第三話ー大好きのすれ違い
それから、俺らは近くにあったベンチに座っていた。
「やっぱり、私の勘は当たったみたいだね!」
「それに関してはさすがとしか言えないね……」
梨々奈はるんるんと目を輝かせ、火野は軽くため息をつく。
「梨々奈の勘ってなんだ?」
そもそも、梨々奈はなぜここにいるのか。
俺が向かっていた郵便局は学校から近いものの、俺や梨々奈の家とは反対方向にある。だから、普通に帰宅すれば絶対に通ることのない道のはず。なのに、梨々奈はこうしてやってきた。それも超常現象を起こしながら。
とにかく、色々非現実なことが起きすぎて俺の頭の中は完全に混乱していることを理解していただきたい。
「とりあえず、睦月は宝石精霊の所持者に選ばれてるってことはなんとなく分かったんだよね」
「宝石精霊――まあ、いわゆる人外って言えばいいのかな。さっきので分かったかもしれないけど、瑠衣もそうだよ」
そう言われて、火野の方を見てみる。戦っていた時に来ていたあの服は光の粒子になって消え、今は制服姿に戻っている。
「あんまり驚かないんだね」
火野が笑いながら問いかけてくる。
「さっきから何が何だかよく分かってないから、もはやどこに驚けばいいのかわからない」
「大丈夫だよ。私がいるからね」
梨々奈は俺の肩を叩きながらそう言ってきた。
「……それに、絶対死なせはしないから」
「え、なに?」
「ううん、なんでもないよ。とりあえず、混乱してるかもしれないけど説明はするね。私たちがどういう存在なのかってことを」
そう言って、梨々奈の顔は真剣になる。こういうスイッチの切り替えは昔から早い奴だった。
「私が部活をつくるって言ってたのは、この石に関係してるの」
俺の持っているアクアマリンを指しながら、説明は続く。
「分かってるだろうけど、この石は特別な石で、人間と宝石精霊を繋ぐ大事なものなんだよ」
さっきの戦いの中で、梨々奈の持つルビーのブレスレットは二人が声をかけるたびに、それに一緒に呼応するように光っていた。
「普通の人には分からないけど、宝石精霊はこの人間界にたくさん来てて、共存関係にあるの。みんな瑠衣みたいに人間として生きてるけどね」
「じゃあ、それをサポートするために部活を……?」
「ご明察。さすが睦月だね」
当たり前だ。梨々奈が考えそうなことはすぐに分かる。
梨々奈は、『正義の異常者』だ。自分と他人を天秤にかければ、迷いなく他人を選ぶような奴なんだ。
「最初に瑠衣と会ったのは偶然だったんだけど、それから所持者ってことが分かって、精霊界のことも知って……それで、私は困ってる宝石精霊たちを助けられる体制をつくろうと思ったの」
火野が説明を加える。
「もともと、あたしたちはみんな所持者に会いたがってるんだ。でも、その所持者は世界のどこかに一人しかいない。その運命の人に会うために、命に危険をさらす人たちもいる。そして、今はさっきみたいな反人間派が現れて、今までよりも危険な世界になってきてるんだよ」
「なんでそこまでして所持者に会いたがるんだ?」
「なんたって運命の人だからね。理由なしに会いたいってのはあるよ。でも、所持者の能力を引き出してあげたいってのも理由の一つかな」
「能力?」
「うん。所持者に選ばれる人間には、何か特別な能力が備わってるんだ。ただ、それは会ってからも相当な時間が必要だけどね」
「実際、私もまだどういう能力があるのか分かってないんだー」
梨々奈が頬を掻きながら「えへへ」と笑う。
「話を戻すけど、私はそんな精霊たちをサポートするために、人間界精霊保護観察部、略称保観部をつくった。まあ、まだ全然活動できてないけどね」
「でも、俺を助けてくれたじゃんか」
「それは仕事というより、本能に近かったけどね……大事な人を助けたくないわけないじゃん」
最後の方が小声でよく聞こえなかったが、助ける行為を本能でやるなんて。
やっぱり、梨々奈は正義のメーターが振り切ってる。それは、幼馴染の俺でも怖く感じる時がある。
「それでまあ、本題なんだけど」
「本題? 今までのは本題じゃないのか?」
「いやいや。一番伝えなきゃいけないことが残ってるからね」
「え、なんのことだ?」
「睦月も『そう』だってこと」
「というと?」
「もー、知らんぷりしても駄目だよー」
