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モンスター


 とりあえず。

 将来を約束しあった俺とアイナは(そんなにおおげさなことじゃないけど)、モンスターを探しながら歩いた。

 歩きながらもアイナからモンスターのレクチャーを受ける。


「ここは名もなきダンジョンと呼ばれていて、本当になんの特徴もない、いわば初心者向けのダンジョンなんです」


 名もなきダンジョンね。その割には稼ぎがそこそこのアイテムがドロップするから低レベルの冒険者からは需要があり、そこそこ繁盛はしているんだとか。


 1階層で出てくるモンスターは例のスライムらしい。

 溶かす能力とか酸を吐くとかそういう攻撃はしてこない、対応しやすいモンスターだということだ。


「攻撃の主体は体当たりなんで厳密には違うでしょうけど、その攻撃力はヘビー級のボクサーぐらいだと言われてます」


「ヤヴァくない?」


 ヘビー級のボクサーに殴られて無事でいられるとは思えないんだけれど。


「スライムの大きさ……大体これくらいですね、それがある程度柔らかいグローブを付けたパンチだと思ってください」


 アイナは身ぶりを組み合わせて補足してくれた。

 大きさはアイナが両手を軽く広げたぐらいだから1メートル弱か。


「それだと衝撃が分散されるから、痛いけど死にはしないって感じ?」


「そうですね。それに攻撃の前に予備動作があるので気を付けていれば避けるのは簡単です」


 などと話しながら歩いていると通路の向こう側に緑色の大きな塊が見えた。


「ちょうど一体だけですね。お手本というわけじゃないですが、倒してくるので見ててください!」


 そういってアイナは駆け出す。

 猫耳に尻尾の獣人種族らしく、その走りはしなやかだ。


 スライムの前で立ち止まり、


「おりゃあ!」


 と威勢のいい掛け声とともにスライムをこん棒でしばきあげている。

 一発、二発。三発殴ったところでアイナの手が止まる。


 スライムが力を溜めこむように、体制を低くしているのがわかった。

 その直後スライムはアイナに向けて飛び上がった。

 アイナはそれをバックステップで華麗に躱す。

 また少女らしくない掛け声を放ちながら、スライムをしばきあげた。

 計6発ほど殴ったところでスライムは弾けるように消えてしまった。


「と、まあこんな感じです」


「なるほど」


「これがスライムのドロップ品。スライムゼリーですね。倒したスライムによって大きさはまちまちですが、1個200ベルぐらいで売れます」


 物によって上下はするがベルと円の価値は同程度らしい。

 モンスターと遭遇するのは平均して10分間隔。

 アイナはスライムが二匹居ると戦わないように避けているようだから、もう少し効率は下がる。

 一時間に3匹倒せるか倒せないかぐらい。

 それを一日に10時間ほど休憩を挟みつつ続ける。

 時給5~600円で一日の稼ぎは5000円程度だ。


「どこの田舎の高校生のブラックバイトだよ……」


 思わず本音が漏れてしまった。


「朝ごはんも昼ごはんも300ベルずつぐらいで足りますし、宿屋も一泊2000ベルぐらいなので、食べていくだけなら十分ですよ」


 アイナは呑気そうに言い切った。


「装備の買い替えとか回復アイテムとかいろいろ物入りなんで貯金は貯まりませんけどね」


「貯金ってどれくらいあるの?」


「聞かないでください……」


 アイナは顔を赤らめた。

 これは単純に額が少なくて恥ずかしがっているやつだ。

 ほんとうにギリギリなんだろう。


「一宿一飯……って宿はお世話にはなっていないけど、少なくとも俺が加入したんだから倍は稼がないとな」


 俺は気合を入れなおす。

 両手を頬をぱちんと叩き、


「じゃあ、次は俺も戦ってみる」


 と宣言した。


 初の実戦であり、俺の真価が試されるときだ。

 さまざまな説が考えられる。

 表記上のステータスはでたらめで実は攻撃力とか防御力とかすごい。

 あるいは。

 モンスターのスキルを吸収できる。

 もしくは。

 俺にしか使えない凄技を持っている。

 はたまた。

 知られていない属性の魔法が使える。

 などなど。


 期待が膨らむ。俺を選んでくれたアイナへの恩返しの瞬間が待ち遠しい。




 あれ?


「コージさん! 離れていてください!」


 離れるも何も碌に動けなくなった俺はスライムに吹き飛ばされて壁に激突したまま地面に横たわっていた。


「ご、ごめん……」


 油断した。慢心してた。

 スライムごとき……と侮っていた。


 アイナがひとりでスライムに立ち向っているのを。

 悔し涙が零れそうになるのを堪えながらただただ眺めていた。


 無事にアイナがスライムを倒し、ドロップ品には目もくれずに駆け寄ってくる。


「大丈夫です? 体動きます?」


「動かない……」


「瀕死じゃないですか!」


「そうなの?」


 聞くが早いがアイナは道具袋から小瓶を取り出して俺の口に注ぎ入れた。

 苦い。


 俺の体が淡く発光し、固まっていた関節が解きほぐされるように動けるようになった。


「死んじゃうかと思いましたよ!」


 大げさだとは思いつつ、


「ごめんなさい」


 と素直に謝った。




 初戦の相手、スライムとの戦いに向けて俺とアイナは一応決め事を作ってみた。

 まずは俺がスライムの攻撃を見切れるか? という確認。

 それは上手く行った。モーションが大きいので気を付けていればなんのことはない。

 スライムが身をかがめた瞬間に大きく飛びのけばスライムは攻撃対象を失って攻撃を繰り出すことなく終わるのだ。

 アイナなんかは慣れているので攻撃機会を増やして効率を上げるためにギリギリまで引きつけているが俺にはまだそれは求められていない。


 とりあえず攻撃を食らわないということが分かった後は俺の攻撃力の調査。

 アイナが5~6発で仕留められるスライムを俺が何発で倒せるか。

 こっちの結果は最悪だった。

 数えているだけで50発。それだけ全力でこん棒でしばきあげてもスライムは弱ったようには見えなかった。

 さすがに疲れてきて、やけっぱちになりながら気を抜いたところでスライムの攻撃を食らってしまったのだ。


「死んでしまうと強制的に転生させられるのでみんな安全マージンをとって無茶しないんですが、死の一歩手前の状態になると文字通り戦闘不能、体が硬直するんですよ」


 俺の体が動かなくなったのは麻痺とかそういうステータス異常を食らったわけではなく、単に生命力が限界まで追いつめられたかららしい。

 ちなみに麻痺だとしびれる感覚があるのでそれとは明らかに違うということもわかった。


「ほんとうにすみません。わたしの判断ミスでした。生命力も防御力もFでもスライムの一撃で瀕死になる人って聞いたことがなかったので」


 謝られても俺が辛いだけだ。

 紙だ。紙装甲、紙耐久だ。


 とにかく、俺は、


「次からは気を付けます」


 とアイナに改めてお詫びする。


「今日はこれくらいにしておきましょうか」


 アイナから提案された。


「いや、さっきのポーション? あれで回復したし、もう大丈夫。次は失敗しないから」


 俺は即座に、やる気を表明したが。


「実はポーションはさっきの分しか持ってきてないんです。もしものことがあると危ないので今日は引き上げましょう。また明日頑張りましょう」


 アイナはどことなくひきつった顔で無理に笑顔を作りながら言うのだった。

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