入寮初日
クリスSide
この世界には魔法というものが存在する。
世界的にみると、今現在魔力を保有している人間の人口の割合は20%ほどしかないらしい。
そんな中、ソレイユ国では40%の人間が魔力保持者という、他国と比べたらだいぶ魔法が発達している国だ。
魔法大国というと大げさな気はするが、実際に魔法省や魔法騎士団の存在はかなり大きいらしく、世界的に見てもかなり力を持った大国だというのは間違いない。
そもそも魔法省や魔法騎士団等魔法に特化した部隊が存在する国は少ない。
基本魔法は4大要素風・土・水・火のどれか1つの属性の魔力が備わっていて、複数所持することはない。
極稀に2つの属性を持つ人間がいるらしいが、話を聞いたことも見たこともない。
ちなみに、私は何故か氷の属性の魔法が使える。
4大要素以外の魔力の発現はたまにあるらしい。
珍しくはあるが、2つ所持している人と比べたら比較的存在しているようだった。
ただ、私が一目置かれているのは氷魔法のせいではない。
どちらかといえばそちらはオプションである。
どうやら私は『魔力量』においてトップクラスを誇るらしく、それ故Sランクと呼ばれているのだ。
正直、この外見と魔力量が相まってか領民から魔女と呼ばれていた。
自警団が立ち上がるまでは、お屋敷に引きこもりがちだった私を魔女と呼んで恐れていた時期が長くあったのだ。
最初自警団を立ち上げるにあたって私が担当すると知ったときは、領民からの反発もあった。
そんな反発を一瞬で黙らせた上で、しっかりついてきてくれるように領民に掛け合ってくれたのが、他でもないグレンヴィル家の当主であり父でもあるセサル=グレンヴィル伯爵だった。
父も私に似て(というか私が父に似て)見た目は怖いはずなんだが、男性と女性ではやはり反応は全然違う。
兄妹で唯一父親似の顔が嫌というわけではないが、色々複雑に思うところはある。
(魔力量がどのくらい他の人と違うのかは、今まで比較対象があまりいなかったので正直わからない)
Cランクで風属性のお兄様の魔法は、正直扇風機にも勝てない程度の風しか出せない。
うちわといい勝負くらいかな。
Bランクで水属性のユリアは枯れた井戸を潤すくらいはできる。
案外この世界の魔法は大したことない。
(前世で漫画を読みすぎたかしら。魔法と聞いてかなり期待していたのに)
Aランクを超えるとようやく漫画の世界みたいな魔法が見られるらしいが、生憎身近にAランクの魔法熟練者はいなかった。
そもそも魔法熟練者は基本王都で魔法省なり魔法騎士なりになっているので、田舎者が魔法熟練者に会うことはほとんどないのです。
魔法のことをちゃんと学んでいない私はSランクといえど、まだ氷をたくさん出すくらいしかできない。
いや、氷出すだけなら永遠にできますよ。
夏はかき氷食べ放題です。
「お姉さま、何楽しそうなこと考えてるんですの?」
いきなり視界にユリアが入り込んでくる。
(ずっと無表情に見えるのは私だけだろうか)
ユリアの後ろで、一応笑顔だが困惑しているのが見て取れるエリック様の考えが手に取るようにわかる。
わかりにくいですよね。申し訳ないです。
頭の中ではこんなにすらすら話せるのに、なぜ口に出すことができないんだろう。
「かき氷のことを考えていて」
「まだ春になったばかりなのに気が早すぎませんか?でも寮生活でも夏は絶対かき氷大会しましょうね」
ユリアが口に手を当ててふふふっと笑った。
双子なのになんでユリアはこんなに自然にたくさんの笑みがこぼれるんだろうか。
愛想笑いでもなく、素直な笑顔。
ちなみにかき氷大会は我が家では毎年の恒例行事なのだ。
「あれ?エリック、とても可愛らしいレディを2人も連れて何してるんだい?」
サロンでお茶をしていると、後ろから知らない人に声をかけられた。
銀色の少し長い髪を軽く後ろで束ねている男性。
第一印象は少しチャラそ…ではなく、話しやすそう?な気がします!
話しかけられるかかけられないかで言えばまた別の話ですが。
「エド!もう帰って来ていたのかい?紹介するよ。私の婚約者のユリアーナと、その双子の姉のクリスティーナ様だ。今日が入寮日だったから色々学園を案内していたんだよ」
エリック様は立ち上がり、紹介をしてくれた。
「どちらも素敵なレディだね。僕はエドアルド=シュナイト。気軽にエドって呼んでくれたら嬉しいな。」
エドアルドと自己紹介した彼は、よろしくねと言って私の手を取り、手の甲に軽くキスを落とした。
(なななななななななななななっ!?)
男性経験もなければ、社交界デビューもしていない同然の私にはいきなりハードルが高すぎる絡みで、思考回路がショート中。
「あれ、あんまり反応ないみたいだけどどうしたのかな?照れちゃった?」
至近距離でその甘いマスクでほほ笑むのは、本当に心臓に悪いのでやめていただきたい。
対処の方法が見つかりません。
「ちょっと!お姉さまにいきなり馴れ馴れしすぎですわ!」
ユリアが間に入ってくれたことでようやく距離が少しできた。
「ふふっ表情変わらずか。そんなクールなところもまたいいね」
クールとかそういうものではなくて本気でショートしていただけなんですが、こういう時ばかりはお固い表情筋に感謝しないといけません。
「エドアルド様…」
「こんな素敵なレディに巡り合えるなんて、今日はなんて素敵な日なんだろう。ちなみに今日この後のご予定は?」
よろしくお願いします。と続けようとしたが、エドアルド様の言葉でかき消されてしまった。
さっきからつくづく上手くいかない。
ちゃんとよろしくお願いします。すら言えないなんて本当に情けない。
「エド…いきなりお前は何やってるんだ」
ふっと横を見ると、エリック様は頭を抱えていた。
「もしユリアーナにしていたら半殺しにしていた」
「僕は人のものには手を出さない主義だから安心してよ」
はははっと笑顔で会話をしているが、少し空気が張り詰めているような気がした。
なるほど、こういう挨拶は基本ユリアがいつも受けてくれていたが、ユリアには婚約者がいるから私にしてきたということなのでしょう。
(普通に考えて愛嬌のある可愛い女の子に真っ先に挨拶したいもんね。普通は)
そこからはエドアルド様も席について4人で談笑が始まった。
4人でといっても、口下手な私は相槌を打つ程度しかできないのですが、それでもとても楽しかった。
今までは私が会話に混ざると気まずそうにして会話が盛り上がらなくなってしまうということが多々あった。
そんな中、私がいても気にせず楽し気に会話をしてくださるこの空間がとても落ち着く。
さっきまでは学園生活なんて絶対無理。やっていける自信がないと思っていたが、少し頑張れるかもしれないと僅かに思い始めた。
(でも、まずはユリアがいなくても話ができるようにならなくては…)
ずっとユリアに頼るわけにもいかない。
私は楽しい会話を聞きながら密かに決意した。
自力で友達を1人は作ってみせると。
目標が低すぎるとかっていうツッコミは受け付けません。