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第5章 その24 グラウケーの賭け(皇帝ガルデルの絶望と儚い希望13)

         24


 グラウケーさまに、すっかりしてやられたわ!


 あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルが体験した一連の不思議な出来事は、すべてグラウケーさまの仕掛けだった! もしかすると、あたしにラト・ナ・ルアが宿る精霊石をくださったときから。


「レニウス・レギオン、灰色の魔女グリス。わたしは《世界》の代行者たる元初の精霊グラウケー。かねてより、わたしは真月まなづきの女神イル・リリヤの慈悲に浴しているべき世界に満ちる、人々の嘆きに対して、手を尽くせぬものかと、《世界の大いなる意思》に問うていた」


「しかし《世界の大いなる意思》はいう。ヒトは不幸に傾きやすい。まるで幸福になる気がないかのようだ。生きて老いて、ときには病を得て、あるいは衰えて死ぬだけで、なすすべもない。ヒトは現象だ。増えるも減るも勝手にするが良かろう、と。だが、わたしは、《世界》のようには、達観できなかった」


「わたしは《世界》と賭けをした。きみたちが残酷な運命に打ち勝てるかどうかを。そのために呼び寄せた協力者が、アイちゃんと精霊ラト・ナ・ルア。ガルデルをそそのかした悪魔セラニスは、彼女たちが倒したのだよ」


 かなり大雑把な説明だったけれども、レニくんとグリスさんは、グラウケーさまの美貌に見とれながら、頷いていたので、納得してくれたと思う。


「それにしても、『悪魔』ですか?」

 セラニスという名前は伏せて、あたしはグラウケーさまに問う。


 この世界に悪魔という概念はあるのかしら。

 少なくともアイリスとして転生してからは、聞いたことのない言葉。

 セラニスは『魔の月』であって、悪魔ではない。

 やってることは、悪魔みたいなものだけれど。


 グラウケーさまは、にやりと笑って。


「歴史にはそう記されることになっている。アイちゃんもラト・ナ・ルアも、あれの名前など、うっかり口にしないようにね。どこで聞き耳を立てていないとも限らないヤツだから。で、『ここ』はこのまま、あれのいない可能性の分岐として《世界の大いなる意思》が記録する。……ラト・ナ・ルア。きみが切望した通りに、これからも、ずっと在りつづけるのだ。幸福な夢を紡ぐために」


「グラウケー姉様、ありがとう。良かった……もう心残りはないわ」

 ラト・ナ・ルアの目に、涙が溢れる。


 心残りはない? 少しばかり不穏な響きを感じるけど……?



「アイちゃん、ラト・ナ・ルアさま」

「本当に、ありがとうございました! どうすれば、このご恩におこたえできるのかわかりません。あたしたちは、きっとガルデルに殺されたに違いないです」


 ラト・ナ・ルアは、にっこり笑った。

「これからは、ふたり仲良く、幸福でいてね。あたしは、それが何より嬉しいのよ」


 そして、少しだけ、さらに涙をこぼす。

「大切な、大切な、愛しい子……」


 ラト・ナ・ルアは、本当にレニウス・レギオンくんとグリスさんのことを大切に思っているのね。


 ところで、このとき、グリスさんは、唇をかみしめていた。

 やがて、思い切ったように、顔を上げる。


「世界の大いなる意思の代行者であらせられる精霊様。この場をお借りして申し上げたきことがございます」


「ほう。申してみよ」

 グラウケーさまの雰囲気が、変わった。氷のようなまなざし。


 グリスさんは平伏する。

「あたしはとんでもない育て親でした。浅はかな考えでガルデルに従い……虐待を放置するという罪を犯しました。親ならば子どもを命にかえても守るべきでありながら。これからもレニと一緒にいるなんて、あたしには、赦されていいことではありません」


「おまえがそう思うならば、そうなのだろう」

 グラウケーさまは、無表情のまま。

「では、子どもは、もうじきにここへ調査にやってくる騎士たち調査団に預けることとするか? 調査隊には、医学の心得もある『大森林の賢者』が加わっている。正義感にあつい、信頼に足る人物だ。子どもを見つけたら、彼が保護すると申し出ることは間違いない」


