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エピローグ ~2015年 1月15日~

~2015年 1月15日~


 榊は、ダリオ宮で家政婦をしている小林有子に呼び出されていた。

 予感はあった。

 特別急ぐことなく、榊は安全運転でダリオ宮のある榛名山を目指す。イタリア製の愛車を駐車場に止めると、有子が玄関で待っていた。彼女は強張った顔をしていたが、悲哀の表情ではなかった。通されるまま一番奥の部屋に入る。その部屋の雰囲気を見て、榊は思わず立ち止まってしまった。

 もっといえば、呆れてしまうほどだった。

「……まったく、幸せそうな顔をしやがって」

 榊は小さな笑みを浮かべながら、ベッドで眠っている未羽と、そのベッドに寄りかかっている雨宮に近づく。

 2人とも息をしていない。安らかな寝顔のまま、その生を終えていた。

 不思議と衝撃や動揺はなかった。ただ、医者として何をすればいいのか考える。

 榊は死亡確認を取るために雨宮に近づく。ペンライトを取り出しながら屈んだときに、妙なことに気がついた

「ん?」

 雨宮の身体に毛布がかけられていた。まるで事切れたあとに、誰かがかけてくれたように。

 榊はその毛布をずらして、雨宮の首筋に手を当てる。人形のように冷たく鼓動も感じない。瞳孔収縮を見るために目にペンライトを当てるが、やはり反応はない。続いて、ベッドで眠っている未羽に同じことをするが、反応は見られない。胸元の二つの指輪が、小さく揺れた。

「9時20分。死亡を確認」

 壁の時計を見ながら呟いた。あとは事務方の仕事だ。未羽は群馬県立循環器センターに通院していたし、雨宮は病院の職員であることを考えれば、こちらで対応してしまって問題ないだろう。

 榊はスマートフォンを取り出して、病院の事務局に電話する。二、三言だけ話して通話を切る。もう医者としてやることはない。あとは、二人の友人としてどうあるべきかを考える。安らかに眠る二人を見ながら、少しの間だけ考え込む。

 その時だった。

「あれ、なんだこれ?」

 この場に似つかわしくないものが榊の目に入ってきた。厳密に言えば、似つかわしくないといういより、何でこんなものがあるのかという疑問が沸いてしまうようなものだった。

 榊はそっとベッドに近づいて、未羽の手の中にあるそれを手にとった。

 ……ビデオカメラだった。

 明るいピンク色の可愛らしい見た目だ。試しに電源を入れようとするも、充電が切れているようで動く気配がない。榊はしばらく考え込んで、ビデオカメラからメモリーカードを取り出して、本体は未羽の手元に戻した。

「きっと、怒られるだろうな」

 榊とて、軽い好奇心でメモリーカードを抜いたわけではない。この2人の最後を見届ける役目があると思ったからだ、この二人が最後に何を考えて、何を想っていたかを知らなければいけない。そして、そのことを未羽と雨宮の家族に話さなければいけない。

 榊はメモリーカードを大切にしまうと、二人のいる部屋から出て行った。


 この日、榊は休みを取ることとなった。雨宮の病状は、病院の中でも知っているものは少なく、大きな波紋と動揺を呼ぶこととなった。中でも、一番親しかった榊には知らないうちに同情を集めることになった。事態を重く見た外科・内科部長と病院長は榊の報告を待って、そのまま休日を与えられた。

 よって榊は、雨宮が死んだ日に、望まない休日を持て余すこととなった。仕事をしていたほうが、まだ気がまぎれるというのに。榊はため息をつきながら、四ヶ月ぶりに自分のアパートに戻った。

「さて、どうするか」

 榊は手に持ったメモリーカードを見ながら呟く。いつかは見なければいけないだろう。だからといって、その日のうちに二人の死を受け止められるほど、榊の心の整理はついていない。

「だけど、見ないわけにいかないか」

 榊は冷蔵庫の中から缶ビールを持ってくると、デスクトップ型のパソコンの電源を入れた。ディスプレイが点灯するまでに、ビールの蓋を開けて待つ。やがてパソコンが立ち上がったのを見て、メモリーカードを差し込んだ。デスクトップ上にフォルダが自動展開され、メモリー内のデータを表示させる。

「……映像が、18時間?」

 榊は自分の目を疑った。メモリーカードの容量から相当のデータが入っているのは予想していたが、その容量全てが映像で埋め尽くされているとは。

 嫌な予感がした。

 この動画を見てしまったら、とても辛い思いをする。

 そんな気がした。

「……」

 榊は無言のまま、最初のファイルをクリックする。しばらくして、動画が再生され始めた。

 それは、こんな言葉から始まっていた。


『7月15日、今日は晴れ。毎日毎日、あつい日々が続いています』

 少女の声だった。凛としていて、それでいてどこか優しさが溢れている声。

 聞きなれた声であった。

『初めまして。私の名前は柊未羽と言います。どこの誰がこのビデオを見ているのか存じ上げませんが、これは私の思い出の日記です。何か楽しいことがあった、このビデオカメラでとっておこうと考えています』

