表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/363

第5章 その40 新年の抱負

         40


「さて、説明も必要じゃろうと思うてのぅ」


 朝食の席で、あたしを待っていた歳神さま。

 (つきみやありす、の記憶によれば)にほん、の、和風な装束をまとった童子の姿で、満面の笑み。


「せつめい?」

 よくわからない。

 あたしは首をかしげる。


「そうじゃよ、アイリス。せっかく迎えた新年の三日間を眠っておったのでは、あじけなかろう。それゆえ、儂がひとつ、問わず語りをしようと思う。儂は、もうじきまた旅に出る。戻ってくるのは、来年の大晦日じゃからな。助言をしてやれるのは、今のうちじゃ」


 ぼうぜんとして立っていた、あたし。

 お父さまとお母さまが、手をひいて、テーブルに連れてってくれて。

 子ども用の椅子を引いてくれたのはエステリオ・アウル叔父さま。


 あたしたち家族は、テーブルを挟んで歳神さまと向かい合って座ったの。

 光の粉が降ってくる。

 守護妖精。風のシルル、光のイルミナ。水のディーネ、地の妖精、ジオ。あたしを守ると誓ってくれている妖精たちが飛んできて、肩に降り立った。

 重さはぜんぜん感じない。


 シロとクロもやってきて、足もとに伏せる。

 パウルくんとパオラさんは、お母さまの横に、席を用意してもらって座った。


「くうーん」

 急に、シロとクロが顔を上げて、小さく、鳴いた。


 それを先触れのようにして、突然……なんとなく、予感はしていたのだけれど……静かに、歳神さまの両側に現れた人物があった。

 転移魔法陣が起動している様子はないから、映像と声を送ってきているのね。

 魔法使いさんたちは、これを『影』を飛ばすとか『目』『耳』『声』を送るって表現してる。


 左側には、長い黒髪の下半分を緩い三つ編みにした、青い目で、背の高い美青年……カルナックお師匠さま。

 右側には、白髪と真っ白な顎髭をたくわえ、ハシバミ色の目、日焼けした屈強な初老、もといナイスミドルな壮年男性、コマラパ老師さま。


「お師匠さま! コマラパ老師さま!」

 思わず声を上げてしまった。

 大好きなお師匠さまたちに会えて嬉しかったから。


「無事に目覚めたそうで、なにより」

 穏やかな笑みを浮かべたカルナックお師匠さま。


「エルナトの見立てを信用はしておったが、この歳になると、やはり、その、なんだ、やはり心配になっての……」

 コマラパ老師さまは、様子がおかしい。照れてる。

 まるで、孫をかわいがってるおじいさま、みたい!


「このカルナックや、精霊たち、妖精たち、最も幼き虹の女神も、おぬしの味方であるのは確かじゃ。常に守護してはいるが、それでもなお《世界の大いなる意思》の代行としての立場に制約を受けている。よって、全てを告げることはできん。じゃが、この世のことわりの外にある、儂ならば、教えてやれることもある」


 歳神さまは、真剣な顔をして、おっしゃった。


「おぬしは本来、もっと大きい存在なのじゃ」


「大きい?」

 思わず、自分のてのひらを見てみる。

 四歳と九ヶ月の、こどもの小さな手だ。


「魂のことじゃ」

 歳神さまが、ふっと笑った。

「その容れ物には溢れるほどにな」


 それは、どういう……?


 そのとき全ての物音が消えて、周囲が白くなったような気がした。

 ふと見れば、お父さまとお母さまが『止まっていた』。

 時間が止まったみたいに。


「ちょっとだけ。魔法だよ」

 お師匠さまが、ふっと真顔で。

「ここからは、我々ときみだけの話だ。ご両親と、家のひとたちは知らない方がいい」


 危険な香りが、ぷんぷんします!


「全て覚醒していれば、基盤であるアイリスの成長が阻害されかねんのじゃ。そこで、このさい、おぬしの魂の階層を整理整頓したわけよの」


 ?????

 歳神さまは、何を言ってるの?


 そのとき急に、すごく怖くなった。

 あたしは今まで、前世の記憶を持ったまま異世界に転生したと思っていた。

 もしかして、ちがう!?


 あたし、あたしは。

 月宮アリスは、本当に、死んだ、だけで。

 この世界の幼女アイリス・リデル・ティス・ラゼルに、のりうつっているのでは……!?

 だってアイリスは、とても虚弱な幼児だったから。

 ほんとうのアイリスは、もう、とっくに死んでいて。それで……


「あたしはアイリスの、じゃまなの?」

 声に出てしまった。

 すると、あわてたようすで、コマラパ老師さまが身を乗り出して、手を振って。


「それは違うぞ、アイリス!」

 きっぱりと、否定した。


「きみはアイリス本人だ。疑問の余地などない」

 カルナックお師匠さまも、真面目な顔。


「この世界の『先祖還り』とはそういうものだ。いわば全員が先祖還りなのだ。違いは、過去を思い出すか思い出さなかったかだけ。そうだな……例えば、記憶喪失だ」


「記憶喪失の間も、意識はある。生活もする。感情も、ある。それは本来の人格とは別物か?」


 む、むずかしいことを!


「答えは? アイリス」


「お、おなじだと思います!」

 自信も根拠もないけれど、あたしは答えた。


「さて……ここからは、儂の独り言じゃがな」

 歳神さまが続ける。

「地球人類の輪廻転生は終わった。なにしろ、地球そのものが滅亡したのだからの。地球の神である、この儂も。消えるものと思っておったのじゃが……終わらなんだのじゃ」


 ふっと、笑う。


「人類の遺伝子は、魂のデータベースもろとも、深い眠りについたまま、イル・リリヤに抱かれ、虚空の海を遠く遙かに超える旅路についた。そして、この世界にたどりついた」


 なんて、気の遠くなるような。

 四歳と九ヶ月の幼女、アイリスには、想像することもできないわ!

 十五歳で死んだ『月宮アリス』には、理解できているかしら?


「この世界は、あてどない旅の末にたどりついた。奇跡の星さ」

 カルナックお師匠さまは、歌うように口にした。


「だから、アリス。アイリス。大人たちや妖精たち、それとサファイアとルビー、シロとクロも、きみを全力で守るから。安心しなさい」


「未来を信じて。ゆっくりと、おとなになるんだよ」

 コマラパ老師さまも、とても優しかった。


 あたしは、胸がつまって。

 うなずくしかできなかった。

 けれど……。


「幸せになるんだよ。みんなが願っている」


 そうおっしゃったときの、カルナックお師匠さまの笑顔が。

 なぜだか、わからないけど……


 この世の者ではないくらい美しくて、透明感があって近寄りがたくて。まるで、消えてしまいそうで……。

 違う意味で、怖くなった。


 この思いは、あたしだけの秘密。口に出してはいけない。


 ことだま、って、いうのだったかしら。

 きっと、そんなこともある。


 みんなで、幸せになるの!


 それが、今年の新年の、あたしの抱負です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