「レニを、どうかお願いいたします。あたしは罪を償います。……もうじき、咎人としての死後を……迎えることになりますので」

 グリスさんが、力尽きたように伏せる。

 背中から、血が流れ出る。

「毒は消せたけど、傷はふさげなくてね。ちょっとだけ無理をしたよ……こんなの償いにもなりはしない……」


「おかあさん! いやだあ、おかあさん!」


「あの世があるなら、あたしは、あんたのお母さんに会って謝らなくちゃいけない。本当のお母さん、師匠フランカは、あんたを見守ってくれるよ……」


「いやだ! おれのおかあさんは、グリスだよ! だいすきだよ。死なないで! おかあさんっ!」

 抱きついて泣きじゃくるレニくん。

 うつ伏せたグリスさんの身体から、力が抜けていくのが、わかる。


「こんなのってないわ! つらいできごとを力を合わせて乗り越えたのよ。だから、二人はハッピーエンドじゃなきゃいけないの!」

 あたしは叫んだ。

「グラウケーさま! グリスさんはレニくんをガルデルに殺されないように守っていたんです! それに、レニくんはグリスさんが大好きなんです! お願いです、助けてあげて!」


「きみはそう言うだろうと思っていたよ」

 グラウケーさまは、くすっと笑って。表情をほころばせた。

 カルナックお師匠さまの微笑みに、似てる。

 師弟だからかな……。


「レニウス・レギオン。灰色の魔女グリス。わたしは《世界の大いなる意思》との賭けに勝ったので、寛大な気分なんだ。われわれ精霊が過ごす久遠の時間に比べれば、刹那のごとき儚く短い生命しかないヒトが思う『罪咎』など、なにほどのことがあろう。われわれはグリスの罪を赦す。精霊からの贈り物を受け取りなさい」


 グラウケーさまが手をさしのべると、レニくんの胸もとから青い光があふれた。

 ふわり、と。

 青く輝く宝石をつけた首飾りが、浮き上がる。

 あ、さっきグリスさんが渡した、本当のお母さんの形見の『魔力結晶』のペンダントね?


「出ておいで」

 グラウケーさまが唱えると、宝石の放つ青い光が、ゆっくりと、かたちを成していく。


 それは……

 真っ白な、ウサギだった。

 青い宝石から、ふわっふわの白ウサギが現れた!

 よく見ると、この白ウサギ、左前足だけが、ない。ちぎれたように。


 白ウサギの全身から、柔らかな優しい光が広がっていって、レニくんとグリスさんを包み込んだ。


「癒やしの魔法……?」


 みるみるうちに、グリスさんの背中をぬらしていた血が消えていく。

 傷口もふさがり、失われていた血も戻ったのだろうか、乱れていた息が、整って。

 グリスさんの頬に赤みが差した。


「きゅ!」

 ウサギが、高く一声鳴いた。

 次に、レニくんの腕に飛び込んだ。


「あ! アイちゃん!」

 

「あたしが作ってあげた縫いぐるみ! だけど、ガルデルに取り上げられたはず」

 レニウス・レギオンくんとグリスさんは驚く。


「そうだよ、ガルデルに暖炉に放り込まれたんだよ! おれ、暖炉に飛び込んで拾ったんだ。左の前足だけが焼け残ってて、大事にしてたんだ……」

 ポケットをさぐって、レニくんが取り出したのは、縫いぐるみの前足だった。


「きゅ!」

 白ウサギが鳴いた。レニくんの持っていた前足は、左前足だけが欠けていた白ウサギと一体化して、完全な白ウサギになった。

 縫いぐるみではなく、本物のウサギとして。


「それは確かに、きみが大切にしていた縫いぐるみのアイちゃんだよ。生命を与えておいたから! かわいがってやっておくれ」


「えっアイちゃんって縫いぐるみがあったの?」


 あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、ちょっと複雑です。


 胸を張って、アイちゃんって呼んでねって言った記憶がよみがえる。

 しばらく前のあたしが、恥ずかしくなってくるじゃない!


 



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