第4章 その6 精霊石は語りかける
6
シア姫こと、大公の末姫、四歳幼女ルーナリシア公女の手首を飾る腕輪は『漆黒の魔法使いカルナック』から贈られた特別製である。
資源に恵まれているエルレーン公国においても、とりわけ希少な未知の鉱物『精霊白銀』でつくられた腕輪の中央に、青い光を表面に浮き上がらせている『精霊石』があしらわれている。『精霊火』が多く集まる土地から産出されるらしいということ以外には、ほとんど何もわかっていない謎の宝石だ。
カルナック師匠も、シア姫の身を守るためとはいえ、とんでもないモノを贈ってくれたものだ、と、内心、フィリクス公嗣は思わざるを得ない。
先日も大公と大公妃に呼び出されて、シア姫の腕輪について尋ねられた。
とはいえ、そちらは口実にすぎなかった。
大公妃セシーリアは『漆黒の魔法使いカルナック』が、公嗣の愛人という意味の『公妾』となり、後ろ盾となったのは、味方が少ない公嗣に同情したゆえの名目だけなのだろうと、揺さぶりをかけてきたのである。
フィリクスとルーナリシアの実の母だというのに、まったく容赦がない。
『いえいえ、私のほうが、彼に夢中なのですよ』
あのときカルナックが口裏を合わせて庇ってくれたのを思い出すと、顔が熱くなるフィリクス公嗣だった。
※
「どしたの? にいさま」
我に返ると、ルーナリシア公女が、フィリクスを見ている。
「ごはん、ほしくないの?」
心配そうに。
フィリクスは微笑む。
柔らかな金髪が色白の顔をふちどり、緑の瞳がきらめく。かわいい妹ルーナリシアを見ると、心がなごむ。
「いや、嬉しいんだよ。シアとご飯を一緒に食べることが、こんなに楽しいなんて」
「シアもうれしい! にいさま!」
この無邪気な笑顔を、守ってやりたい。
エルレーン公国大公と大公妃の第一子で、跡継ぎである公嗣。そのために、敵対勢力によって排除されようとしたこともあった。当時は、自分を含め、誰一人、守る力もなかったのだ。
毒を飲まされ。
カルナックに救われなかったら、死んでいた。
年の離れた妹姫ルーナリシアをも、遠ざけることで『無害』『利用価値なし』と思わせようとした。
だが、今は。
「兄さまがシアを守るからね」
するとルーナリシア公女は、ふわりと笑った。
「にいさま、いまね。精霊石が、おなじことをいったの」
「ん? 精霊石が、かい?」
「そうよ。にいさまに似た、やさしい声で。よく話してくれるの。どんなことがあっても、ぜったいに、シアのことを守るから、あんしんしなさいって」
「……そうか。そういうもの、なのか?」
フィリクスは、ルーナリシア公女の側に付き添っているキュモトエーとガーレネーに目を向けた。
彼女たちは微笑んで、うなずいた。
「そういうものでございます」
「ご安心ください」
花のように、笑って。