ヒトノカタチ
前回の投稿から間が空いてしまって申し訳ないm(._.)m
あまりクオリティが高いとは言えませんが、自分なりに頑張ったのでよければご評価ください
終盤崩れてしまった……
僕は人造人間。アルフレッドがそう言っていた。アルフレッドは無精髭の生えた初老の男で、山奥でたった一人生命について研究している。
周囲から変人奇人と呼ばれ、愛すべき妻に逃げられてもこの道から外れようとはしなかった。
人造人間といっても、魔法のように土塊から生まれてくる訳ではない。人間に限界まで近付けた人形という方が正しいだろう。
そんな人形遊びを彼は何十年も一人で続けている。
僕は100号と呼ばれ、一通り動作の確認をされると自由を与えられた。人並みの倫理観を植え付けられた僕らは人に攻撃をすることが出来ず、問題を起こせば彼の手によって簡単に止められるので人里に降りても問題ない。
この山には多くの人造人間がいる。全てアルフレッドが造ったものだ。しかし、誰一人町へに行こうとはしない。病気などにならないため関わる理由がない。それに、生殖機能もないので人間に恋愛感情という名の錯覚を抱くこともない。
だから、あくまで興味でしかない。アルフレッド以外の人間に興味があった。人の営みというものを見てみたかった。紛い物でしかない僕も混ざって暮らしてみたかった。
アルフレッドに許可を貰いに行くと、彼はとても機嫌が悪かった。どうやら実験が上手くいってないらしい。
「好きにするといい」
そうはっきりと言い捨てられた。あまり良い様子ではなかったが一応許可は貰うことが出来た。これで僕は自由の身だ。
研究所から町までは少し遠いが大した問題ではない。睡眠の必要がないからだ。
昼過ぎに研究所を出て、山を降りる。今まで特別拘束があったわけではないが、こうして明確な自由があると逆に戸惑いが生まれるのも仕方がないというものだろうか。ここは軽快な鼻唄でも口ずさみながら歩くとしよう。
山で暮らしてはいたが、山で生きていなかったのだろう。歩きながら周囲を見るがこれほど多くの動物たちが暮らしているとは全く想像がつかなかった。
視界で草花が揺れる度に心が躍る。虫たちも獣たちも懸命に生きている。冬は寒さに凍えながらじっと耐えるのだろうか。
僕には何も分からない。生きるということが何か。生きていないというのなら僕は今何をしているのか。動かない物を人形と呼ぶのなら僕は一体何なのだろうか。
答えなどないのかもしれない。少なくとも、今の僕に見つかるものとも思わない。
辺りに夜の帳が満ちる頃、ようやく町の門が見えてきた。重苦しく閉ざされた門と、それを守る兵らしき二人。開門時間は過ぎてしまっているようだ。野宿するしかないのか。
「町へは入れますか?」
「悪いが、時間を過ぎている。門は開けられん」
「そうですか」
このまま門の前で待つことも考えたが、眠らずにひたすら待つ男など不気味でしかない。文献でしか目にしない魔女裁判にかけられるかもしれない。痛覚など存在しないが、動力部である核を破壊されれば僕も死ぬ。
死ぬのは怖い。見えないことが、聞こえないことが、話せないことが、生きられないことが。
だからこうして面倒をかけて兵から見えない森へ歩き出すのだ。
獣の唸り声が聞こえる。肉食獣ならば僕も襲われることがある。人造人間と言えど表皮は人間に限りなく近い。彼らにしてみれば人間と変わらないだろう。しかし食える肉はないので、殺し損死に損という訳だ。
人間に近いだけに、エネルギー源が必要だ。蛋白質でなくてもなにかしら口にしなければいずれ動けなくなる。
葉の柔らかい草を見つけた。口に含めば仄かな甘み……などしない。味覚は備わっていないのだ。
ふと、寝るという行動に興味を持った。睡眠は記憶の整理だと少し前に本で読んだ。ならば、人工知能とはいえ思考能力があり、記憶が存在する僕に出来ないはずがない。
目を閉じて、脱力する。こんな夜に暗い森で眠るなど正気ではないが、人造人間に正気を問うことの方が滑稽だ。
目を開けると辺りは明るくなっていて、視界に少女の顔が映っていた。不思議そうにこちらを覗き込んでいる。
「どうかした?」
「何故こんなところで寝ていたの?」
「昨晩、閉門に間に合わなくてね。仕方なくさ」
「ここは危険よ?門の近くにいれば安全なのに」
「明るいところでは眠れない性分でね」
「変な人ね」
「よく言われるよ」
危ないところだったがギリギリ誤魔化せたようだ。それに、この少女がいるということは門は開いているのだろう。
