第1話―まずは人を集めましょう
高校二年の五月。少しずつ気温が上がってくる頃。暦上、先週で立夏を過ぎているわけだが、まだ流石に夏と呼ぶには気温が低いんじゃないかと思う。
そんなことを考えながら俺、露葉睦月は下校の準備中。
グラウンドや体育館周辺からは運動部の活発な声が聞こえる。インドアな俺にとってみれば考えられない。
「さて、帰るか……」
輝く汗を流す人たちを横目に、帰宅部の俺は鞄を肩にかけて、教室を出て廊下を歩き始める。するとどこからか奇声なるものが……
「睦月ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
……誰かが俺に手を振っていた。あれはもしや……というか間違いなくあいつだ。
「見つけたぁあああああああああああああああああああああ!!」
高速を走る車の如きかな。一句できた。とか思い立ってる間に思いっきり突進してきt
「ぐぉあ……!」
鳩尾にクリーンヒット。いや、これは……うん、普通に死ぬ。
「むっふっふ、今日という今日は逃がさんぞー?」
俺が鳩尾を抑えて蹲る中、突進してきた本人は満面の笑み。そしてなぜに仁王立ち?
「梨々奈、俺を殺す気か……」
「いやー? 睦月が死んじゃったら遊べなくなっちゃうじゃん。そんな自分で楽しみが減るようなことはしないよー」
「……あの、それは本当に遊ぶという言葉で合ってるのか? 今この時点で俺に遊んだ時の快の感情はないんですが」
「私にはある!」
「……もはや返事をする気力も起きなくなってきた」
「冗談だよ冗談。私は睦月が好きなんだから大丈夫だよー。大切にしてあげるよ?」
「あ、うん……はい」
こんな感じで笑顔で不意を突いてくるこの少女は俺の幼馴染、白星梨々奈だ。頭が良く、更に運動神経も抜群という何をやらせても完璧の天才少女。
それに加えてこの容姿。瑠璃色の澄んだ大きな瞳に健康そうな肌の色。短めの艶のある青髪でスタイルもよく、誰からも憧れられそうだ。というか実際、男女問わず憧れられている。
そして、俺に対してはこんな感じ。好きとか言われてるが、これは恋愛の「好き」ではなく、あくまで友達の「好き」なのだ。十年の仲だから、それくらい言われなくても分かってる……のだが、俺も流石に面と向かって好きと言われると内心ドキッとするのはある。あるがそれを本人には言わない。
「さて、それで本題に入るけど」
梨々奈は顔をずいと向けてきて言う。梨々奈は絶対目をそらさない。
「私の作る部活に入って!」
そう、梨々奈は新しく部活を作りたいらしい。そのためここ最近、毎日のように勧誘されている。俺は部活みたいなものは面倒なため、適当に断っているのだが、梨々奈も諦めない。何がこんなに梨々奈を熱くさせているのだろうか。
「で、何の活動をするつもりなんだ?」
作りたいとは言っていたが、そういえば訊いていなかった重要なこと。まあ俺も適当にあしらってたから、重要なのに訊かなかったってのはあるけど……
「うーん……何がいいかなぁ……」
梨々奈は顎に手をつけて唸る。
「え、まだ決めてなかったのか? まあ梨々奈らしいと言えばそうだけど……」
この性格からお察しの通り、梨々奈は思いついたことをすぐに行動に移そうとする。だからなりゆきで場が進む事も多い。ただ頭は良いから、悪い終わり方はしないところが梨々奈の強みでもある。
なんてことを思っていると、頭の中でふともう一つ疑問が渦巻いた。
「確か部活申請って部員が四人必要じゃなかったか? 俺が仮に入ったとしても、まだあと二人は必要になるけど」
「ふっ、それに関してはご心配なさるな」
「そんなドヤ顔されても」
「どやぁ」
「口で言われても」
梨々奈は俺の二連ツッコミを完全無視。
俺にシニカルな笑みをそっとし、教室に向かって「おーい」と呼びかける。なに今の地味に腹立つ。
そんな感情も束の間、一人の女子がこちらにやってきた。
「見よ! もう私は瑠衣をこの部活に誘っておいているのです!」
梨々奈が呼んだのは、今年やってきた転校生の火野瑠衣だった。赤く短い髪に華奢な身体。そしてその髪に合う、燃え盛るような深紅の瞳に長い睫毛。笑みを見せるときに見える八重歯など、元気っ子でムードメーカーになりそうなイメージがある。
「瑠衣が入ってくれて、本当に助かったよ!」
「いやー、それほどでもー」
火野が頭を掻いて笑う。確かに、梨々奈と火野の性格は少しばかり似ている。すぐに馬が合いそうだ。
そんな笑い合っている二人に俺は素朴な疑問を投げつけてみる。
「で、あと一人は?」
「……え?」
何故に間があるんだ。
「いや、だから部活申請には四人必要なんだろ? ならもう一人必要なのでは……」
「…………」
教室内や廊下はまだ騒がしい。運動部の声も更に大きくなり、周りは喧噪に包まれている。そのはずなのだが、この一角では果てしない沈黙に包まれている。正直、いたたまれないほどに。
