第4章 その5 シア姫のすてきな腕輪
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四歳児にできることはたくさんある。
シア姫ことエルレーン公国大公フィリップと大公妃セシーリアの末の姫ルーナリシア公女にも。
たとえば、着替え。
食事を一人でできること。
一人で湯浴みしたり、昼寝したり。
お散歩だって、できてしまう。
けれども、できることと、していいことは、往々にして、違ったりする。
公女の身分からすれば、着替えのときは黙って突っ立って、あれこれの着替えを持って用意を調えているメイドたちに手をのばすだけ。
身の回りのお世話は全部、侍従にしてもらうべきだし、椅子だって引いてもらうまでは座らない。
けれどキュモトエーとガーレネーの教育方針は、そうではなかった。
大公の姫とはいえ末子ともなれば、いずれ嫁ぐ先は王侯貴族である保証はないのだ。
やってもらうことが当然になってはいけない。
いつ庶民に紛れてもやっていけるようでなくてはいけない。
なので、結構なスパルタだった。
なにせ側仕えは彼女たちだけなので、文句をつける者はいないのだった。
※
実兄であるフィリクス公嗣の離宮の奥に、ルーナリシア公女は先月から一緒に住んでいる。フィリクス公嗣は多忙な人物なので、一日中一緒に過ごすのは、お気に入りの側仕え、キュモトエーとガーレネー。
すらりと背が高く、銀色の長い髪を三つ編みにしてくるりと巻き上げひっつめにしているのは、動きやすくするため。公女の身の回りの世話は、全てこの二人が仕切っているのだ。
一ヶ月前までシア姫に仕えていた使用人たちはカルナックによると『どいつもこいつも紐付きで』他の公子や公女の母親や親族に送り込まれたものや、あるいは家族などを人質にとられているなどの訳ありばかり。カルナックたち魔道士協会が身辺整理を引き受け、同情の余地があるものには相応の金を渡して逃がしたりなどもした。
最終的には『やっぱり頼りになるのは身内』と、カルナックが郷里より呼び寄せた二人の美女がやってきたのだった。対外的にはそうなっている。
ただし郷里というのが通常の人間には足を踏み入れることもかなわぬ『精霊の森』であることは、ごく一部の者たちしか知らない事実である。
「シア姫様、もう朝でございますよ」
「お兄様と朝食をご一緒されるのでしたら、お起きになられませんと」
「おきるっ!」
キュモトエーとガーレネーは心得たもの。
シア姫のテンションを上げるにはどうすれば最善か、すでに熟知していた。
朝食は寝室で。
移動に伴うリスクを避けるためだ。
「おう、起きたかシア」
「おはよーございます、お兄さま」
すると公嗣の様子が途端にあやしくなった。
「うむ。ごほんごほん」
顔を赤らめ、咳払いする。
「兄さま、カルナックさまは?」
「あの人は忙しいのだ。だが、また夜には絵本を読んでくれるだろうさ、シアのために」
「うん!」
顔を輝かせるシア姫。
「あのね兄さま。カルナックさまがご本を読んでくださると、開いているページの文字が、いろんな色に光るのよ。絵本だと、絵の中の動物が動いたり、お花のいいにおいがしたりするの」
「そうかそうか。この兄も見ていたぞ。まことに不可思議なものだな」
「カルナックさまだもの!」
楽しげに食事を進めるシア姫。
が、ときおり手を止めて、左手首を飾る銀の腕輪を、うっとりとながめやり、嬉しそうな笑顔になる。
「とてもキレイ……」
細い手首を飾る、精霊白銀の腕輪。
その中央にはめ込まれた、青い光を表面に浮き上がらせている『精霊石』。
とんでもないモノを贈ってくれたものだ、と、内心、フィリクス公嗣は思わざるを得ない。