第4章 その27 年越しカウントダウン!準備中
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エルレーン公国首都シ・イル・リリヤの中枢、閑静な高級住宅街。
そこに住むのは平民の中でも裕福な層である。
例えばこの、大陸全土でも名高い『始まりの千家族』の一つである、ラゼル家の邸宅のように。
シ・イル・リリヤの都に、名物が幾多あれど、貴族街を除けば、庭園においてはラゼル邸が一番だと、公都の住民たちは噂する。
代々の当主が力を入れ惜しげなく財を注いできたのが、正門から邸宅までを占める広大な庭園である。
「なんだっけこういうの。ロックガーデン?」
「う~ん。イングリッシュガーデンに近いんじゃない? ベルサイユって感じではないのよね」
「まあ、ともかく、でっかいな!」
物珍しそうに庭を眺めて、あれこれ言っているメイド二人。
ラゼル家の深窓の令嬢(幼いけど)であるアイリス・リデル・ティス・ラゼルの護衛メイドという名目で潜入している魔道士協会所属の魔法使いサファイアとルビーことサファイア=リドラとルビー=ティーレ。
すっかり護衛任務という仕事を忘れてしまっていた。
正門前から、芝生までの道のり。
広い芝生、その全体を囲む、頑丈な柵が巡らされる。
「すげえなこれミスリルなんだろ! どんだけ高価な柵だよ!」
「生臭い発言やめましょうよ……いちおう、あたしたちはラゼル家のメイドなんだから」
「そうだったな!」
ここらへんで護衛任務を思い出したティーレ。
館にとって返し、戻ってきたときには、ちゃっかりと、アイリス嬢を肩車していた。
メイド長エウニーケの監視の目を、どうやってかいくぐってきたものやら。
「何やってんの! 護衛対象を連れてくるとかバカなの!?」
「ん? これなら常に一緒にいるんだから大丈夫だろ! それにアイリスも庭が見たいってさ!」
お嬢様に対してメイド(いちおう)が呼び捨てはないだろう、とリドラは思ったが、口には出さなかった。
ティーレに何を言っても、ムダだから。
「アイリスちゃん、ほんとに? 無理強いされてない?」
うたがい深そうに言うリドラ。
「うん!」
四歳と九ヶ月になったアイリスは、力いっぱい、うなずいた。
「アイリスも見たいの! 叔父さまたちが、芝生のうえに魔法陣を描いてるでしょう。シロとクロのドッグランが、おおきな焚き火をもやすところになるの?」
12月に入って、シロとクロのドッグランは、本来の芝生となり、年末の焚き火の会場として準備が整えられている真っ最中であった。
「ああ、それな」
ティーレは生返事だ。
「それはね。火事にならないように防護していくためと、あの柵を、お客さまたちが乗り越えたりしないように防ぐためよ。大晦日には門を開放して、ご近所の人たちにご馳走をふるまうから」
サファイアは少し考えてから答える。
「善意の振る舞いはいいことだが、用心をしておくのも、当然のことだからな!」
なぜか胸を張る、ティーレ。
「アイリスたのしみなの! きょねんはまだ、からだがよわいからダメって、お庭には出られなかったもの」
「今年は、あたしらも護衛するし!」
「魔道士協会もバックアップするからね!」
「うれしい!」
魔法陣を描いている、エステリオ・アウル、トーマスとニコラ、テノール他の学生達に、アイリスは手を振り、楽しげに笑う。
※
あたしは、年末の行事がとても待ち遠しい。
焚き火のまわりに、テーブルを並べて、たくさんのご馳走と、プレゼントの箱を用意して。正門を開放して、ご近所さんに来ていただくの。
昔からのならわしだって。
お金持ちは、持っているばかりではいけないのです。広く分かち合うことも大事なのだって、お父さまが言ってたわ。
そういえば、その点でも、お父さまとお爺さまは意見が合わなかったって、エステリオ叔父さまやエウニーケさんから聞いたの。
お爺さまが施しをするなんてあり得ないことだったって。
話を聞くにつけても、お爺さまって、あまり会いたくなる人じゃないわ……。
お父さまがお爺さまを嫌っているのも、無理ないわって思う、アイリスなのです。
「お爺さまが来ないといいんだけど」
「はぁ? ああ、あのくそじじいか」
「だいじょうぶ、来ないわよ。……年末にはね。入れさせないわ」
不穏なことを呟く、ティーレさんとリドラさん。
ほんとうに大丈夫かしら?