第5章 その34 青竜の眷属(レギオン亡国4)
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『遅いぞ、親父』
長い黒髪に青い目をした美青年、呪術師が文句を言う。
『すまん、息子よ』
親父と呼ばれたのは屈強な壮年である。ハシバミ色の目、肩までの黒髪には白いものが混じっている。
『我はティトゥ・クシと申す。大陸南部を統治する《四州国》の、レギオン王国駐留全権大使にして裁判官である。ヒューゴー・ネビュラ・ラゼル。我が国の《王立薬草園》に侵入し聖なる薬草を盗みだし麻薬を精製し秘密裏に売りさばいた罪状で永久犯罪人とする。これによりレギオン王家と癒着して千年もの間、大陸で独占的に繁栄してきた豪商ラゼル家も終わりだ』
厳かに申し渡した。
次の瞬間。
礼拝堂の扉が開け放たれ、十数人の男達が突入してきた。
「おお、おまえたち良いところへ!」
ヒューゴーが、喜んで大声をあげた。
やってきたのはラゼル家の私兵だと思い込んでいるのだ。
「狼藉者だ、捕らえろ、いや、殺せ!」
飛び込んできた武装集団は、無言で、ヒューゴーを取り囲む。威圧感がはんぱなかった。
「なんか思い違いをしているようだけど」
人の悪い笑みを浮かべる、呪術師。
「彼ら、あんたの手下じゃないから」
「……は?」
「やっぱり、親父の話を聞いてなかったね」
軽く首をすくめる呪術師。
「ぜんぶバレてるんだよ。密入国も密輸も。他国の『禁止植物』を盗んで麻薬を精製するのも重罪。終わったね」
締め上げている黒い蔓が、ふつふつとちぎれていく。が、拘束は解かれたわけではなく、ヒューゴー・ネビュラ・ラゼル老は、なすすべもなく床に転がされた。
武装した『私兵』たちは、手早く老人を鎖と金属の枷で戒め、引き起こす。
「立て! とっとと歩け!」
「な、な、なんだとぉ! このわしに!」
「忠告だ。これからの発言は全て証拠となる。ひとまずは口を閉じろ」
呪術師は、無慈悲に、笑った。
やがて彼らのその後ろに、金髪の青年が姿をあらわした。
「ご協力を感謝する、『青竜の弟子』どの」
「お互い様さ、公嗣」
「ありがたくお受けいたしましょう、呪術師殿」
公嗣と呼ばれた金髪の好青年は、にやりと笑った。
それから、ヒューゴーをかついだ集団に、声をかけた。
「連れていけ」
※
小さな礼拝堂のかたすみに、エステリオ・アウルとアイリスは、身を寄せ合っていた。
いったい何が起こっているというのか。
ラゼル家の権力者であるヒューゴーが荷物みたいに担がれていく。
密輸、密入国、盗み、麻薬の精製及び販売と、どれか一つを取り上げても重罪案件ばかりである。
商会はどうなってしまうのか、見当もつかなかった。
ただし、
ヒューゴーが連行されても、エステリオ・アウルとアイリスには、官憲の手はかからなかった。
『エステリオ・アウルさん、だっけ。商会の会長、ヒューゴーってのは、あんたの父親? 残念ながら、無罪放免はあり得ないわ。だけど、あんたたちはもう、自由なのよ。うちらが助けてあげるからね! 二人で未来を創ることだってできるのさ』
アイリスの傍らに寄り添う赤毛の女性が、屈託のない笑顔を見せる。
『あたしはイルダ。ご隠居…いや、ご老公様がティトゥ・クシ。髪の長い美形は呪術師ルナ、黒髪黒目の単純バカはアール。あたしらは《青竜の眷属》だからね、まかせなよ! さっき出てったのがフィリクス公嗣さまだ。この国のおえらいさんも、事情は全て承知のうえだからさ!』