第4章 その20 うかつブラザーズ
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トーマスとニコラの身に起こったことは、こうである。
※
突然、まばゆい銀色の光がほとばしった。
「魔法陣が光ってる!?」
「うそ! 起動魔力も通してないし、まだ転移先の設定してないよ!」
床に浮かび上がる銀色の円。
見慣れた光景……転移魔法陣が起動する。
「うわあああああ!」
「吸い込まれるぅ!」
その場にいた全員の姿が、一瞬だけゆがんだように見えて、次の瞬間には、消えていた。
次に、トーマスとニコラが気づいたのは、真っ暗な闇の中だった。
見覚えのある光景が、目の前に、あった。
※
「実験室を破壊したのは君たちか。トーマス・A・E。ニコラ・T」
できるだけ優しげに話しかけられたにも関わらず、二人の少年は恐縮しきっていた。
「そんなに緊張しなくてもいい。私が誰か、わかるかな」
長い黒髪、魔力をたたえる青い目と、整った若々しい面差し。長身の人物は、漆黒の衣を身にまとっていた。それは夜の闇よりも暗く、光を反射することもない。
「は、はい! もちろん」
「漆黒の魔法使いカルナック様! 学院長を知らない者はいません!」
「その二つ名は……確かにかつて私が自分で名乗ったのだが。まさかこの現代まで残るとは。やれやれ。昔の自分に蹴りを入れたくなるよ。……ところで、君たちが駄目にした器具や素材は非常に貴重かつ高価で、とうてい学生の身では一生かかっても賠償できるものではない。それは理解できているかな」
「……はい。申し訳ありません」
「償いになりはしないでしょうが、学院と学長のために、なんでもします」
「だから許してくれ、とは言わない、というのは良い心がけだ」
漆黒の魔法使いカルナックは、さも楽しげに、微笑んだ。
「それに私は、子供には弱い。賠償は免除する。その代わりに君たちには、してほしいことがある。コマラパ老師の監修する新しい学部に移り、魔法道具の開発研究をしてもらう」
「えっ、コマラパ老師!」
「雷の加護をお持ちの!」
新しい概念である『電気』に、奇妙なまでに執着するトミーとニコラには、これはむしろ、ご褒美だった。
常日頃、コマラパ老師の雷に打たれてみたいとさえ願っていた、変態である。
「期待のプロジェクトだ。外部から、特待留学生も来る。この子は、魔力が少ない、特異体質でね。ちなみに、辞退することはできない」
※
「あのときのお師匠様は、こわかったね」
「いまさらだけど、やばかった」
「カルナック様じゃなかったら退学、賠償、払いきれなかったら奴隷になって身体で払うってところだったよ」
「今回は、トミーが魔法陣の設定をやってなかったせいだからな!」
「だけどニコラもしっかり『絶縁』してなかったのは認めろよ!」
※
「はいはいはい! そこまで!」
パンパンと手を叩いた音に、驚いて。
トミーとニコラは、はっと我に返った。
「反省会は終了よ!」
「それより、もう、みんなで帰還するんだからな」
黒髪の美女と、プラチナブロンドのストレートヘアの美少女が並んで立っている。
「ティーレ先輩! リドラ先輩!」
「なんだい、泣いてたか? もう心配いらねえよ。お師匠様が迎えに来てる。行こうぜ」
二人は、優しくも厳しい先輩たちに手をのばした。
だが次の瞬間。
希望は潰えた。
ティーレとリドラの姿はかき消えて、闇だけが残り。
そのあとに佇んでいたのは、見たこともない人物だった。
印象的なのは、深紅の、長い髪。
そして暗赤色の瞳だった。
背が高く、やせている。
はじめは美女に思えたが、あるいは美青年かもしれない。
『おやおや? 人間の迷子かな? ここはまずいよ。こころを読み取って写し取り、襲ってくる魔獣たちがいっぱいいるんだよ。まあ、かくいう、このぼく、赤い魔女セラニア……そうだなあ、セラニス・アレム・ダルと、呼ぶひともいるけれど、どっちでもいいや』
くすくすと、赤い闇は、笑う。
『たわむれに読んでみた。きみたち、面白い記憶を持ってるね。カルナックの弟子なんだ?』
「ちょっと確認したいんだけど」
「さっきまで、そこにいた、先輩たちは……」
『記憶を読み取って君たちの視覚に侵入、操作したんだよ。もうきみたちはどこへも行けないし帰れないよ。ぼくと一緒に、この世の終わりまで、ダラダラして遊んで楽しく暮らそうよ』
「あ、あ、あなたは」
『赤い魔女。またの名を、《魔の月》セラニス・アレム・ダル』
深紅の長い髪は、白い顔によく映えていた。
『あのカルナックを悩ませた弟子、学院の問題児、うかつブラザーズ。きみたちはもう、ぼくのものだよ! 望めば不老不死も与えよう。一緒に、この世が終わるのを見届ける。それまで面白おかしく暮らすのさ!』
「「いやだ」」
トミーとニコラは、同時に叫んだ。
『え? なんて言った? まさか、こんなに魅力的な、ぼくのお誘いを断るわけないよねえ? そしたらコロスだけだよ?』
赤い影が揺れて、しだいに形を失っていく。
いまではもはや、赤い水たまりだ。
『にんげんはめんどう、めんどう、めんどう、めんどう、めんどくさい。あ~、人間の身体がほしいな。かたちがないと、うまくやれないことが、あるもんなぁ。ねえ、身体をおくれよ。どうせ帰れないし、ぼくが帰さないよ』
浮かび上がる、深紅の影。
じりじりとトミーとニコラは後ずさる。
そのとき。
暗闇に、ベルが鳴った。
リリリリリリ!
振動と音は、トミーのポケットから聞こえた。
聞き覚えのある、頼もしい友人の声が。
《もしもし! 「うかつブラザーズ」? 聞こえるよね? 痕跡を調べて、どこにいるのか確定できた。お師匠様が、もうじき着くよ》
「「グレアムだっ!」」