王太子様の憂鬱
今日から新入生が入寮するからか、みんな少し浮ついているようだ。
「エリック、君はもう少し落ち着けないのか?」
先ほどから部屋を右に左にうろうろと落ち着きのない友人に声をかける。
すらっと長身でつやのある黒髪をワックスで上げていて、切れ長の目をした彼はエリックという名前の男だ。
魔力も高く勉学も優秀。そして少し強面ではあるが整った顔立ちの彼は普段は落ち着いていて、学園でもかなりモテる部類の男だ。
そんな男が落ち着かない様子で部屋を歩き回っている様子は少し笑える。
「リュカ様!これが落ち着いていられますか!とうとう愛しのユリアーナがこの学園にやってくるんですよ!!途中で事故等にあっていなければ良いが…大丈夫であろうか」
「心配しすぎだ。報せではもう王都に入っているのだろう?王都まで来てしまえばそうそう何か起こったりはしない」
そう伝えてもエリックのそわそわは止まらない。
愛しの婚約者と同じ学園で過ごせるというのがよっぽど嬉しいらしい。
ここ数日ずっとこの調子だ。
「そんなに良い女なのか?お前の婚約者ってやつは」
正直生まれてこの方、誰かを好きになったことがない俺には到底理解はできない気持ちだ。
さらさらと艶のある金髪の前髪を少しかき上げると、
近くにいた女性たちからため息が漏れる。
「リュカ様…そうやって俺は関係ないけどって態度をしてますけど、貴方は王太子様なんですから、結婚や子作りは避けては通れない道なんですよ?もっと自覚を持ってください」
「どうせ好きな女がいなければ、時が来れば適当にいい感じのご令嬢をあてがわれて結婚するだけだ。それでもかまわない」
「そんな、せっかくそこは自由にさせていただけるのに…」
俺の両親…つまり国王・王妃は無理やり政略結婚を強要するタイプではない。
父も生まれた時から国王になることが決まっていて、様々なものが生まれた時から確定していた。
ただ一つだけ自由だったのが結婚相手だったらしい。
「幼いころから色んなご令嬢に追い掛け回されてみろよ。本当に恐怖しかねぇから」
はぁ、と大きなため息を吐くと、エリックは苦笑いをした。
エリックは幼い時からの知り合いだ。
幼馴染といっても過言ではない。
そんな彼は今までの悲惨な状況を嫌というほど見てきている。
(その状況を見ても恋愛というものを勧めてくるエリックはどうかしてる)
「まぁ、容姿端麗才色兼備な王太子といえば、放っておくご令嬢はまずいないですよね…」
「少し前まではお前のファンも多かったから多少は分散出来ていてよかったものの、お前の婚約が決まってからはますます酷い…困ったものだ」
エリックとユリアーナ嬢の婚約が決まったのはここ1年くらいの話だ。
元々家同士の政略結婚だったらしく、決まった当初はエリックもげんなりとしていたのを覚えている。
それがいつの間にかこの有様だ。
人生何があるかわからないものだ。
(俺にもそういう奇跡が起こったりするのだろうか?自分では全く想像もつかない)
そもそも年の近いご令嬢はもうだいたい覚えている。
フランクな両親のせいか、気軽なお茶会やパーティーはよく開催されているし、その度に子供たちを同席させていた。
なので全く知らないご令嬢はほとんどいないはずだ。
そんな中からいきなりこの子がいい!ってなるとは到底思えなかった。
「つまりリュカ様も早くご婚約されたら、この地獄から抜け出せるのでは?」
「……お前、良いこと言うな」
どうせ将来適当にあてがわれるのであれば、今適当に選んでも同じでは?
ちらっと横目で近くにいるご令嬢を見た。
「きゃー!ちょっと、今こっち見ましたわよ!」
「えっもしかして私たちどちらかを気にしてくださっているのかしら!」
きゃっきゃっ騒ぐ2人を見て、またげんなりとする。
(誰でも良いとはいえ、うるさい女を傍に置いたら意味なくね?)
その事実に気づき、ガクッと肩を落とす。
「リュカ様、こんなに人の多いところでそんなうなだれないでくださいよ。シャキッとしてくださいシャキッと!」
バンバンと背中を叩くエリック。
最低限の線引きはあるものの、王太子だからといって変に気を使わない。
エリックの態度はとても好きだ。
気軽に話せる数少ない友でもある。
「そうだ、そろそろ時間的にも到着してもおかしくない時間なので、彼女を門まで迎えに行こうと思っているのですが、リュカ様はどうされますか?」
(んー…今日はエドもいないし、正直エリックがいなくなるとかなり暇になるんだが…)
基本的に学園で行動を共にするのはエリックか、今日は出かけていていないがエドアルドという同級生の2人だけだ。
それ以外の人間とは多少話はするものの、あまり深く関わらないようにしている。
王族と関わりを持つということは色々危険な面もある。
それに、俺自身が近づいてくる人間を簡単に信用できない。
男も女も子供も大人も、何を考えて近づいてくるかはわかったものではない。
「俺は部屋に戻るよ」
そう言ってサロンを後にした。




