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第5章 その32 エステリオとアイリス(レギオン亡国編2)

         32


「凜々しき至高の神。青白く若き太陽神アズナワク。救いがたき、この地に慈悲を」


 祭壇の前に跪いて祈りを捧げている青年の姿を、アイリスはずっと見つめていた。


 彼は今年二十七歳。

 聖堂教会付属大学院を卒業したばかりだ。

 司祭補として地方に単身赴任することが決まっている。


 明日になれば、彼は、エステリオ・アウルは、聖堂教会によって課せられた使命を果たすために、遠く、レギオン王国北部辺境アステルシアへと旅立たなければならない。


 アイリスの胸にはどす黒い不安が渦巻き、どうしてもおさえきれない。思わず、心の内を彼に向かって叫ばないではいられなかった。


「行かないで、エステリオ。悪い予感がするの。『聖堂教会』の命令なんか、聞かないで!」


「わたしはしがない司祭補の身、聖堂教会の命令に従うしかない。抗えば、わたしたち平民など容赦なく消されてしまうだけだ。だけど、三年の任期を無事に乗り切れたら群青の衣をまとう『正司祭』になれる。そうしたら、父から自由になれる。アイリス、君との未来を思うこともできる」


「エステリオ叔父さま」


 危険のサイン。

 アイリスの心の底で誰かが呟く。

 忠告する。

(それってお約束の『フラグ』よ。彼にそれ以上、言わせちゃだめ)


「待ってエステリオ・アウル! その先は」


「約束するよ。任期が終わって都へ帰ってきたら、君に求婚する。父にも認めさせる。わたしたちは血が繋がっていないのだから。君の父親、亡くなった義兄さんは義母の連れ子だったし、わたしは後妻の子だからね」

 祭壇の前から動かず、身体だけ振り向いて、エステリオ・アウルは誓う。

 彼らしい生真面目さがうかがえる行動だ。


 だが、アイリスの不安は消えない。

「ヒューゴーお爺さまは、ぜったい認めないわ。エステリオ・アウル叔父さまは自慢の息子だから。お父さまもお母さまも事故で亡くなってからは、あたしは後見人になったお爺さまのお慈悲で、なんとか学費の安い公立学院に通わせてもらってるだけなの」

 商会の老会頭ヒューゴー。アイリスにとっては非常に厳しい祖父が、秘蔵っ子のエステリオ・アウルの独立など受け入れるわけはない。


「認めさせる。そのために『聖堂教会』で出世すると、わたしは決めたんだ」


 エステリオ・アウルは、懐から小箱を取り出した。


「これは先日、手に入ったものだよ。教会の裏手に、ふしぎな店があってね。その店は、ときによって、あったり、なかったりするんだ」


「まあ。そのお店のこと、学院のお友だちから聞いたことがあるわ。魔法のかかったものを売ってるって。でも、この国では、魔法は禁止でしょ。危ないんじゃないの」


「今の暮らし以上に危険なものなどないさ。だから平気だよ。店主に呼びかけられたんだ。『愛しく思う相手がいるなら、必要なものだ』って。わたしも、一目見て、ひきつけられて。アイリスにあげたくなった」


 銀色の指輪だった。一粒の、エスメラルダが嵌まっている。アイリスの瞳と同じ、深い緑色に輝いている。


「お守りだよ。明日から離れて暮らす、アイリスのための」


 エステリオ・アウルが、アイリスの指にはめる。

 と、それは自然に指にぴったり合って、動かなくなった。


「なにこれ! 抜けない! 宝石から、青い光が……あふれて」


 光はアイリスとエステリオ・アウルを包んだ。


「ここで何をしている!」


 突然、礼拝堂の扉が開いて、入ってきた人物があった。

 雄鶏のように赤毛を逆立てて怒鳴っている、初老の男性だ。


「二人で会うのは禁じたはずだ! わしのエステリオに取り入る悪女! アイリス、孤児になったおまえとわしは赤の他人だ! 学院に通わせてやった恩義も忘れて」


 エステリオ・アウルとアイリスは、ひしと抱きしめ合った。

 この国の重鎮である豪商ネビュラ家の会頭、ヒューゴー老の怒りから、互いを守ろうとするように。


「ヒューゴー・ネビュラ・ラゼル。わたしは、あんたのモノじゃない」

 決意をかためたまっすぐな目で、エステリオ・アウルは、彼の父、無慈悲な王と影ながら噂されるネビュラ商会の会頭に対峙する。

「これまでも、これからも」


「わしを裏切るのか。おまえは異端審問にかけて牢屋送りにしてくれる! その悪女もだ! 我が家の財産を狙っておまえを誑し込んだと訴えるからな!」

 激高する老人は、居丈高に叫ぶ。


 そのときだった。

 リィン、と澄んだ鈴の音が空気を震わせた。


 そして、夜が降ってきた。

 祭壇の前に、漆黒の衣を纏った人物が出現したのである。

 まっすぐな長い黒髪は床まで届く。(ちなみに髪は編まれていない)ただ、肌の色は透き通るように白い。

 ヒューゴーを見据える黒い瞳が、僅かに青い光を浮かべる。


『そこまでだよ、ヒューゴー老人。あんたの役割はせいぜい、中ボスだ』


 ふいに。

 黒づくめの人物の周囲に、成人の頭ほどもある大きさの、青白い光球が、どっと湧いて出た。

 そう表現するしかないほどに、夥しい数の。




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