「そ……」
「そ?」
梨々奈は口を押さえ、深刻な表情をしている。これはさっき言った通り、なりゆき任せで、結局周りが見えなくなっているパターン。
「そうだったぁあああああああああああああああああ!!」
やっぱり忘れてたよ……
「もうちょっと全体確認してくれ……」
梨々奈って本当に天才なんだろうかと、疑問に思える今日のこの頃である。
梨々奈がもっているファイルの間から、100点の数学のテストが見えるのはさておき。
★ ☆ ★
その後、俺は梨々奈、火野と一緒に廊下を歩いていた。
「よく見れば、本当に第一条件をクリアしてないんだね……」
梨々奈は部活動職員室から貰ってきた部活申請用紙の条件を見て、がっくり項垂れた。俺は横から申請用紙を覗き見てみると、そこには明朝体の細文字が紙一面に連なっていた。
その中で、最も単純で厄介な条件。
『部活創設申請する際の条件
一、部活申請には部長・副部長の他に部員二名の計四名を要する。』
一番上に書いてあるこのどこにでもありそうな条件。これこそが部活申請で何よりも大変な事だ。
「部員があと一人足りない……」
「ということは俺はもう部員に入れられてるわけだな」
俺に拒否権はないらしい。いや、拒否らせてよ。
「顧問の先生とか何にも考えてなかったし……」
「ほとんどの先生がもうどこかの部活の顧問やってるしなぁ」
「そういえば、部室も用意してない……」
「…………」
ちなみに部室は申請者が確保することになっている。
「あと、部活名考えてないし……」
「……なぜ俺はまだこんなに準備不足なのに誘われてるんだ」
何この用意のしなさすぎ。やっぱりこういう幼馴染を持つと大変だね。どれだけ美少女で天才で運動が出来ても、傍若無人という性質があることで全てをマイナス方向へ運んでいくから。
「まあそれは、私が睦月と一緒にいたいからっていうのがあるけど」
……やっぱりこういう幼馴染を持つと大変だね!
「そ、それはそうと、梨々奈はなんで部活作ろうとしてるんだ?」
気を紛らわすためだったが、考えてみれば最初の方で聞いておくべき質問を梨々奈へ投げる。
「え? ああ、それは私たちと――」
と、そこまで言った瞬間に火野が梨々奈の口を押さえた。
「梨々奈!」
あまりの唐突さに俺と梨々奈は何も言えず、間髪入れず火野が行動を続ける。
「まだそれは言っちゃ駄目ってさっきあれほど……!」
「えー、でもいいじゃん。どうせこういうのは私の次は睦月というデフォルトパターンがあるんだよ」
「でもそれは確率的な問題で確実じゃないから……というかそれ梨々奈が露葉君のこと好きなだけでしょ!?」
「ばれちゃった? えへへ」
「ったく……」
……なんだ?
何かを言っているようだが、こちらからは何も聞こえない。女だけの秘密というやつだろうか。それはそれで気になるけど。
怪訝な顔で二人を見ていると、教室の時計が視界に入った。それは四時五十分を示していた。
「あっ、もうこんな時間か!」
今度は俺は唐突に大声を出してしまう。
「どうかしたの?」
「いや……大した用事じゃないんだけどな。五時までに郵便局に行かなくちゃいけなくて」
「もうあと十分じゃん。ギリギリじゃない?」
「だな……じゃあ悪いけど、また明日!」
「うん、じゃあねー。明日部活申請用紙に名前書いてね」
「それは確定なの!?」
「うん、私の隣に名前書くの」
「そこまで確定!?」
「まあまあいいじゃん。早く行ってきなよ」
「色々と不服だけどまた明日反論させていただこう……」
そう言いながら、何とか五時までに辿りつくべくダッシュし始める。
なんとなく、どれだけ反論しても結局入ることになる気しかしないなあ……
――「で、結局睦月は『そう』なの?」
「いや、まだ分かんない。いつか巡り逢えば、としか言いようがないし」
「へえ……じゃあ、今日だね」
「え?」
「今日、巡り逢う。だから追いかけてみようよ。もう五分経ってるけど」
「なんで分かるの? 女の勘?」
「まあそんなところかな。たかが十年、されど十年だよ。なんでも分かるものなんですよ」
「ふーん……」
そうして、ふっと紡ぐ梨々奈の言葉。
「どうしたら、睦月に分かってもらえるんだろうね。私は命を賭けてでも、睦月を守るくらいに愛してるって」
その小さな声で訊いた少女の問いは、誰も答えることなく虚空の空に消えていった。
再びどうも、未来です。
結構原案から改稿してます。最初に書いたものは全体的に口調がきつかったりしてました。なのでなるべく柔らかくしたのと、最大の変更点は梨々奈のデレを大きくした所です。三年前書いたときは、あまり恋愛要素には重点を置かなかったんですが、今回はTHEラブコメって感じを目指したいと思っています。
拙い文章が多々ある中、ここまで読んでいただきありがとうございました!
これからもよろしくお願いします!
8月3日 来海未来