「それでは、僕は行くよ」
「どこへ?」
「ひとまずは仕事を探そうかな」
「うちへ来ない?酒場をやっているの」
「それはありがたいけれど……」
「じゃあ決まりね!私はシーナ、あなたは?」
「トワとでも呼んでほしい」
「わかったわ。それじゃあ行くわよ」
なんとも強引だが、断る理由もないのでここは好意に甘えるとしよう。少し強めに僕の腕を引く彼女の顔はとても明るく、僕を人間と信じて疑わないようだ。人間至上主義である彼らはニセモノを極端に嫌う。
僕が人間ではないと分かれば激怒し、慟哭し、迫害するだろう。アルフレッドが珍妙なだけなのだ。
こんなに良くしてくれる彼女も、僕が人間ではないと分かれば他と同じように敵対するのだ。そう考えると、胸のどこかに鋭い痛みが走った。
「ここよ」
「立派なところだね」
「私の自慢よ。少し待ってて」
シーナはそう微笑むと賑やかな中へ入っていった。待っている間、シーナについて考えていた。若いながらもしっかり者で、少しおせっかいなのだろう。しかし、とても優しい子だ。そんな彼女を裏切らないためにも、僕は正体を明かす訳にはいかない。
店は大きな通りに面しているので、視界にも入りやすい。人の声が常に聞こえるくらい賑やかなので雰囲気もよく、繁盛するのも頷ける。しかし、見たところ従業員がほとんどいない。シーナとシーナに似た女性が一人、彼女の母親だろうか?
彼女がここで働かせたいと思ったのは、人手が足りないからだろう。
酒場の仕事、労働そのものが初体験の僕にとって大量に押し寄せる客を捌くことは容易いことではなかったが、シーナのサポートもあってなんとか乗りきることが出来た。
まるで人間のように疲れた僕が椅子に座っていると、シーナが飲み物を持ってきてくれた。
「お疲れ様」
疲れを感じさせない微笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「いつもこんなに人が?」
「今日はまだ少ないわよ」
まだ人が増えるのか、という戦慄とこれをたった二人で捌いていた事実に驚きを隠せない。15を越えて少しといった彼女も、立派な従業員ということか。
グラスに注がれた冷たい飲み物を口に含んで少し転がし、ゆっくりと飲み込む。爽やかな喉ごしと、鼻に抜ける僅かな酸味が疲れを奪い去っていく。とても美味だ。
「これもうちで作っているのよ」
「何て名前の飲み物なんだい?」
「ファティマっていうの。私が考えたのよ!」
そう得意気に言う彼女に年相応の可愛らしさを感じた。大人びてはいるが、やはり少女に変わりはない。僕の齢は3つにも満たないので僕の方が年下ではあるのだが。
シーナの心遣いもあって、酒場に併設された部屋を貸してもらえることになった。これで衣食住の心配はなさそうだ。普通に生活していれば、非人間だと思われることもないだろう。といっても、何年もここにいては年をとらない姿を怪しまれるので立ち去る必要はあるが。
シーナ母の料理に舌鼓を打って、湯浴を済ませてベッドで横になった。そこでふと物思いに耽る。我ながら人間社会に溶け込んでいるものだと。害を成すつもりはない。むしろ益でありたいとは思うが、彼らが敵だと認識するのにこの思いは関係ない。
上手くやらなければ。そう心に決めて朝を待った。
朝早くから酒場に来る客はいない。もしいたとしても相当なろくでなしだろう。なのでこの店の開店は軽く空を見上げれば眩しい頃だ。
シーナ母は料理の仕込み、シーナは店内の掃除。僕の仕事は力仕事と細やかな雑用だ。水を汲んだり店の前を掃除するくらいしかない。
信用されていないという訳ではないのだと思う。だが、気を遣われているのか、やけに仕事が単純で少ない。この店で働き始めてしばらく経ったが仕事は減るばかりだ。
もっと頼ってほしい。そんなに気を遣うほど僕達の距離は遠いのか。
そんなこと言えるはずがない。人間は楽をしたがる生物のはずだ。自ら仕事を貰いにいくなど人間的ではない。面倒なことは僕だって嫌いなはずなのに、何故かシーナには頼られたい。気付けばそんな気持ちが芽生えていた。
これは一体どういう感情なんだ。親切心や被虐心などではなく、今までたった一度も味わったことのない複雑な想いだ。
どんなに考えようとも答えは出ない。出口のない迷路をさ迷うような不快感に苛まれながらも、からっぽの一日は駆け足で過ぎ去った。
