第5章 その1 イリヤ・マクニール博士
1
夢を見た。
気がついたら、がらんとした部屋にいた。
壁に囲まれているだけ。ただ、あたしという存在があるだけの。
何もない空虚が、なぜか、自分にふさわしいのだという気がした。
どこかで微かな機械音がしている。
『ハロー、イリス』
突然、あたしの前に現れたのは、一人の成人女性だった。
とても友好的な笑顔で。
慈愛に満ちた、優しい微笑み。
『私はイリヤ・マクニール。よろしくね。あなたの親みたいなものよ』
「……わかりません。私のような『創られたモノ』にとって親とはなんでしょう」
『ふむ。ま、そうか。まだ目覚める時期ではないわけだし……』
首をかしげて、ぶつぶつ呟く。
年齢は三十歳くらいだろうか。落ち着いた雰囲気を持つ女性だった。
肩までの長さで揃えた、明るい金髪、藍色の瞳。
絶世の美女というわけではないみたい。でも愛嬌があって、親しみが持てる。
光沢のある布地でできたシンプルな白いドレスは、膝が隠れるくらいの長さ。
足にはドレスと同じように白い、紐で編み上げる形のサンダルを履いていた。
『ところでこの服どうかしら、似合う? 女神っぽくあつらえてみたの』
「……お似合いだと思います」
『やだわ全然心こもってない。システム・イリスらしいこと。安心したわ正常運転のようね』
イリヤ・マクニールは、ころころと笑う。
それから、急に表情を引き締めて。
『今の状態について話しておくわね。最も深い階層で眠っているはずの、あなた、システム・イリスの眠りが浅くなっている』
こういうことだ、と、イリヤ・マクニールは解説する。
『大晦日の焚き火と、歌う精霊樹を目撃した。今までにない体験よ。あなたたちは、これまでになく成長したのだということを、はっきり知覚した。その影響は、最深部にいるあなた、システム・イリス)に及んだ』
「……それは良くない兆候でしょうか」
『悪くはないけれど、もう少し、ゆっくり育ってほしいのよね。ワインの熟成と同じよ。だから、あなたの意識に、アクセス制限をかけるわ。アイリスの視覚情報は、これまで通り、受け取れるようにしておくわよ』
「はい。お願いします」
『目が覚めたら、私と出会ったことは忘れているわ。でも、私はあなたをいつも見守っている』
慈母のように微笑んだ。
やはり、夢だ。
と、システム・イリスは思う。
人工の生命でも、魂が宿り、夢を見るのだろうか……と。
さらなる深い眠りに沈んでいくシステム・イリスには、イリヤ・マクニールの呟きは、聞こえたか、どうか。
『私の本体はとうに失われているけれど。あなたの保護プログラムの一部として生きている。私は、あなたの生みの親だもの。幸せを、願っているわ』
※
……お寝坊さん。イリス。
せっかくの新年なのに、眠っていたら、ステキなことも見過ごしちゃうわよ?
「うわぁ寝ちゃった~!」
叫んで起き上がった、あたし、アイリス。
朝の光がカーテンごしに差し込んでいる。
「今年こそ、カウントダウンから夜どおし起きていようと思ってたのに!」
すると、笑い声がした。
「無理無理! 夜更かしした覚えはあるだろうが」
「子供は寝るものよ」
ベッドのそばに、サファイアさんとルビーさんがいたのでした!
「だって元旦だもん……おせちと、おぞうにと……おとしだま」
眠い目をこすって言う。
「それ日本の正月だろ!」
いい感じにツッコんでくれるルビーさん。
「そうよぉ。アイリスちゃん、記憶が混乱してる。もう少しだけ寝るといいわ。パウルとパオラも、疲れたのでしょうね。まだ寝てたほうが良さそうよ」
リドラさんたら優しい!
ベッドの上、両脇にはシロとクロと、その純白と漆黒の毛並みに埋もれて眠っている、獣人の双子、パウルとパオラ。大晦日にやってきた、お客さま。
仲良くなれそう、なんだけど。
きっと疲れているのね。
「ティーレさん、パウルとパオラさんが起きたら、あたしを起こしてね~」
ああ、まだまだ眠いよお~
あたしはシロとクロに挟まれて……寝落ち、した。