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転生幼女アイリスと虹の女神  作者: 紺野たくみ


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第4章 その19 課長とタバコと駐車場

         19


 駐車場に女が倒れていた。


 背中に、ナイフの柄が生えている。

 アスファルトの上に、黒っぽい水たまりがゆっくりと広がっていく。


 うつぶせに横たわっているので顔は隠れているが、まだ若い女、おそらく営業職だと推測できる。

 肩口で揃えたショートボブ。 

 ダークグレイのスーツ。踵の低いローファーの革靴。近くに投げ出されたバッグの口から、ノートパソコンと書類ケースが覗いていた。


 道路に面した三階建てのマンションの駐車場。

 

 マンションから出てきた住民らしき女性が、倒れている女性を見て、金切り声をあげた。

 騒ぎを聞きつけて、マンションの管理人、近隣の住民が現場をのぞき。

 そこへ、倒れている女性の知り合いらしき人物が、やってきた。

 長い髪の、若い男性だった。

 会社の同僚で、待ち合わせをしていたという。

 来てみれば、思いもよらない事態で、愕然とし、女性のそばに屈み込んだ。


 事件現場であるから、触れることもできず。

 ただ、呼びかけていた。

 答えるはずもないとわかっていながら。

「課長。杉村課長! 起きてくださいよ、課長…」

 

 やがて救急車が、続いてパトカーがサイレンを鳴らして到着した。


         ※


「やっぱり、この場面かよ」

 背中の半ばまで伸ばした、プラチナブロンドのストレートヘアを掻きむしる。

「あ~、タバコ吸いてえ~」


「だめです禁煙中じゃないですか課長」

 腰まで届く黒髪の女性が、たしなめる。


「禁煙て。どうせ、あたしは、そこの駐車場で死んでるんだし」

 だからいいじゃんと自嘲気味につぶやく。

 ティーレ。


「しかしどうなったのかね。いきなり刺されたことしか覚えてないんだが。やっぱ死んだのか?」


「課長は自分が死んだあとのことは知らないでしょう。大変だったんですよ。警察からマンション住民への事情聴取があったし会社も週刊誌に取材されたし……自分も、まるで容疑者扱いでしたよ。途中で立ち寄っていた喫茶店のマスターが証言してくれましたが」


「犯人、わかったのか?」


「……ええ。通り魔でした。そいつ、すでに五人殺してて。被害者は通りすがりの面識のない人間で。でも、警察に捕まる前に、誰かに殺されたんですよ。後でわかったんですが、凶悪犯ばかり選んで殺してる男がいましてね」


「ふ~ん。……ま、いっか。あたしにゃ関係ないね! もう死んでるし! 末期まつごのタバコって、誰か、くれても良いと思うんだけどなぁ? 持ってない?」


「持ってるわけないでしょう! 今は異世界転生してるんですから! たとえ持ってたとしても、あげません」

 全力で打ち消す、リドラ。


「せっかく転生したのに、また課長に先立たれるとか、いやですからね!」


「だいじょうぶだ。ほれこのとおり、ピチピチの女子高生って感じだろ? いいねえ若いって」


「どこから何をどう突っ込んだらいいやら……ため息しか出ませんよ」



 そのときである。


 シャン!


 金属の小片がぶつかったような、高い音が。


 ティーレとリドラ。二人の胸に、同時に響いた。


「この鈴は」

「カルナックお師匠様?」


「待たせたな」

 闇色の衣に身を包んだ長身の人物が、あらわれた。


「師匠だ!」

「カルナックお師匠様!」

 ティーレとリドラの意識が、完全に前世の光景から離れた。


 駐車場は見えなくなり、あたりは銀色のもやに包まれる。


「それにしても前世で死んだ場面なんて、また見たいものじゃないですね」


「同感です。泣きそうになりましたよ。あのとき、もう少し早く、現場に着いていたら……間に合ったんだろうかって、ずっと考えていたんです」


「考えるな。律。おまえはよくやってくれた、自慢の部下だったよ」


「いい台詞なんですけど、どや顔でいうの、残念です」


「ともかく、きみたちはこうして、この世界に転生して、元気で生きてる。そのことは忘れないように。今を生きることが大事なんだ」

 カルナックが諭す。

 しんみりしていた二人に、笑みが戻る。


「やっぱりお師匠さまがいると安心っす!」

「前世の姿を外から見るなんて、なんとも不可思議ですけど。わたしたち、どうしてここへ来たんでしょうか」


 いつしか自然に、二人の口調は、前世のものから、現在のティーレとリドラのものに戻っていた。 


「転移魔法陣の設置、トーマスとニコラには荷が重かったんですかね」


「言っとくけどティーレのせいもあるのよ! 脅かすから」


「おい。リドラだってじゃん!」


「誰のせいという論議は意味がないからやめよう」

 カルナックはふっと笑う。


「普通なら魔法陣そのものが起動しなかったんだが、たまたまアイリス・リデル・ティス・ラゼルと、この私という強力な魔力の発生源があったからな。アイリスは『精霊石』の腕輪も持っているし。行き先を指定していないから、最も『縁』のある時間、場所に引き寄せられた。今度から、君たちも『アンカー』を常に持っておきなさい。なければ、作ってあげよう」


「お願いします! お師匠様」


「あ、でも作ってくれるなら、このさいタバコも、お願いします! そしたら一生ついていきますから!」


「タバコの恩義で一生? しょうがないなあ。前世の自分を見たせいもあるだろうから……今回だけだよ。それに、まだこの後トミーやニコラ、アイリスを迎えにいくのだからね」


 カルナックの手のひらに銀色の光が集まり、小さな紙箱が出現した。


「やったぁ! わ~い、愛用のタバコ! 懐かしいなあこの青箱」

 さっそく箱の上部を破いて、一本を取り出す。


りつ! 火つけて!」

 嬉しそうにタバコを口元に運んだ。


「前世の名前で呼ぶのやめてくださいよ。それに今回だけって、ほんとに師匠も、甘やかしちゃだめです、癖になりますよ」

 リドラはぶつぶつ文句を言いつつ、魔法で『熾して』タバコの先端に火をつける。


 白く細い煙があがる。


 幸せそうに息を吸い込んだ、ティーレであるが。

 すぐに、不審げな表情に変わった。


「あれ? 味ちがう! 師匠! これハーブじゃないですか! 禁煙パ○ポっすか~!?」

 情け無さそうにぼやく。


「やだ傑作ぅ! お師匠様、サイコーですぅ」

 リドラは腹をかかえて笑う。

 見た目は美女なのに残念であった。


「健康のため、吸い過ぎに注意だ」

 カルナックも笑っていた。


「私が作るものは『世界』のエネルギーを凝固させたのだから、食べ物ではなくとも、過ごすと酔うよ」


「師匠のいけず~!」


「ティーレには、それくらいでちょうどいいわぁ~」


          ※


「やれやれ、まったく面白いね人間て。それにしても……」


 ティーレとリドラ、カルナックのようすを見やり、黒竜アーテル・ドラコーはつぶやく。


「ほんと、《世界の大いなる意思》は、ずいぶん悪趣味だよねえ。前世で縁のある人間同士を、転生しても再び巡り合わせるなんてね」


  


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