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第5章 その37 蓮の中の宝珠

         37


 レギオン王国西部地方に属する、エルレーン大公領国の、新都ルーナリシア。

 三年前に大公位を継いだフィリクス大公の治世。

 歴史が古く、しがらみに捕らわれ続けているレギオンを尻目に、エルレーン大公領は、大陸中の人々にうらやまれる発展を遂げた。


         ※


 おお、蓮の中の宝珠。

 麗しの都ルーナリシア。

 泥中にありて蕾を蓄える蓮のように

 月晶石ルーナリシアの姫に愛されし

 無垢なる都は花咲けリ。


 古き王国の闇は深く

 苦難のうちに沈みし死者たちはあふれ。

 末期の願いに、《世界の大いなる意思》は使徒を遣わされた。

 青白き精霊の火は集いて光の河となり

 最期の裁きは下された。

 

 嘆く女神の白き腕は、

 生まれ出ずるとともに死を定められし死者なる生者と、

 偽りの言葉を吐きし咎人と、

 生まれながらに先祖の罪を背負う幼児を救い上げぬ。


 失われし時は巡り

 遙か千年の栄華は崩れ。

 虚ろなる王が立つ。

 目隠しと身を縛る毒蔦。

 王に差し出されしは身毒の美酒。

 ひとくち飲めば厭わしさを忘れ。

 ふたくち飲めば惑いに落ちる。

 そこから先は底なしの

 呪いの泥海。


 けれども世界を統べる女神様は降臨なされ、

 麗しき蓮の中の宝珠を、新しき光の主に授けられた。

 永遠に安んじられよ、

 永遠に栄えよ。

 希望の都ルーナリシアよ。

             

《レギオン王国西部エルレーン大公領国首都ルーナリシア(後のエルレーン公国首都シ・イル・リリヤ)に伝わる、吟遊詩人のうた》 


         ※


 例えば、五月の、晴れた日に。

 新都の片隅、小さなカフェテリアで。

 ささやかな式を挙げた二人を祝福する宴が開かれていた。


『おめでとう!』

『婚約おめでとう!』

『おめでとう! エステリオ・アウル。アイリス!』

『えっチューしないの?』

『お暑いところを見せてよ!』


 若い二人を囲む友人達がはやし立てる。

 ごく親しい者ばかりの宴なので遠慮が無い。


「しませんよ! まだ婚約ですから」

 エステリオ・アウルが抗議の声を上げた。

 すでに法衣は纏っていない、好青年然としている姿も、さまになっている。

 

 先代のおかげで家業の商会は廃業に追い込まれたのが一年前。

 その後、還俗し、

 フィリクス公嗣の肝煎りで新たに商会を立ち上げた。


「アイリスが恥ずかしがるじゃないですか。いい加減にしてください、『呪術師ルナ』殿。青竜のお弟子様がたも、お師匠様に言いつけますよ」


「悪いね、みんな、祝い事が嬉しくてたまらないのさ。言い聞かせておくから。幸せになっておくれ。同じ青竜様の弟子仲間じゃないか」


 編んでいない長い黒髪を、初夏の薫風になびかせた、青い目の青年が笑う。


「おれたちは、みんなの幸せを願っているんだ」


          ※


 もしかしたら、それは夢だったのかもしれない。

 あたし、アイリスは、お正月に歳神さまと銀竜さまの訪問を受けてから、倒れてしまって。


 その後は三日間、ずっと眠りっぱなしだったらしいから。


 長い夢を見ていたみたい。

 目覚めは、

 もうじき。


 紡ぐべき糸を紡ぐのが、あたしの役割。

 糸を巻き取るのは、誰かがやってくれるから。



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