第1章 その14 サヤカとアリスの場合
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「サヤカちゃ~ん!」
「アリスちゃ~ん!」
大歓声に包まれるコンサート会場。
鳴り止まない拍手。
「アンコール! アンコール!! アンコール!!!」
「アンコ~ルぅぅ~!!!!」
いつまでも静まらないから、あたしたちはステージに出てアンコールに三回応えた。
これは『お約束』っていうやつなの。
想定済みだから歌う曲も決めてあったし、大丈夫。
あたしたち、アイドルデュオ《サヤカとアリス》のコンサートは、いつものように大成功!
二人とも現役女子中学生のアイドルで、話題になっていた。
あたしなんかはちょっと歌って踊るくらいの平凡な女の子だけど、サヤカは、すごい。
4オクターブの声域だって、歌唱のコーチが驚いていた。
ばつぐんの歌唱力で、ものすごい美少女。
あたしは歌唱力も踊りも、ごくごく普通の女の子。
だからサヤカに恥ずかしくないように、がんばってレッスンしてる。
サヤカは「アリスのほわほわ癒やし系なところがすっごくいいんだから」って言ってくれるけど、自分ではそう思えないのよね。
一部のファンから「足手まとい」なんて手紙が来てたこともあったし。
それを見てサヤカが激怒して「こんなのファンじゃない!」ってブログで発信したりしたときは、ちょっぴり炎上しちゃった。
少ししたら沈静化したけど、そのことでは所属プロダクションの人たちにお世話になった。
社長のお嬢さんがパソコンに詳しくて、なんとかしてくれたみたい。
高校生だけどすごい美人だし才能があって、素敵な人なの。
あたし、月宮アリスと、同級生の相田紗耶香は、両親がもともと幼なじみだったので家族ぐるみの付き合いをしていた。
中学生のとき、原宿を歩いていて、たまたま通りかかった芸能プロダクションの社長さんにスカウトされた。
サンタクロースに似た、ひげのおじさん。
はじめはちょっと「この人信用できるのかしら」なんて疑ったけど、奥さまにお会いして、とってもステキな人だったから信じることにしたの。
二人で歌も踊りも、けんめいにレッスンして、半年後にCDデビューした。
グラビア取材OK、でも、水着はなし。
社長さんの方針なの。
あとで、なぜあたしたちをスカウトしたのか、社長に理由を聞いた。
「知らなかっただろうが、あのとき、よくない噂のある芸能プロダクションのスカウトが、君たちの後をつけていたからね。私が声をかけたから、諦めて去ったよ。まったく、だまされるんじゃないかと気が気ではなかった。君たちは、うちの娘と歳も近いようだったし、他人と思えなくてね」
お嬢さんのことを思うと、尾行されてるのにのんきに歩いてた、あたしたちを放っておけなかったんだって。
ぜんぜん気がつかなかったわ。
あぶなかったのね……ありがとうサンタさんみたいな社長!
サンタクロースにそっくりの社長さんには美魔女な奥さまとお嬢さまがいて、家族仲がいい。
貿易会社に学院、ホテルも持ってるし、お金持ちの余裕よね。
もともと、社長のお嬢さんがファッションモデルをやってて、そのマネージメントを始めたのが起業のきっかけだったって。
だから紗耶香とあたしのアイドル活動も社長さんのボランティアみたいなもの。
所属アーティストはそんなに多くなくて、みんな仕事は選ばせてもらえるし、お休みも充分もらえるし。みんなで幸せになろうっていうのが合い言葉。
高校に進学するときも、社長夫人がオーナーをしていて社長のお嬢さまも通っている私立高校に入ったの。
優しくて美人なお嬢さまは、あたしたちの一学年先輩。
親しくしてもらってた。
とっても美少女で、彼氏(婚約者)も美少年だったな~。
ラブラブで幸せそうで、憧れたわ~!
恋人がいるなんて、羨ましい!
でね。
あたしには、彼氏はいないけど、気になってる男子はいるの。
同じ学校の生徒じゃなくて、毎朝、通学電車に乗るときにホームで顔を見かけるだけ。
でも……気のせいじゃなければ、彼のほうも、意識してくれてるような。
紗耶香も、オフのときに吉祥寺で出会った男の子が気になってるみたい。
道を聞かれたのがきっかけで、彼も楽器の演奏をしているので、メアド交換とかして。
あたしたちは有名じゃないけど一応アイドルだからお付き合いには慎重になる。たぶん、お友達から始めたらいいんじゃないかな。
前途は順風満帆だった。未来があるって思ってた。
このときまでは。
※
あたしの誕生日の前日。紗耶香の誕生日も半月後だった、そんなときに開催したバースデーコンサート。
コンサートは大成功。
社長さんが経営してるホテルのラウンジでパーティーがあって。
帰りは車で自宅前まで送ってもらった。
「お疲れ様です」
敏腕女性マネージャー。きりっとしてて美人で、大好き。
「バイバイ、アリス。また明日ね!」
「また明日ね、紗耶香!」
みんなと別れて一人、自宅の玄関へ向かった。
そのとき、あたしの前に、急に強いライトが当たった。
黒いワゴンRが猛スピードで突進してきたのだ。
避けることもできなかった。
ものすごい衝撃と激痛が襲ってきた。
たぶん、あたしは、このとき死んだ。