 突然、ビデオカメラの向きが変わる。それまで暗かった画面が、どこかの部屋を映し始める。重厚な本棚や、大きなぬいぐるみ。そして、榛名湖を一望できる風景。 未羽の部屋だった。

『ここが私の部屋、私の城、私が自由でいられる所。背中を押してくれたあの人がくれた、人として生きるための場所。…あの人が、…雨宮先生がいてくれたから、私は自分の時間を過ごすことができる。本当に感謝しています』 

 しばらく部屋の中を映した後、映像が暗転する。

 そして、すぐに次の映像が映し出される。


『7月17日。今日も晴れ。たまには雨が降ってほしいものです。今日は私の近くにいる人を映していこうと思います』

 映像が左右に揺れている。どうやら、歩きながら撮影しているようだった。階段をおりて、左に曲がる。リビングを通り過ぎて、キッチンのほうにビデオカメラが向けられる。そこには、不機嫌そうな態度で食事を作っている女性がいた。

『お手伝いの小林さんです。私のご飯や、掃除や洗濯をしてくれる人です。どうしてか、いつも機嫌が悪いので私はちょっと苦手です』

 再び映像が左右に揺れる。今度は庭を映しているようだった。画面の端に犬小屋とゲージが入り込み、やがて小さな柴犬が画面に入ってくる。

『この子はコジローです。つい最近、家族になったばかりの可愛い弟です。他にも、私のおじいちゃんや、榊先生っていう人とも知り合いです』

 撮影をしている人物が手が映ると、柴犬はワンッと返事をした。

 そのまま画面が右に振られ、一番奥にある部屋へと進んでいく。扉の前に立って ノックすると、部屋の中にはいった。

 そこには、机に向かって眉間に皺を寄せている男がいた。

『最後にこの人を紹介します。この無表情で無愛想な人が、私の担当の雨宮先生です。よく意地悪なことを言いますが、たまに優しかったりします』

『随分な言い様だな。これは何の遊びだ?』

 机に向かっていた雨宮が、画面のほうを見て不思議そうな顔をする。

『えーとね、日記みたいなものかな。雨宮先生は気にしないでね』

『勝手に撮影しておいてよく言う。頼むから、仕事の邪魔はしないでくれ』

『はーい』

 未羽が明るい声で返事をする。

 そして、映像が切り替わる。


『7月25日。昨日は雨が降ったから、久しぶりの晴れ。これからコジローの散歩に行こうと思います。はい、雨宮先生。ビデオカメラを持ってね』

『お前が撮影するんじゃないのか?』

『それじゃ、私が映らないじゃない。コジローの散歩は私がするから、雨宮先生は後ろからついてきてね』

『はいはい』

『ちゃんとついてきてよ。遅かったら、置いていっちゃうんだから』

 映像が激しく揺れた後、画面の端から未羽とコジローの姿が入ってくる。

『ほらー、雨宮先生』

『わかったよ』

 その後は未羽とコジローの後ろ姿がしばらく映し出された。

 突然、映像が切り替わる。


『7月30日。昨日はとても悲しいことがありました。でも、そのことには触れません。このビデオは楽しいことでいっぱいにしたいから』

 雨が降りそうな曇空と、誰もいない犬小屋を映した後、画面はキッチンを映し出す。

『じゃーん。今日は私が、雨宮先生のお昼ご飯を作ることになりました。メニューは焼き飯。手伝ってくれるのは小林さんです』

『どうも』

 画面の中で、家政婦が小さく会釈をする。映像が少し揺れた後、こんっという音と共に映像が固定される。どうやらビデオカメラをどこかに置いているようだ。それまで撮影をしていた未羽も画面に入り込んで、両手で小さな握り拳を作った。

