プロローグ
たまたまその日は早く帰れた。
早くとは言っても終電にギリギリ間に合う時間。
この程度で多少の幸せを感じてしまうのがブラリーマンの悲しさか。
時間的にほんとうにギリギリだったので急いで駅に向かった。
会社を出て、目の前の道を走って渡った。横断歩道まで遠回りすると乗り過ごしてしまう。
覚えているのはそこまで。
ヘッドライトに照らされたみたいにひどく眩しかったような気もするが……。
ふと気が付くとそこは古めかしい木造の建物の中。
いろんな――本当の意味で様々な――人たちがあっちこっち歩いたり、仲間内で話しているようだった。
しばらく様子を見てみる。
そして自然に浮かんだきたのはギルド……という単語。
今年就職してからは忙しくてWEB小説も読めてないし、ゲームもやっていないが、今までに蓄えた知識から推測、想像するに、冒険者ギルドってこんな感じ? っていうのが目の前に広がっている。
依頼が張り出された掲示板があり、受付カウンターがあり、バーみたいなのが併設されていて、そこに居る人々は武器を持っていたり鎧を着ていたりする。魔法使い的な人も居る。
「なんか、困ってますー?」
140センチぐらいの小さな少女に声を掛けられた。ネコ耳だった。尻尾もある。
顔立ちも幼いが、小学生とまではいかない。中学から高校生ぐらいだろう。
おかっぱ頭――厳密には違うだろうけど俺にはそう見えた――が若さに拍車をかけている。
「君は?」
「あ、初めましてアイラですー。転生は初めてで日々日銭を稼いでなんとか暮らしている、でも夢はでっかく世界征服な可憐な乙女ですよー」
転生かー。やっぱり転生かー。
それにしても初めてってどういうことなんだ?
「見るからに『初めてさん』ですよね?」
「初めてってどういうこと?」
連呼される初めて、そして『初めてさん』という語句に興味を惹かれた。
「やっぱりそこから始まりますー? いや、そんな、説明するのが面倒とかそういうことじゃなくってですねー、まあ通過儀礼みたいなもんですし、困っている人が居たら見過ごせない性格を自負していますので、そこは懇切丁寧に、5000兆回でも1万回でも、いや3回ぐらいなら説明しますよ」
5000兆と3回のギャップひどい。
「いや、他当たるわ」
俺は、ギルド内にもう少し落ち着いた親切な――できれば少女――が居ないかキョロキョロ見渡した。
可愛さから言えばアイラも悪くはないのだが、地雷臭を嗅ぎつけてしまったのだから順当な判断だろう。
「そっこーで首切りっすか? そんなに信頼おけないですか!? 話だけでもー」
アイラは食い下がってくる。
「なんか宗教の勧誘みたいで怖い」
「そんなことはありません! もちろん無宗教ってわけじゃなく、クリスマスには仏壇になすびとか備えますし、盆と正月には欠かさず海水浴に出かけますですけど」
「ずれてる……」
盆にはクラゲが出るし、まあ正月はハワイだとして……。
そんなことを考えていると、
アイラは俺を無視して肩を掴むとぐいぐいとギルドの奥に連れて行った。
そこはバー? のようになっていて簡単な食事と飲酒ができるらしい。
「奢りますから! お話だけでも!」
そう懇願されて、嫌な予感は感じつつもとりあえず席にはついた。
腹は減ってなかったが、喉が渇いていたってのが理由だ。
「お酒もありますよー」
ということでエール? とやらを注文する。アイラはミルクだ。
生ぬるくはないがキンキンには冷えてやがらないエールをちびちび飲みながらアイラから説明を聞いた。
「というわけで、みなさんが考えている死後の世界、いわゆる天国みたいな位置づけがこの異世界っぽい世界なんですよー」
あまり説明が上手くない……というか実質説明力に残念感が漂うアイラだったが根気よく話を聞いていると大体の事がわかった。
「なるほど、現世というか前の世界に生まれ変わるためには異世界的なところで実績を残さなければならない……と」
考えると、憂鬱になる。
元々ノルマのキツイ会社で働いていたのだ。
それに怠けてちゃんと勉強しなかったからこそ、そういう会社にしか入れなかったとはいえ、受験戦争の真似事も経験している。
偏差値の呪縛から逃れて、会社のノルマから解き放たれてもまだまだ成果主義の価値観と向き合わなければいけないなんて。
アイラは俺に構わず話を続けた。
「そうなんですー。ポイントが溜まったら申請して生まれ変わることができるんですけれど、沢山ポイント溜めたほうがいい人生に生まれ変われるっていう噂がありましてー。皆さん、魔王討伐後もこの世界に居残ったり現世に生まれ変わらずに他の異世界に行くことを選ぶみたいです」
ちなみにこの世界の魔王は何度でも復活するから厄介だが、別に攻めてくるわけでもなく、魔王の城と呼ばれる居城に居座ってるので倒しに行こうと思えばいつでも行けるらしい。一日に何度も倒されることもザラにあるらしい。
魔王ってそんなに軽い存在なのかね。
とにかく。
なんとなくだが仕組みはわかった。
『初めてさん』というのはその転生一回目だということである。
「まずはステータスを確認して自分の能力に合ったパーティメンバーを探すのがいいと思いますよー」というアイラに連れられて、ステータスチェッカーという名の掲示板の前に立つ。
「これで今のランクやステータスがわかるんですー」
「ほうほう。
この宝石みたいなのに触ればいいのか?」
「はい。ちょっとビリっとしますけど、慣れれば大したことないです。イルカってフグを突いてその毒でビリビリする遊びとかしているらしですよ。知ってます?」
知らんがな。
アイラを無視して恐る恐る触れると、宝石が淡く輝き、掲示板に文字が浮かぶ。
「あっ! これは! なんと!」
アイラが声を上げた。
オールSとかどえらいステータスになっているんだろうか。
期待を込めて確認してみる。
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コージ・アイカワ
クラス:弱きもの(ランクF)
レベル:1/5
生命力:F
魔力 :F
力 :F
素早さ:F
耐久力:F
賢さ :F
精神 :F
器用さ:F
運 :F
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なんの変哲もない……というかかなり最弱に感じるステータスだった。
まあ、それは上がっていくことが期待できるから……。
「このクラスって職業的なもの?」
「はい……、普通は『一般人』とか『戦士見習い』とかから始まるものだそうです」
「アイラは?」
「わたしは……まだ『一般人』ですー。でも一般人だとその後の職業選択の自由が広がるからそれでもいいって言う人も居ますねー。最終的には世界の覇者を目指してますけど、そういう意味でも聖職者系のクラスとかよりは向いてるかなーなんて」
「で、俺の『弱きもの』って言うのは……」
成長が早いとか特殊なクラスに転職できるとかすごいメリットがあるに違いない。
「レベルが最大で5までしか上がらずに、他のクラスに転職もできなくって、冒険者向きではない非常に珍しい職業らしいですよー」
ダメでした。
「魔法もスキルも覚えませんー」
本格的にダメでした。
「ステータスも上がりづらいらしいですー」
なにからなにまでダメでした。
最後の希望を託して質問を続けてみる。
「あ、でもここのステータスってAが一番弱くってFっていうのは、数万人に一人とかの……」
「一番低いのがFですよー。FからE、D……と上がって、Aの上にはSがあるのが常識じゃないですかー」
そうでしょうね。