001ープロローグ
たまたまその日は早く帰れた。
早くとは言っても終電にギリギリ間に合う時間。
この程度で多少の幸せを感じてしまうのがブラリーマンの悲しさか。
時間的にギリギリだったので急いで駅に向かった。
会社を出て、目の前の道を走って渡った。横断歩道まで遠回りすると乗り過ごしてしまう。
覚えているのはそこまで。
ヘッドライトに照らされたみたいにひどく眩しかったような気もするが……。
ふと気が付くとそこは古めかしい木造の建物の中。
いろんな――本当の意味で様々な――人たちがあっちこっち歩いたり、仲間内で話しているようだった。
しばらく様子を見てみる。
そして自然に浮かんだきたのはギルド……という単語。
最近は忙しくてWEB小説も読めてないし、ゲームもやっていないが、去年まで蓄えた知識、想像上の冒険者ギルドってこんな感じ? っていうのが目の前に広がっている。
依頼が張り出された掲示板があり、受付カウンターがあり、バーみたいなのが併設されていて、そこに居る人々は武器を持っていたり鎧を着ていたりする。魔法使い的な人も居る。
「あ、あの……、お困りでしょうか?」
140センチぐらいの小さな少女に声を掛けられた。ネコ耳だった。尻尾もある。
顔立ちも幼いが、小学生とまではいかない。中学から高校生ぐらいだろう。
おかっぱ頭――厳密には違うだろうけど俺にはそう見えた――が若さに拍車をかけている。
「君は?」
「あ、初めまして。アイナといいます。転生は初めてなんですが、えっと、あなたも『初めてさん』でしょうか?」
転生かー。やっぱり転生かー。
それにしても初めてってどういうことなんだ?
「あの、よ、よかったら、ほんとうによかったらわたしが知っていることでよかったら教えます。その上で……いえ、やっぱりいいです。ごめんなさい」
アイナは、俺の元から去ろうとする。
「ちょっと待って!」
と、俺は引きとめた。何もわからずほっぽり出されるよりも少しは知っている人の話を聞いたほうが良い。
「話だけでも聞かせてくれない?」
そういうとアイナはぎこちなく微笑みながら頷いた。
「というわけで、みなさんが考えている死後の世界、いわゆる天国みたいな位置づけがこの異世界っぽい世界なんです」
ひととおりアイナから説明を聞いた。あまり説明が上手いとは言えないアイナだったが大体のところはわかった。
「なるほど、現世というか前の世界に生まれ変わるためには異世界的なところで実績を残さなければならない……と」
考えると、憂鬱になる。
元々ノルマのキツイ会社で働いていたのだ。
それに怠けてちゃんと勉強しなかったからこそ、そういう会社にしか入れなかったとはいえ、受験戦争の真似事も経験している。
偏差値の呪縛から逃れて、会社のノルマから解き放たれてもまだまだ成果主義の価値観と向き合わなければいけないなんて。
アイナは俺に構わず話を続けた。
「そうなんですー。ポイントが溜まったら申請して生まれ変わることができるんですけれど、沢山ポイント溜めたほうがいい人生に生まれ変われるっていう噂があって。皆さん、魔王討伐後もこの世界に居残ったり現世に生まれ変わらずに他の異世界に行くことを選ぶみたいです」
ちなみにこの世界の魔王は何度でも復活するから厄介だが、別に攻めてくるわけでもなく、魔王の城と呼ばれる居城に居座ってるので倒しに行こうと思えばいつでも行けるらしい。一日に何度も倒されることもザラにあるらしい。
魔王ってそんなに軽い存在なのかね。
とにかく。
なんとなくだが仕組みはわかった。
『初めてさん』というのはその転生一回目だということである。
「まずはステータスを確認して自分の能力に合ったパーティメンバーを探すのがいいと思います」というアイナに連れられて、ステータスチェッカーという名の掲示板の前に立つ。
「これで今のランクやステータスがわかるんです」
「この宝石みたいなのに触ればいいの?」
「はい」
恐々触れると、宝石が淡く輝き、掲示板に文字が浮かぶ。
「あっ!」
アイナが声を上げた。
オールSとかどえらいステータスになっているんだろうか。
期待を込めて確認してみる。
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コージ・アイカワ
クラス:弱きもの(ランクF)
レベル:1/5
生命力:F
魔力 :F
力 :F
素早さ:F
耐久力:F
賢さ :F
精神 :F
器用さ:F
運 :F
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なんの変哲もない……というかかなり最弱に感じるステータスだった。
まあ、それは上がっていくことが期待できるから……。
「このクラスって職業的なもの?」
「はい……、普通は『一般人』とか『戦士見習い』とかから始まるものだそうです」
「アイナちゃんは?」
「わたしは……まだ『一般人』です。でも一般人だとその後の職業選択の自由が広がるからそれでもいいって言う人も居ます」
「で、俺の『弱きもの』って言うのは……」
成長が早いとか特殊なクラスに転職できるとかすごいメリットがあるに違いない。
「レベルが最大で5までしか上がらずに、他のクラスに転職もできなくって、冒険者向きではない非常に珍しい職業らしいです」
ダメでした。
「魔法もスキルも覚えません」
本格的にダメでした。
「ステータスも上がりづらいらしいです」
なにからなにまでダメでした。
最後の希望を託して質問を続けてみる。
「あ、でもここのステータスってAが一番弱くってFっていうのは、数万人に一人とかの……」
「一番低いのがFです。FからE、D……と上がって、Aの上にはSがあります」
そうでしょうね。