秘密のランチ会
「はい!じゃあ今日はここまで!」
(やけに今年の生徒は大人しいな…)
ちらっと横目に教室の中を見て、担任の先生は教室を後にする。
貴族クラスは自由すぎる生徒が多く、手を焼くことが多い。
そんな中、例年にはないくらい大人しすぎる生徒たちに違和感を覚える。
まだ教師たちには噂は広まっていない様子だ。
「お姉さまお腹空きませんか?ランチにしましょう?」
ひょっこりと現れた愛しの妹の顔を見て、少し安堵した。
「行く」
短く返事をすると、すっと立ち上がる。
すると突然後ろから声をかけられた。
「おい、お前…」
びくっ!!と心臓が飛び出そうになるくらいの衝撃。
その声の主はこの国の第二王子、シエル殿下のものだった。
突然のことで声にならない叫びをあげ(他の人から見たらただ無言を貫いている状態で)、ゆっくりと後ろを振り返る。
「きゃーーーーーーーっ」
その瞬間、教室の入り口から黄色い歓声が響く。
「あら、エリック様!」
入り口にはエリック様とエドアルド様が立っていた。
「一緒にランチでもどうかなと思って誘いに来たんだけど…お邪魔だったかな?」
「レディ達とぜひ食事がしたくてね」
「全然お邪魔じゃありませんわ。私たちもランチに行きましょうと話しているところでしたの!」
エリック様とエドアルド様に駆け寄るユリア。
エリック様はちらっとシエル殿下を見たような気がする。
私はハッと声をかけられたことを思い出し、殿下の方に向き直した。
しかしシエル殿下はぱっと目を逸らして鞄を掴み、教室から出て行ってしまった。
(何だったんでしょうか?もしかしたら声をかけたのは私じゃなかったのかもしれません)
自意識過剰乙。
そうですよね。あんなにみんなから引かれているのにわざわざ殿下が声をかけてくださるわけがありません。
私は鞄を持ち、ユリアの後に続いた。
案内されたのは校舎の隅にある部屋だった。
部屋の中へ案内されると、はたまた声にならない叫びで動きが止まってしまう。
「!?!?」
「あら?もしかして王太子殿下!?」
私の代わりにユリアが叫ぶ。
「驚かせてごめんね。実は私とリュカ様は幼馴染でね、今日はせっかくだからぜひ一緒にランチをって話になって」
「そうだったんですね。全く知りませんでしたわ」
ユリアは殿下の前に立ち、淑女らしい立ち振る舞いでお辞儀をした。
「私エリック様の婚約者のユリアーナ=グレンヴィルと申します。ぜひ以後お見知りおきを」
あぁ、完璧だ。
さすがスマイル満点。完璧なご令嬢です。
って、感心している場合じゃありませんでした。
私も挨拶しなければ。
「ク、クリスティーナ=グレンヴィルです。」
自己紹介をして顔を上げる。
近くで見てもやはりイケメンだ。
「…よろしくお願いします」
(あ!やっと最後まで言えた!!ちゃんと挨拶できました!!!!)
今までどうしても言葉を途中で遮られることが多かったが、今回はちゃんと最後まで挨拶が出来ました!
「噂には聞いているよ。リュカ=フォーレンハイトだ。2人ともよろしくね」
きらきらスマイルが眩しすぎます。
こんな特等席でこの笑顔が見られるなんて思いませんでした。
ぶっちゃけ心臓に悪いです。
写真やスクリーン越しでも危ういだろうに、この至近距離は殺人級です。
死人が出てもおかしくありません。
「さ、立ち話もなんだし座りなよ。そろそろ食事が運ばれてくるからさ」
エリック様はユリアを、エドアルド様は私の椅子を引いてくださったので大人しく誘導されるがままに座る。
つい先日学んだ『男性を立てる行動』というのはこれで合っていますか?
