第4章 その22 永遠の宴
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浅黒く日焼けした肌と真っ白な髪と、サンタクロースに似た白いおひげのおじさま。
屈強で、身体が大きくて。
とても頼りになる、その人を。
あたしは、よく知っている。
「コマラパ老師さま!」
カントゥータさんのおひざに乗っていたあたしは、思わず声をあげた。
「どうして、こちらに?」
「おや、お嬢さん、どこかでお目にかかったかな?」
穏やかな笑みをたたえて、けれど、知らない人に対するように、コマラパ老師さまは応えた。
どういうこと?
それでも、このひとはコマラパ老師さまに間違いない。
「あたしです! アイリスです! アイリス・リデル・ティス・ラゼル。コマラパ老師さま。あたしの三歳の『魔力診』をしてくださいました。エルレーン公国魔道士協会で、二番目にえらいひと。そしてあたしのエステリオ叔父さまが通っているエルレーン公国公立学院で教えていらっしゃる」
老師さまは、首をかしげて。
「お嬢さんは小さいのに難しい言葉をよく知っているなあ」
感心したように言ったあと、うなずいた。
「わたしは大森林に住むクーナ族のコマラパ・ティトゥ・クシ・ユパンギ・インガ。今後、エルレーン公国には、赴くことになりそうだが」
認めた後で。
「魔道士協会というものは初めて聞いた。公国立学院については、公嗣フィリクス殿下と検討をし、準備を整えているところだ。まだ場所の確保もできていないが。もちろん、近い将来には、誰もが学ぶ機会を得られるような学院を設立するつもりでいるのだよ」
将来?
じゃあ、まだ学院はできていない?
どういうこと……!?
「ラゼル家といえばこの大陸でも有名な大商家。お近づきになれて光栄しごく。そうだ、紹介しておこう。こちらはルミナレス山脈最高峰、白き女神レウコテアの座に住まう、銀竜だ。気のいい、村の守り神でな」
「おお、儂が銀竜、イル・リリヤ様より、人類の保護を仰せつかったものである。アルちゃんと呼ぶのを許す」
長い銀髪、着ているものはなぜだか銀色のヘビーメタルな不思議ファッションの美形青年が言った。
「こちらは村長の息子アトク・プーマ」
「アトク・プーマ。今は銀竜様の従者をしている」
金髪の、屈強な青年が言う。
「ははは。こいつは堅物そうな顔をしているが、村に恋仲の娘がおってのう。名前は『翼』と言って」
「やめろアル」
「いいではないか、めでたい話だ。それに今宵は村長の末息子が嫁取りの祝いの宴席。おまえたちも、どうだ一緒に祝言をあげては」
銀竜という青年が食い下がると、アトクの顔に、赤みが差した。
「……だいたい、まだ付き合ってくれと言ってない」
「なんと、求婚はこれからでしたか!」
ここで話に加わったのは、奥で呑んでいた二人の外国の青年だった。
正確には、金髪のほう。
「よきかな! わたくしは聖堂教会の自由司祭シャンティ・アイーダ・アイリ・アステル。北の果てアステルシア王家の末席を濁す者ですが、出家しておりますのでお気になさらず」
「皆さん、申し訳ありません。若様は世間知らずで。わたくしはミハイルと申します。若さ……シャンティ・アイリ司祭の護衛をしております」
銀髪の青年は、謝り慣れているようで、ぺこぺこ頭を下げている。
「アトクさん、結婚式はぜひ我が聖堂教会にお任せください。私が司祭ですから」
結婚式のプランナー!?
美形なセールスマン!?
