氷の令嬢
クリスSide
「エリック様!まさかお出迎えしてくださるなんて感激です!」
ユリアが馬車を降りると、目の前にはすでにエリックが立っていた。
エリック様はユリアに手を差し出す。
「ユリアーナ!少しでも早く会いたくてつい来てしまった。長旅お疲れ様」
抱きしめ合う二人。
いきなり両親が決めた婚約ではあったが、とても幸せそうな二人を見てとても微笑ましく思う。
(とはいっても、私の頑固な表情筋はおそらくぴくりとも動いていないんでしょうけど)
私は2人分の荷物を馬車から降ろすと、ゆっくりと目の前の校舎を見上げた。
国営の学園なだけあってとても立派で綺麗な校舎だ。
グレンウィル家のお屋敷だって小さいわけではないが、比較するのが申し訳なるくらい立派な建物だった。
(ユリアと違ってほとんど領地を出ることもなく、ある意味引きこもりだった私が王都で暮らすことになるなんて…)
正直やっていける気がしない。
だって、自慢じゃないけど前世でも友達はほとんどいなかった。
むしろ、いじめられていた。
『おい根暗!少しは何かしゃべれよ!!!』
あー……少し嫌な思い出がフィードバックしてる。
学校怖い…無理……。
「ユリアーナ、こちらのお嬢さんは?」
ひと段落したところでエリック様が私の方を見る。
そうなんです。妹の婚約者だというのに、私はまだエリック様とお会いしたことがなかったのです。
「お手紙でもお知らせしたではありませんか。双子の姉と一緒に学園へ入学します。と」
ユリアが私の横に立つ。
「姉のクリスティーナです…」
「え……えぇ!?!?」
初めまして。よろしくお願いします。と続けようとしたがその声はエリック様の驚きの声にかき消されてしまった。
でも、気持ちはとてもわかります。
こんな陽キャと陰キャ対極な2人が実は双子なんです☆
と言われても、大人しくなるほどと納得できないですよね。
正直私も納得してません。
こんなに可愛くてふわふわして女の子らしいユリアと、見るからに陰キャの私に同じ血が通っているとは到底思えないです。
…そろそろエリック様の上から下まで見比べる視線が痛いです。
やめていただきたいです。
絶対口には出せないけど。
「クリスお姉さまはちょっぴり人見知りで口下手で世間知らずなところもあるんですが、とても可愛らしい方なのでぜひ仲良くしてくださいませ」
「よろしくお願いします」
すごい言われようだな…と密かに思いつつも、間違いではないので訂正することはなく、丁寧にお辞儀をすると、エリック様もよろしくと礼をした。
「せっかくだから荷物を置いて少し学園を見て回りませんか?結構広い学園だから、先に良い昼寝スポットとか色々紹介しますよ」
「とても嬉しいですわ!まずは寮に荷物を置いてから行きましょうか!」
エリック様は女子寮はこっち側だよ。と丁寧に案内を始めてくれたので私は2人分の荷物を持つ。
ユリアは非力なので基本重たいものは持たない。
その分私とお兄様でいつも持っていたのでいつもの光景だった。
「あ、クリスティーナ様。荷物は私が持ちます」
私が持つ荷物にエリック様は手をかける。
「え???」
「え?」
私は思わず首を傾げた。
その反応を見て、エリック様も首を傾げる。
「お姉さま!レディーは重たいものを自分で持ったりしませんのよ!素直にエリック様に任せてくださいな」
「……自分で持てるのに、何故?」
真顔で答えると、ユリアとエリック様は顔を見合わせてふふふっと笑った。
その様子を見て、私は普通のご令嬢らしい振る舞いというものを全く学んでこなかったことをかなり後悔した。
あまり令嬢らしさが求められない家だったとしても、一応伯爵家なのだから最低限は学ぶべきだったかもしれない。
前世でも荷物持ちをさせられた記憶はあっても、荷物を持ってもらったことなど一度もなかった。
なので自分の荷物を他人に持ってもらうなんて発想は少しも出てこなかった。
「クリスお姉さまってば、お茶目で可愛いでしょう?少し世間知らずなところも、またいいんですの」
ユリアがすりすりと頬擦りをしてくる。
とても可愛い妹。
「クリスティーナ様、こういう時男性はカッコつけたいものなのです。どうか私にいいところを見せる機会をいただけないでしょうか?」
そう言って私の荷物を受け取るエリック様。
ユリアから話は聞いていたが、本当に優しくて素敵な方だ。
(とてもお似合いな2人だ)
最初は結婚したら、家を出ないといけないと聞いて寂しいと思ったりもしたが、改めて良い方と婚約が決まってよかったと心から思える。
「では、改めて行きましょうか」
2人分の荷物を持ったエリック様が歩き始める。
その瞬間だった。
「あっやべ!!エリックあぶなーーーーーーいっ!!!」
叫び声が響いた瞬間、こちらに凄い勢いでボールが飛んでくるのが見えた。
エリック様は急いでユリアを庇う。
(このままだとエリック様に当たるっ)
ゴンっ!!!
鈍い音が響いた。
「あれ?痛くない?」
エリック様とユリアは恐る恐る目を開けた。
「大丈夫?」
私は2人に近づいた。
2人の目の前には、分厚い氷の壁がそびえ立っていた。
「これは…」
「わ、悪い!手が滑って変なところにボールが飛んで行ってよ…」
ボールを打った本人が駆け寄ってくる。
私はボールを拾い、取りに来た男性にボールを手渡す。
「……危ない」
私は男性を見た。
口元は少し笑っているが、目元は少しも笑っていない。
むしろ鋭く睨まれているようにも見える。
「ひっひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい」
ボールを受け取った男性は逃げるように謝りながら立ち去った。
危ないから気を付けて、と言おうと思っていたが
言い終わる前にどこか行ってしまった。
「この氷の壁…クリスティーナ様が?」
エリック様が信じられないという顔でこちらを見ている。
「お姉さまかっこいい…」
そんなエリック様の隣で対照的な反応をしているユリア。
少し周りを見渡すと、近くにいた生徒たちは少し引き気味の顔でこちらを見ていた。
(あぁ、もしかしてまたやらかした?)
正直目つきはよろしくはない。
そのせいでいつも睨んでいると勘違いをされてしまう。
一応笑ったつもりだったが、また上手にできていなかったのだろう。
顔が怖いとはよく言われることだった。
しょぼんとした表情をするが、おそらく落ち込んでいるように見えるのはユリアくらいだ。
「ユリアーナ。クリスティーナ様の魔法ランクっていったい?」
「もちろん!Sランクですわ!!」
ユリアは自分のことのように自慢気に言った。
この日から、私は学園で「氷の令嬢」という異名で呼ばれることになってしまった。
氷の魔法を使う、という意味もだが、氷のように冷たい令嬢という意味でね…。