一応あの後ユリアにプチ講義をしていただきましたが慣れません。
「まだこっちに来て数日だが、学園生活には慣れそうかい?」
リュカ殿下が口を開く。
「はい!まだわからないことだらけですが、これからが楽しみですわ!」
ユリアが元気よく答えた。
「何かあればすぐに私に言うんだよ。ユリアーナは可愛いからちょっかい出されないかとても心配だよ。なんで学年が同じじゃないんだと思うくらいね」
「あら、学年が違う分色々期待してますわよ!テスト勉強とかテスト勉強とかテスト勉強とか」
「それほぼテスト勉強だね?」
「冗談ですって!それに、私の近くには最強に頼りになるお姉さまがいるから問題ありませんわ!」
その言葉にあー、なるほど。と大きく頷くお三方。
そんなに大きく頷かなくても!
まぁ、家族は死ぬ気で私が守りますけどね!
ユリアを泣かせる輩がいたらめったんめったんのけちょんけちょんにしてやります!!
……もちろん言葉の彩ですからね?
「そういえば、さっき教室でシエル様と話しているように見えたけど、何を話していたんだい?」
エリック様にそう聞かれたが、実際会話は何もしていない。
振り向いたものの人違いだったんですから。
正直恥ずかしいから思い出させないでいただきたい。
視界の端っこで殿下が少し反応していた気もするが、直視をするとやばそうなのであえて見ない。
「いえ、特に…」
「あれ?そうなの??」
「はい」
「ふーんそっかー」
(あのシエル様の反応、何か訳ありっぽかったのになぁ)
丁度そこで食事が運ばれてくる。
この学園にはきちんと食堂というものが存在しているが、以前殿下が食堂にいくと大パニックになってしまったらしく、それ以降は特別対応として個室に食事が運ばれるようになったらしい。
つまりこの空間は、他の生徒は知らない秘密のランチ会だそうです。
(確かにこのことを知られてしまったら、嫉妬した他のご令嬢たちにいじめられてしまうかもしれません!それは断固として回避せねばなりません!!)
他の人には内緒だよ。と釘を刺されましたが、頼まれたって死んだって言いません。
私は平和な学園生活を送りたい。
無事2年間の教育を終えて、さらにパワーアップして領地に戻るのです!!
正直憂鬱な学園生活ですが、これが糧となり家族のためになるのであれば、このミッション見事完遂して見せます!!!
「ちなみにクリスちゃんは将来何になりたいとかあるの?」
1人で気合を入れなおしていると、エドアルド様にふと質問された。
「将来…?」
首を傾げる。
そんなの強くなって領民を守れる人間になる!に決まっている。
いや、決まってると言っても、ほぼ初対面の皆さんがそれを知っているわけがない。
ちゃんと説明しないと。
「だって、クリスちゃんくらいの魔力量があれば魔法省入りも出来るだろうし、王宮勤務だって余裕でしょ?こんなことしたいなぁとかあるのかなって」
王宮勤務?
そんなこと考えたことなかった。
そもそも領地に戻ることしか頭になかったのだから。
「え!?お姉さまが王宮勤務になったらもしかして結婚後もすぐに会えるようになりますの!?」
エドアルド様の言葉に先に反応したのはユリアだった。
「そうだね。私の家は王宮から比較的近いし、ご近所さんになるんじゃないかな」
「素敵!私嫁いだらもう家族にはなかなか会えなくなると思ってましたわ」
「確かにグレンヴィル領は王都からも遠いし、気軽にいける距離じゃないもんね」
汽車や車もないこの世界では、一番早い移動手段は馬だった。
馬車で移動すると、王都からグレンヴィル領は途中田舎過ぎて道が舗装されていないせいもあるが、丸3日ほどかかるのだ。
確かに妹1人王都に残すのは可哀想だが、そしたら領地は誰が守るの?
自警団もしっかりとしていると言えど、まだ発展途上だ。
正直完璧だから大丈夫とはまだ言えない。
少し悩むがやっぱり……。
「別に」
やっぱりいきなり王都に残りたいとは思えない。