僕はどうすればいいのだろう。店が休みですることがなく、あてもなく街へ繰り出した。相変わらず活気に満ちていて、人の喧騒が心地いい。人情に溢れ温かいこの場所は、僕が僕である限り憧れるしかない世界だ。
夕方には帰るとシーナに約束した。まだまだ陽は高く、落ちるまで時間はある。一人で歩く街は初めてで、いつも隣にはシーナがいた。無邪気に自慢の街を紹介する彼女はとても輝いていた。
(ここは……図書館だったか)
一つずつ記憶と照らし合わせるように風景を飲み込む。図書館はあまり得意じゃないと、紹介も足早ですぐに別の場所へ移ったことも記憶に新しい。
本は知識を深めるためにある。それなら、ここに僕が探している答えがあるかもしれない。
静寂が支配するこの空間はあまりに排他的で、自分の世界に他者の介入を許さないとでもいうような雰囲気を漂わせている。おそらく彼女はこの空気が苦手なのだろう。
目当ての本を探す。といっても、そこに答えがあるかは分からない。ただ、行き場のない焦燥感を吐き捨てる場所を見つけたいだけだ。
題は書かれておらず、作者も未詳。最初の数ページは空白という、明らかな欠陥品。しかし、何故だかこの本だと確信を持った。乱雑にページを捲り、突然手を止めた。
他の文など目に映らない。飛び込んで来たのはたった一文。
『愛情とはこの世で最も利己的な心の形だ』
どうしてこれが目を引いたのかは分からないし、魅力的な文とも思えない。ただ、さ迷っていた心が行き先を決めたような気がした。
ようやく分かった。僕はシーナを愛しているのだろう。恩人や友人としてではなく。これが人なら気持ちを伝えて共に生きるのが世だろう。
だが、僕は人ではない。人形、紛い物でしかない。恋愛感情という脳の錯覚に振り回される人形なんて喜劇にもなりはしない。
共に生きることなど許されない。この気持ちを知ってしまった今、彼女と暮らす日々はさぞ輝かしいことだろう。僕は知ってはいけなかった。彼女の優しさを、温かさを、愛を。
彼女と別れを告げるために帰る。彼女を悲しませるために会いに行く。これが最善だと、これしかないと言い聞かせて足を動かせる。着くな、着くなと願いながら家を目指す。
もし僕が人だったら、もし彼女が人じゃなかったら、この世界はどれだけ喜びに満ちていたことだろう。
突然別れを告げる僕に彼女は何を思うだろう。怒るだろうか、悲しむだろうか、何とも思わないかもしれない。
何であろうと、別れを惜しんで欲しいと願うのはこの感情が愛であることの証明なのだ。
家が見えてきた。足は金属の鎧よりも重い。帰るうちに陽は沈み、外も暗くなり始めた。心配したシーナが店の外で僕を探している。今からこの少女を傷付けるのだ、愛する者と決別するのだ。
「シーナ、話がある」
一瞬、驚いて目を見開いたシーナだがやはり賢く、何かを察したように自分の部屋へ通してくれた。
初めて入るシーナの部屋は可愛らしく、様々なぬいぐるみが飾られている。
ゆっくりと腰かけて、重い空気の中、ゆっくりと口を開いた。
「僕が初めて君と会った日を覚えているかい?」
「遠い昔のように話すのね」
「それほど懐かしいのさ」
おどけたように話す僕を見て、彼女はそう言ってうつむいた。
「寝ていた僕の視界に君は飛び込んで来た」
「……」
「君は僕の手をとって誘ってくれたね」
「……」
「君と出会えて本当によかった」
「……やめて」
「え?」
「そんなお別れみたい言い方しないで!!」
「……シーナ。今から起きることは全て現実で、事実だ」
そう言って僕はナイフを取り出して自分の腕を切った。
「っ!!あなた何をしているの!?」
「これを見てごらん」
血は一滴も流れない。人なら激痛と共に滝のように流れる鮮血がどれだけ待っても見えてこない。
「どういう……こと……?」
「僕は人間じゃない。今まで君たちを騙していたんだ。愚かな人間が僕を信じる様は見ていて愉快だったよ」
「それならどうして…………あなたは泣いているの?」
頬を触れると指先に水滴が伝う。僕が泣く?そんなはずがない。僕は人の心を持たない人造人間だ。
これ以上はいけない。
僕は立ち上がるとドアノブを掴んで引いた。細い腕が僕の足を捕らえたが、振りほどいて走った。小さい悲鳴から耳をふさいでひたすら走った。僕の、僕達の城へ。
あれからどれ程走っただろう。辺りはすっかり暗くなり、梟の鳴き声がこだまする。懐かしく、何処か新鮮な山へ帰ってきた。
暗い木々に囲まれた不自然に明るい研究所。アルフレッドの家だ。彼は元気だろうか。