「コマラパ老師、ご息女と村長の末息子どのが正式な婚姻をなされる式にもぜひ聖堂教会を! 我々はレギオン王国に巣くう、いかさまに『聖堂』を名乗る傲岸無知の輩とは一線を画しておりますので、どうぞご安心ください。そう遠くない将来には、奴らをきれいさっぱり、この大陸全土から駆逐してみせましょう」
「それは心強いですな。今後とも、ご交誼を結ばせていただきたい」
コマラパ老師は、シャンティさんと、ミハイルさんとも、握手を交わした。
「ともあれ今宵はめでたい、我が愛娘の婚約披露宴。あの子とは幼い頃に生き別れになっていて、ようやく再会できたのでしてな。楽しんでいってくだされ」
お茶目にウィンクをして、コマラパ老師さまはテーブルに近づいた。
ルナちゃんが気づいて手を振る。
「ぱぱ! お帰りなさい」
「ただいま、ルナ」
(ぱぱ? パパって言った!? も、もしかしてルナちゃんも前世の記憶を持った『先祖還り』? そしてコマラパ老師さまは、ルナちゃんのお父さまだったの!?)
「アトク兄、銀竜さま、こっちこっち」
カントゥータさんが、杯を持ち上げた。
「ねえ、兄さん、弟嫁が作ってくれた酒、ワインとかいうやつ。なかなかいけるよ」
アトク兄と呼ばれた金髪の青年は、空になったボトルの山を見て、
「相変わらずの酒豪ぶりかよ! 我が妹ながら、空恐ろしい。嫁のもらい手が裸足で逃げ出すぞ」
苦笑した。
銀竜と呼ばれた青年も肩をすくめ、豪快に笑う。
「まったく。儂も与えた加護の選択を間違ったかのう。筋力・体力強化だったが。『料理上手』とか、もう少し女性らしい加護のほうがよかったかもしれん」
この二人、すごく仲がよさそう。
どっと、笑い声がはじける。
テーブルを囲んだ人々が、乾杯を繰り返して。
やがて踊りが始まった。
クイブロくんとルナちゃんが席をたつ。
人垣ができて、その真ん中に、二人が立って。
くるくると回りながら踊り出す。
フォークダンスみたい。
カントゥータさんも、ローサさんも。
人々はみな楽しげで、笑い声が絶えなくて。
あたしはみんなと一緒に踊るにはまだ小さいから、踊りの輪の外で眺めていたの。
おかしいな。
あたしに精霊石を授けた、第一世代の精霊グラウケーさまは、一度、あたしを『精霊の森』に招いてくださったけれど、いま、目にしている、森の姿は……
そのとき訪れた白い森と、どこかが、違う気がして。
不安な気持ちが、抑えられない。
※
「遠方からのお客人。どうだい、きみは楽しんでいる?」
ふいに涼やかな声が響いたかと思うと、ひょいと軽く持ち上げられてしまった。
あたしは顔をあげて、声の主を見た。
「え!? カルナックさま!?」
不意打ちだわ!
あたしを抱き上げたのはカルナックさまだった。
それにしても本当に、人間とは思えないほど美しい人だ。
透き通るように白い肌、腰まで覆う長い黒髪に、アクアマリン色の瞳をした、背の高い美青年。
……あら? いつもと違って、髪を三つ編みにしていないわ?
『アイリス! そいつから、離れて!』
黒竜くんの声がした。
あたしの腕輪に組み込まれている、黒竜くんがくれた『竜の鱗』を媒介にして、忠告をくれたのだ。
『危険だよ!』
アーくん、ずいぶん切迫しているような声だわ。
「あの、ごめんなさい、おろしてください……ませんか」
あたしは震えながら、でも、きっぱりと意思を伝える。
「へえ? 小さな貴婦人。そのぶんだと、私を知ってるのかい?」
ニコニコと笑ってるけど、笑顔が、怖い。
「精霊に赦された『欠けた月の村』は、お気に召したかな? 私はこの大地と精霊たちの真の友である《影の呪術師》こと、漆黒の魔法使いカルナックだ」
その瞬間。
総毛立つ。
身体が震えた。
……ちがう!
このひとは、違う!
カルナックさまじゃ、ない。
あのひとは、あたたかい。
愚かだと知りながら、けれども、ヒトを、愛してる。
目の前にいる、存在は。
もっと……もっとずっと……人間離れ、していて。
近寄りがたい……高みにいる、存在だ。
「あなたは……いったい、だれ?」