う、気づかれてたか……
「睦月も晴れて、アクアマリンの宝石精霊の所持者だね!」
奇跡で彩られた日常は、もう少し続いてくれるようだ。
それから、俺の家に移って説明を続けることになった。ちなみに親は転勤族のため別居中で、家には俺しか住んでいない。
「それじゃあ、私たち人間と精霊はどう繋がってるかについてご説明しましょう!」
梨々奈は伊達メガネをかけ、学校の先生っぽく装う。なにこの形から入る感じ。
「昔々から、人間と宝石精霊は仲が良かったらしいよ」
「でも二つの世界はそもそも別物じゃないのか? そんな簡単に異世界を転々とできるものなのか?」
「まあそれは精霊界側の技術だね。ただ、何も関係のない人間を巻き込まないよう、精霊も精霊に関わる人間も口外することはなかったみたいだけど」
「もしかしたら、歴史上に出てくる大成した人たちってのは精霊と関係してた可能性もあるのか……」
「ないわけではないね。焼き討ちとか海賊とか、そういった中に火とか水を使う子がいたかも? 宝石精霊はみんな魔法が使えるからね」
なんか今まで積み重ねてきた知識が崩れ落ちた感じがする……
「時代は進んで、世界は平和になって、宝石精霊たちは自分の力だけで戦う魔法を使うことはできなくなった。取捨選択ってやつだね。その分、精霊界でも人間界のように社会がしっかりとつくられた。あ、でも魔法も使えないわけではないよ。ね、瑠衣」
「うん」
隣にいた火野が梨々奈の呼びかけに頷いてから、人差し指を口の近くに当て、ふっと息を吹きかけた、その瞬間――炎が部屋に舞い上がった。
「うおっ!?」
「と、こんな感じだね」
「いやいやいや、平然な顔してる場合じゃないからね!? 燃えたらどうすんの!?」
「それは大丈夫だよー。自然的なの炎とは違って、魔法の炎は燃え移る性質がないものも出せるんだよ」
ハイテクすぎる。いや、もうテクノロジーでもないけどね?
「それで、精霊界にも社会ができたとか言ってたけど、ついさっき精霊であろう人に俺は襲われかけたんだが。それは外で言ってた反人間派とか言ってた奴か?」
「そう。人間界でもいるように、精霊界でも一般社会から外れた人がいる。それが、あの男たち、反人間派の奴ら。瑠衣たちを共生派と言うなら、奴らは対立派かな。中には、殺すことも厭わないとしてるような奴も……」
梨々奈は少し怒った表情を見せながら説明をする。確かに、さっきの黒服の男は俺を問答無用で攻撃しようとしてきた。殺すつもりがあったかどうかまでは分からないが、少なくとも梨々奈が来なければ無傷の状態ではいられなかっただろう。
「精霊界は、二つに分断された。対立派はもちろん少数だけど、力が強い宝石精霊が多い。昔から精霊界のコミュニティに属さずに進化をしてきた奴もいて、そういう精霊は、戦うために魔法を誰の力を借りることもなく使えてしまう。だから、そういう魔法が使えない共生派の精霊も危険なんだ」
火野が精霊界の説明をしていく。社会の常識が世界全員の常識にはならない。それが分からないわけではない。でも……
「関係のない子まで巻き込むなんて、本当に許せない……!」
「――――っ!」
梨々奈が言ったその一言。それは、俺を締め付ける一言。
「……睦月?」
俯く俺に気づき、心配そうな顔を見せる梨々奈。覚えていないのか、知らないふりなのか、あるいは皮肉なのか。
いや、梨々奈は皮肉を言うような奴じゃない。多分、覚えていないだけなのだろう。それでも、締め付ける言葉に変わりはない。
――『関係のない子まで巻き込むなんて』
「許せないよな、本当に」
「うん、そうだね」
自分の存在はもうどうだっていい。所持者なんて、そんな能力があるわけない。そう思う。
ただ一人。梨々奈を守ることができるのなら、何もいらない。
『好き』だという感情さえいらない。たとえ好きだとしても、大好きで大切でも、それはもう自分にあってはいけないものなのだから。
とてつもなくお久しぶりです。そしてあけましておめでとうございます。来海未来です。
女装子さんとかレイヤーさんとかと仲良くなったら楽しそうだなとか勝手に思ってます。なんかそういう方々って色々上手そうな感じがします!
第三話をご覧いただきありがとうございました!
またどこかの作品でお会いできればと思います。
1月1日 来海未来