三度軽くノックをしてドアを開ける。アルフレッドは椅子にもたれかかって寝ていた。相変わらずベッドを使わない人だと、小さく笑って毛布をかけた。そこで、ある違和感に気付いた。
わずかに触った身体が嫌に冷たい。思えば、彼は不摂生な生活が祟って肺に病気を患ったらしく、普段から咳が多かった。そんな彼がここまで静かに眠るだろうか。
アルフレッドの顔を見て、彼はもうここにはいないのだと悟った。彼の寝顔はとても安らかで、望むべくして死んだようにも思える。そして僕は、本当の意味で一人になった。
思い出に浸るように、本棚から一冊本を抜き取った。その本の表紙には何も書かれていない。中身を見てみると日記のようだ。
何十年も前の日記だが、たしかにアルフレッドのものらしく、彼独特の書き方の癖があった。
あまり人の日記を読むのは褒められた行為ではないが、好奇心に負けて読み始めた。
彼は普段から日記を書く習慣などないのだろう。数日、数週間空いていることがあった。それでも、その日の出来事を綴っている。
彼はミーナという女性と結婚したが、子宝に恵まれなかった。ミーナの夢は子どもや孫に囲まれて幸せに暮らすことらしく、それを叶えられないと知ったアルフレッドは絶望したようだ。
そこでアルフレッドは、意を決して大芝居を打って出た。
元々学者だった彼は研究を理由にミーナへ近付かないようにし、ミーナの想いを断ち切らせようとした。
興味をなくしたように関わらない彼を見て、ミーナは部屋で泣いていた。しかし、アルフレッドは彼女の幸せを願い無関心を貫いた。
賢い彼女はすぐに彼の考えに気付いた。だが、彼が離婚の話をした時、ミーナは何も言わず頷いたという。
美しく、気立てのよいミーナは再婚相手をすぐに見つけて円満な家庭を築いた。
そしてアルフレッドは、自分とミーナに似せた人形を作るようになった。
それから長い月日が経ち、ミーナに孫が産まれたという話を噂で聞いた。一目見ようと彼女が住む家を訪ねた。すると、若いときのミーナによく似た娘が出てきた。
怪訝そうにこちらを睨む娘をどうにかなだめていると、家の奥からミーナが出てきた。年老いて皺が増え、白髪になっても綺麗だと感動した。
娘をミーナが説得し、孫を見せて貰うことになった。名前は……シーナ。
ここまで読んで、核が大きく跳ねた。ミーナさんの孫がシーナ?アルフレッドの元妻の孫?
可笑しな話だ。アルフレッドの手で作られた人形のが、あろうことか作り手が愛した者の孫に恋心を抱いたというのだ。偶然も偶然、必然なのかもしれない。
日記の最後のページにメモが挟まっていた。そこには、「心を持った人形は人形じゃない。人間だ」と力強い字で書いてあった。
アルフレッドには全てお見通しだったのだろうか。人里に降りたいと言った時から、こうやって帰ってくることまで。
相変わらず、変な人だ。好きな女を幸せにするために別れたくせに、人形を作ってその孫と会わせてみたり。
最初から最後まで仕組まれていたようにも思えるけれど、不器用な彼なりのプレゼントなのだろう。
それならば、ありがたく受け取るべきだろう。
「それじゃあ行ってくるよ。父さん」
山を全速力で駆ける。きっと彼女は、シーナは僕を待ってくれている。ミーナさんが父さんを待っていたように。
街が見えてきた。今回は門が開いている。不思議そうに見ていた門番の間を抜けて、大通りの酒場へ飛び込む。
しかし、中には誰もいない。陽が昇ってきているので、そろそろ開店準備の時間のはずだ。
辺りを見渡していると、店の奥から人影が出てきた。
「……トワ?トワなの?」
動く屍のように覚束ない足取りでこちらへ歩いて来たのは目元に大きな隈を作ったシーナだった。
「シーナ……」
「トワ……」
抱擁を交わそうとした僕の頬に凄まじい衝撃が走った。
「トワのバカ」
「ごめん」
「しょうがないから許してあげる。その代わり、次あんなこと言ったら一生許さないからね」
「……わかった」
なんとかシーナの許しを貰ってもう一度共に暮らすことが出来るようになった。シーナ母は最初から気付いていたらしく、僕が山へ帰ることも分かっていたようだ。
シーナ母が老衰で亡くなってからはシーナと共に山へ戻り、山と共に生きていく。
「私が死んだらまた一人にしてしまうのね」
「大丈夫、僕は君のことを忘れないよ」
「本当に?ちゃんと覚えててね」
忘れられるはずがない。この気持ちは、愛は永遠。いや、永遠だ