不愛想な女
クリスティーナ=グレンヴィルという人間を知る為にエリック達が気を利かせて用意してくれた食事の場だったが、正直こうして食事をしていてもさっぱりわからない。
第一印象は不愛想な女。
この俺にあんな不愛想な態度を取ってきた女は初めてだった。
いつもきゃーきゃー言っている女どものことを扱いにくくてめんどくさいと思っていたが、この女は正直うるさい女どもよりももっと扱いにくそうだ。
太陽と月、光と闇というのはよく表現したもんだ。
この双子は本当にそれくらい正反対だった。
よく笑い、愛想もよいユリアーナ嬢はとても話しやすい。
エリックがいるからか、必要以上の俺に絡んでこないところも好感が持てる。
そういえば、この令嬢は何度か夜会で見たことあったが、昔からあまり俺には絡んでこない令嬢だった。
どちらかというと年齢層の高いおじ様、おば様と会話をしているイメージが強い。
(それに比べて……)
ちらっと横目でクリスティーナを見た。
挨拶からもそうだったが、本当に不愛想だった。
2人が並んでいても双子だとは到底思えない。
共通点を探すほうが難しいくらいだ。
強いてあげるなら、髪と瞳の色は同じだった。
でも本当にそれくらい。
ぴくりとも動かない表情筋はいったいどうなっているんだ。
(シエルも不愛想だとよく言われるが、この女は比べ物にならないくらい不愛想だ)
しかも、この女は妹が王宮勤務だったら家が近くになるから嬉しい!!と喜んでいるところをただ一言「別に」で終わらせやがった!
姉妹の仲は良いんじゃなかったのか!話が違うぞエリック!!
「えー…お姉さまは家が近くなるの嬉しくありませんか?」
しかし妹はめげていなかった。
少しうるんだ瞳で姉のクリスティーナを見上げる。
「でも…」
でもじゃないぞでもじゃ!
俺だったら可愛い弟にこんなこと言わない。
「ふふっやっぱりお姉さまってば優しいのね。でもいきなりは整理はつかないでしょうし、もっと色々学んでから決めたらいいと思いますわ。そんな中で私としましては王都に残っていただけたら嬉しいですけどね」
俺とエリックとエドは顔を見合わせる。
(今なにか優しい一面があったか?俺は今何か話を聞き飛ばしたか?)
男3人で首を傾げる。
どうやら他の2人も話の流れがわからなくなったらしい。
正直妹大丈夫か?と声をかけたいところだが、何やらとても良い笑顔なので突っ込みにくい。
相変わらず姉は表情が全く変わらないし誰か通訳求む。
「でも意外だなぁ。王宮勤務はみんなの憧れだと聞いていたから、別にって言葉が出てくるとは思わなかったよ」
とりあえず笑って対応する。
「お姉さまは家族と領民が大切すぎて、領地を守ることしか頭にないんですの」
「領地を守るって、ユリアーナ達には立派な兄上がいらっしゃるじゃないか。既に立派に兄上が経営をしていると聞いているよ」
「もちろん運営関係はお父様とお兄様がほぼ行ってますわ。お姉さまの守るというのはどちらかと物理的に領地を守るほうですわ」
そこからユリアーナ嬢はグレンヴィル領の現状と自警団について教えてくれた。
確かにここ数年南の国との関係は上手くいっていない。
なので南の国が近い領地の領主たちからよく兵の支援要請が来ていた。
(しかしグレンヴィル家からは確かに来たことがなかったな)
12歳になるころには父の仕事に同行することが多かったし、国の情勢に関してはしっかりと勉強をしている。
隣国との問題は今父上の悩みの種でもあった。
兵を派遣したいとは思っているが、兵の人員が足りていないのだ。
危ない感じの領地には目を向けていたが、今まで特に何もなかった領地には目を向けたことがなかった。
よくよく考えてみれば、そういった領地こそ自分たちで対応できている証拠のはずなのに。
しかもグレンヴィル家の領地は南の国が近いどころではなく、広大な森を挟んでほぼ国境だ。
「お姉さまは剣の腕前はグレンヴィル領1と言われてますから、そんなお強いお姉さまが抜けるのは不安なんだと思います。だからお姉さま自身としてはいち早く領地に戻りたいと考えてるんですの」
お姉さまが育てた自警団がそう簡単にやられるわけがありませんのに!とユリアーナ嬢は続けた。
「魔法だけじゃなくて剣の達人なの?こりゃ魔法省だけじゃなくて魔法騎士団もありえるな。こんな美しいレディが馬に乗って戦場に現れたら、みんな戦う気力を失くしちゃうよ」
クリスティーナ嬢の長い髪にさらりと触れるエド。
本当にエドは節操がない。
そんな美しいって……うん。
よく見たら悪くないかもしれない。
目つき悪いし不愛想だけどよくよく見たら美人と呼べる部類だ。
「いや、でも今日はよい話が聞けたよ。よかったら今度はもっと詳しくその話を聞きたい」
クリスティーナ嬢に笑いかける。
ていうかそろそろ一回俺の方を見たらどうなんだ?
最初の挨拶からずっとこっちを見ないじゃないか。
ほら、この俺が話を聞きたいと言っているんだ。
さっさと答えろ!!
「は、はぁ…」
クリスティーナ嬢の返事に、エリックとエドが吹き出す。
俺がこんな反応をされるのを見るのは初めてだからだろう。
そうだろうな。実際こんな反応されたのは生まれてこの方初めてだ。
たまに変な嫌悪感を持って接してくる女はいた。
ただ、無関心を貫かれたのは本当に初めてだった。
(くそ…この女)
ただ、国のためになることであれば多少は我慢しよう。
落ち着くんだ俺。
そんなこんなでランチも終わり、2人は女子寮に戻っていった。
「あー面白かった」
エドがひと笑い終えてやっと落ち着いた様子だった。
「リュカ様のお誘いにはぁ…って答える女の人初めて見ましたよ」
「そうだろうなぁ、俺も初めて会ったぞ」
「でもさ、クリスティーナ様ってもしかしてリュカ様にとってとても良いご令嬢なんじゃないの?」
「どういうことだ?」
「だってさ、あれだけリュカ様に無関心な氷の令嬢がもし婚約者だったら最強の盾になると思わない?」
名案じゃない?と言わんんばかエリックの表情。
ちょっと待ってくれ、あの不愛想女が婚約者だと?
(……………)
あれ、恋愛する気がないなら俺に無関心な嫁って最高じゃないか?
しかもあの女なら他のご令嬢からいじめられるとかもなさそうだ。
「確かに…」
有りかもしれない。
「ちょっとちょっと、なんてゲスな話をしてるのさ。そんな気持ちでレディを婚約者にするなんて絶対ダメだよ」
エドの意見はごもっともかもしれないが、俺はぶっちゃけ毎日疲れているのだ。
とくにここに入学してからは全く気が休まらない。
ストレスマックスなのだ。
「それか正直に事情を話して学園にいる1年間だけ婚約者のふりをしてもらうとか?」
「それだ!!」
別に正式に婚約しなくたって学園の中でだけそういう話にしておけば問題ない。
どうせ学園にいる間で実家に戻る機会は2回程しかないし、そこまで広まる危険性はない。
1年後の別れた原因を俺にしておけばクリスティーナ嬢の経歴に傷はつかないはずだ。
「はぁ……よっぽど切羽詰まってるんだね。適度に遊べばいいのに」
いや、王族が遊びまくるのもどうかと思うぞ?
とりあえずさっそく話をする為に手紙を書こう。
思い立ったが吉日と言うしな。