔獣と契約(仮)を結んで。二匹に仮の呼び名『シロ』と『クロ』とつけたら、魔力がごっそり抜け出ていって、おかげで『魔力栓』は解消されて、命拾いしたのです。

 

 今後、順調に成長していけば、身体の『器』も大きくなるから、シロとクロをお師匠さまにお返ししても大丈夫になる。

 シロとクロと一緒にいるのはとても楽しくて嬉しくて幸せ。

 将来はお別れするのかって思うと、つらくなるから、いまは考えないことにしてるの。


 そして、身を守るためにと、カルナックさまは、魔道士協会から護衛としてサファイアさんとルビーさんを派遣するよう、取りはからってくれた。


 仕事のできる『いい女』。冷静沈着、知識と経験が豊富な黒髪セクシー美女サファイアさん。プラチナブロンドのエルフ的な美少女という外見とはうらはらに姉御肌、武闘派脳筋なルビーさん。

 彼女たちがいてくれて、とても助かっている。


           ※


 そんな、ある日のこと。


 学院から帰宅したエステリオ・アウルは、子ども部屋に顔を出した。


 アイリスは起きていた。

 このところ、身体の不調もないようだ。

 ローサもずっと側に控えているし、メイドたちもちょくちょく巡回して、用心は怠らないことにしている。

「お帰りなさいませ坊ちゃま」


 パウルとパオラと一緒に、ボードゲームをして遊んでいたアイリスが、ローサの声で、エステリオ・アウルに気づいて顔をあげ、満面の笑みを浮かべる。

「おかえりなさい、エステリオ叔父さま」


「ただいま、アイリス」


「おかえり」

「おじ」

 パウルとパオラも、エルレーン公国の言葉を覚えてきた。発するのはたいてい単語だけだが。


 この二人は、ラゼル家を訪れた『歳神』より託された、特別な客人だ。

 滞在している家に幸福をもたらすという、福童子。

 遙か東方の島国『極東』で生まれ、この国ではあまりいない『獣人』で、狐をフカフカフカフカのしっぽと、耳がある。


「きょうは、みんなにお土産があるんだ。お菓子だよ」

 いくつかの、紙包みを差し出す。


「お菓子?」

 首をかしげるアイリス。


「うん。きょうは聖女ルーナリシア様の守護日だからね。学院で、もらったんだ」

 ニコニコしているエステリオ・アウル。


 しかし、『お菓子の包み』の意味に気づいたアイリスは、ショックを受けた。


「えええええ! 今日はバレンタインデー!? いつの間に、二月になってたの!?」

 

「お嬢さま、ばれん? なんとか? ですか」

 ローサはきょとんとしている。

 通常、召使いたちは求められたとき以外、主人の会話に口をはさむなどはしないものである。アイリスの乳母のつてで田舎から出てきて、都会のお屋敷に勤めることが身についていないローサならでは。


「なんでもない。気にしないで、ローサ。それより、こちらの袋はメイドさんたちみんなで食べておくれ。エルナトからことづかったんだ。聖女ルーナリシア様の祝い菓子だ。すまないね、いま、行ってきてくれるかな。アイリスの様子はわたしが見ているから」


「はい、かしこまりました。ありがとうございます坊ちゃま」

 坊っちゃま、とはメイド長エウニーケだけの、エステリオ・アウルへの呼び名だったが、ローサも影響されていたのである。


 渡された祝い菓子を持ってローサが出て行く。

 エステリオ・アウルは、ほっと息をついた。


「そうなんだよね。いつのまにか二月だ。早いものだねえ」


「早いって! 早すぎるわ叔父さま! ことしは手作りのチョコを叔父さまにご用意したかったの!」


 残念なお知らせだ。

 この世界では、比較的裕福であるエルレーン公国首都シ・イル・リリヤにおいても、チョコレート文化はおろか、カカオ豆もまだ珍しく、南の国から薬用としてわずかに輸入されているにとどまる。


 だが、エステリオ・アウルは、それを可愛い姪に告げることはしなかった。

 アイリスが憤慨している。

 いま重要な点は、カカオ豆が入手困難だということではないのだ。


「アリスちゃん。ぼくのためにチョコレートを作ってくれるつもりだったんだね!」


 21世紀の日本人だった前世を覚えている二人の間ならではの、日本の懐かしい行事、バレンタインデー。

 思い出したせいでエステリオ・アウルは自分のことを「ぼく」と言っている。ローサがいないのは幸いだった。


 エルレーン公国では、二月の第二週の『金の日』が、聖女ルーナリシアの祝い日となっている。

 五百年前の大公のひとり娘ルーナリシア公女が世界の安寧を願い精霊の世界に嫁いだ伝説により、国を守る聖女と敬われている。その故事にならい、結婚式でふるまわれる砂糖菓子を、平民もふくめ国中の子女たちに配る伝統となっているのだった。


「……そうだけど。お、お父さまにも、お母さまにも、贈るつもりだったんだもの。叔父さまだけじゃないんですからねっ」

 まるでツンデレである。


「ありがとう、アイリス」

 心から、エステリオ・アウルは幸せそうに微笑んだ。


 ところで同じ子ども部屋にいるパウルとパオラはといえば。

 エステリオ・アウルが持ち帰った紙包みに、釘付けになっていた。


「パウル、まて、できる!」

「パオラも、まてできる!」




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