第5章 その35 イルダ(レギオン亡国編5)
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『あたしはイルダ。ご隠居…いや、ご老公様がティトゥ・クシ。髪の長い美形は呪術師ルナ、黒髪黒目の単純バカはアール。あたしらは《青竜の眷属》だからね、まかせなよ! さっき出てったのがフィリクス公嗣さまだ。この国のおえらいさんも、事情は全て承知のうえだからさ!』
外国なまりのある、明るく力強い口調で、赤毛の女性は笑う。
「ありがとうございます」
エステリオ・アウルは頭を垂れる。
「父が、ご迷惑をおかけします」
「あらあら! そんな気にしなくていいのよ! 若いコって初々しいわねえ~」
とたんに彼女は頬を赤くして、パタパタと手を振る。
「イルダおばさん。見た目は若いのに言動に加齢臭がしてるぞ」
「あらやだわ! んもう、なによルナちゃんったら」
「これでも、もういい大人なんだ。そろそろ、幼名で呼ばないでくれないかな? それと、公嗣が話を聞きたいそうだ。使いがきてる」
「しょうがないじゃない、ルナちゃんの親父さまとは青竜さまのお弟子仲間だしお母さまとも幼なじみなんだもの。ついね。おっほほほほ! さて、呼ばれてるんじゃ、行かなくちゃね!」
言い訳しつつ、赤毛のイルダは、戸口に向かっていった。
公嗣から遣わされた役人が、事情を聞き取りにやってきたのである。
「……というわけで、あとは、おれが」
割って入ったのは、呪術師だった。
イルダやアールに比べ、完璧な王国の都ふうの言葉遣いだった。ヒューゴーに対しては意図して乱暴な物言いに徹していたらしい。
「ずっと以前から彼が悪事を働いていたとはいえ、我々のような見知らぬ外国の者たちが突然やってきて、目の前でヒューゴー会長を逮捕したんだ。驚いただろう」
「父がどんなことをしていたか、全てではありませんが、だいたいのところは知っていましたから……」
エステリオ・アウルは、うなだれる。
「わたしの力が及ばず、悪事を止めることができませんでした。申し訳ありません」
「……ふむ。だが、きみは自分が殺される覚悟もしていただろう。親しい友人のエルナト・アル・フィリクス・アンティグアに預けていた証拠は預かっている。裁判に、大いに役立つことだろう」
呪術師ルナが、笑う。
月の光が差したような、不思議な魅力をたたえた美貌。
本来は黒いはずの目から、透き通る青い光があふれこぼれている。
青白い精霊火たちが数え切れないほどまつわりついて、気のせいでなければゴロゴロと気持ちよさそうに喉をならすかのような音まで響いてくる。まるでペットだ。明らかに青年に懐いている。呪術師のほうも慣れているのか、気にもとめない。時々は撫でてやったりしているのだった。
「そういえば、先日は指輪をありがとうございました。このとおり、彼女にぴったりです」
「魔法がかかったみたいでステキです! ほんとうに、ありがとうございます」
エステリオ・アウルとアイリスは揃って頭を垂れたのだった。
しかしながら。
「先日? 指輪? なんのことだい?」
呪術師ルナは、きょとんとしている。
心当たりが全くなさそうだった。
「その指輪がどうかしたのか? 見せてもらえるかな? 確かに、強い魔力を感じるが……。おれがこの都に着いたのは、一週間前なんだがね?」
「……はい?」