第4章 その34 獣神の双子パウルとパオラ
34
新年になりました。
あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルの誕生日は三月だから、まだ五歳にはなっていないんだけれど。
日本人の女子高生だった『月宮アリス』としての、前世の記憶があるから。
なんとなく、ちょっとおとなになった気がするわ!
年越しのお祭りは、まだまだ、賑やかに続いています。
お酒を飲んでいる人も、飲んでない人も。
みんな、ご馳走を食べて、焚き火で暖まってご機嫌です。
笑顔で囲む食卓って、いいな。
我が家にはお客さまもいらしたし。
一人は、小さな男の子。赤い袴と白い狩衣とかいうの? 月宮アリスの記憶では、神社の巫女さんの着ていたものに似ているような違うような。
それから、ふたごの子供!
お腹いっぱいで、ニコニコしてる。
あたしの従魔のシロとクロになついて、もふもふの純白と真っ黒の毛を夢中で撫でているわ。
「この子達は、パオラとパウル。姉と弟だ。東の果ての海にある獣人国から連れてこられたんだよ。仲良くしてやっておくれ、アイリス」
「はい! カルナックお師匠さま。……パウルさん、パオラさん、アイリスと、おともだちになってね! これからは、うちで暮らすのですって」
「え……ほんとに、おともだちになってくれるの。いいの?」
「こんなきれいなお庭で、ねむれるの?」
「お庭がきにいってくれたのね。うれしい。でも寝床は、ちゃんと、おうちのなかに用意してもらうわ。こんやは、アイリスと一緒に寝る? シロとクロもよ」
「わふわふ!」
「わふ~ん!」
アイリスと年の近いパウルとパオラ、それにシロとクロが仲良くなるのに時間はかからなかった。
「ところでお師匠様。あの子たちは何歳くらいでしょう。アイリスとそれほど変わらないようですが」
エステリオ・アウルが、カルナックに尋ねる。
「七歳にはなっていないだろうな。エステリオ・アウル。ご当主夫妻への取りなしを頼む」
「はい、お師匠様。さっそく、話してまいります」
エステリオ・アウルは兄夫婦を探し、パウルとパオラの保護を頼むと、伝えていた。
もちろん、こころよい返事であったことは言うまでもない。
※
「この子たちの土地では、七歳までは、精霊の眷属にして従者。子供達の園でみんな集まって育てられておっての。まだ部族に登録されておらぬ。行方しれずになろうと、探すものはおらぬでな」
年も明けたので、ひとまず弓をおさめた、童子である。
「へーえ。確かに、そんな部族は辺境じゃ少なくねえな」
ルビー=ティーレは答えた。
彼女も北の果てともいえるガルガンド氏族国の出身だ。色の淡い髪と目という見た目から、精霊に似ているので他国からは『精霊枝族』だの『エルフ』だのと呼ばれている。
「誰かがいなくなっても、普通は自然淘汰されたか精霊に迎え入れられたかって思うものなんだ。それが、果ての国の常識ってやつ。しかし、狩られたってなると、ヤバい話だなあ」
「狩るって……人身売買組織? どこが捜査するのかしら。面倒くさそう~」
「どうせ、魔道士協会に仕事が回ってくるさ、そこの童子ってのが言ってた、獣人国の子だろ」
「童子、ではなく。童子神じゃ。カルナックともかく、おまえさんらには『神』と敬ってもらわねば。おまえさん、前世の記憶を持つ『先祖還り』じゃろ。それに、そこの黒髪メイドもな」
とたんにルビー=ティーレとサファイア=リドラは、飲みかけていたワインを盛大に吹き出した。
「ぶへっ!? なんでわかったんだ?」
「よしてよ、わたしは現在のメイド生活を謳歌してるんだから。思い出させないでくださいません?」
抗議の声をあげたとき、こほん、と、カルナックの咳払いが聞こえて、リドラとティーレは固まる。
「リドラ。お手本になるべき君が、ティーレに甘いのはよくないな。勤務時間外ならまだしも、メイドのお仕着せをまとっているからには、一口たりとも飲酒などもってのほか。いくら無礼講でもね」
「うわ! す、すみません」
「そうでした、前世のカウントダウンパーティーを思い出して混同してました。申し訳ありません」
「君たちには、追加で仕事を増やすことにした」
「え~!」
「ひどいですぅ!」
カルナックはくすくすと笑い、アイリスと一緒になって、幸せそうに笑い声をあげてシロとクロのもふもふを堪能している双子を見やる。
「あれは東の果て、浅い海の向こうの国、獣神の子。いずれは獣神として覚醒し修行に入る予定だったが。さきほど《世界の大いなる意思》を通じて連絡がとれた。この際だから他国を見聞させたいそうだ。ふたりはラゼル家の客人になる。君たちは、あのパウルとパオラに、この国の常識を教えてもらおう」
「え? 獣神?」
「覚醒ってなんですか?」
「いずれわかるよ。今は気にしなくてもいい。教育係だが、君たちだけとは言わない。エステリオ・アウルや、エウニーケにも言いつけておくよ」
「だけど、お師匠様!」
リドラはあくまで抵抗した。
「ティーレに、常識を教えられるわけないです! 本人がバカだから」
「なんだとぉ!」
「それこそ常識だわよ!」
言い合う二人を眺めて、
「……それもそうだな」
カルナックは思い直した。
「なるべく早く、いい家庭教師をさがしておこう。アイリスも、もうじき五歳になる。公立学院に入るまでに、準備が必要だ」