『それでは、よろしくお願いします』

 楽しそうに笑う未羽。しばらく調理風景を映し出した後、映像が切り替わった。画面には、テーブルの料理を無言で凝視している雨宮がいた。

『さぁ、雨宮先生。めしあがれ』

『未羽。質問をしていいか?』

『何?』

『この黒いのは何だ?』

『お肉』

『じゃあ、この黒いのは?』

『卵かな』

『最後に、大部分を占めているこの黒いものは何だ?』

『お米です』

 眉間を寄せて黙り込む雨宮。

『さぁさぁ。雨宮先生、全部食べてね。おかわりもあるから』

『嫌だ。断る』

『えー、どうして?』

『当たり前だ! こんなもの食うくらいなら、飯を抜いたほうがまだマシだ!』

『ひっどーい! 私が心を込めて作ったのに!』

『じゃあ、お前が食え! 食って下痢をしてトイレに閉じこもっていろ! 下痢止めも胃薬も出してやらないからな!』

『嫌よ! こんなの食べられるわけないじゃない!』

『だったら、俺に食わそうとするな! 未羽、お前はもう料理をするな!』

『何よ! 雨宮先生のいじわる!』

 子供のような言い争いのあと、画面が真っ暗になる。少し待って、次の映像が開始される。その繰り返しだった。

 どれもありふれた日常の風景だった。特別なことは何もなく、静かで楽しい日々が永延と映し出されていく。その日常こそが、特別であった。


『10月2日。今日はこれから花火大会をすることになりました。夏に買った浴衣を一度も着れなかったので、とても嬉しいです』

 画面には浴衣の上にカーディガンを羽織った未羽が映し出されている。車イスに座ったまま、線香花火に火をつけようと必死に手を伸ばす。

『火をつけてやろうか?』

 画面が僅かに揺れながら、撮影している雨宮の声がした。

『ううん、大丈夫。車イスの生活にも慣れないとね』

『寒くはないか?』

『大丈夫だよ。もう、雨宮先生は心配しすぎ。ほらっ、火がついたよ』

 パチパチと小さな花火が映し出される。

『綺麗だね』

『あぁ』

『こんな生活がずっと続けばいいのにね』

『そうだな』

 2人が静かに語り合うなか、画面の花火だけが明るく輝いていた。

 再び、画面が切り替わる。


『10月18日。雨宮先生から、とても大切な話を聞きました。とても悲しいことだけど、前に言ったとおり。悲しくなることは、ここでは触れません…』

 画面は真っ暗なままだ。撮影者の声だけが画面の向こうから聞こえる。しばらく待っても、映像が映し出されることはなく、少女がすすり泣く声だけが響いていた。

 結局、真っ暗なまま次の映像に切り替わった。


『10月31日。明日から待ちに待った海外旅行です。行き先は、子供のころから行きたかったヨーロッパ。今日はその準備をしたいと思います』

 未羽の顔がアップで映されている。

『それでは、準備のアシスタントを紹介したいと思います。柴犬のコジローです。はい、はくしゅー』

 ぱちぱちと小さな拍手の音が聞こえたと思うと、画面は急に未羽の足元を映し出す。そこには未羽の部屋の中で、嬉しそうに尻尾を振っている柴犬がいた。いつかの子犬ではなく、すでに成犬となっている。

『それではコジロー君。私は何を持っていけばいいのでしょうか』

『わんっ!』

『ふむふむ。なるほど、着替えですか。それは大事ですな。他には何かあるかな?』

『わん、わんっ!』

『そうですか。下着ですな。雨宮先生に見られてもいいように、可愛いものを用意すべきですな』

『くぅん?』

『おっと、水着ですか。それは盲点でした。確かに雨宮先生と一緒にお風呂に入ることもあるかもしれません。コジロー君。良いアイデアです』

『良いアイデアではない。何を考えているんだ、お前は?』

『わっ!』

 映像が少しの間、宙に浮かんだ。そのまま地面に横倒れになり、床を映し続ける。画面の隅には、男の足が映っていた。

『未羽。まだ準備が終わらないのか? 出発は明日なんだぞ』

『わ、わかってるもん。ちょっと遊んでただけだよ。ねぇ、コジロー』

『わんっ』

『わかったから、早めに準備をしてくれ。明日になって慌てても知らんぞ』

『はぁーい』

『それとな、未羽』

『何? 雨宮先生?』

『俺とお前は別々の個室だからな。風呂には一人で入れよ』

『えっ! なんでっ!』

『当たり前だろう。俺がお前と同じ部屋に泊まる必要がどこにある』

『いや! 私は雨宮先生と同じ部屋がいい。寝るまでお喋りしたり、雨宮先生の音痴な子守歌も聞きたいの!』

『人を勝手に音痴と決めるな』

『一緒にカラオケ行ったじゃない。雨宮先生、すっごく音痴だったよ』

『そんなことはない。石川さゆりは、俺の十八番なんだぞ』

『嘘だよ。全然、音程が取れてなかったんだから』

 映像が再び揺れだす。一瞬だけ雨宮と未羽の顔を映して、画面は真っ暗になる。




『11月26日。今日はイタリアにある、ベネツィアに到着しました。今回の旅行で、一番楽しみにしていた場所です』

 未羽の言葉と共に、美しい異国の風景が映し出された。運河の上にレンガ造りの建物があるような、とても特徴的な光景だった。

『水上バスに乗っていると、風が気持ちいいね』

『うむ。景色もいいな』

 画面には美しい街並みが映されている。大きな運河を移動しているようで、右にも左にも歴史的建造物が立ち並んでいる。

『あっ、雨宮先生。見てよ、ダリオ宮だ』

 突然、画面の端から未羽の手が伸びて、遠くの建物を指さした。

『ダリオ宮? 俺たちが住んでいた屋敷と同じ名前だな』

『そうだよ。なんたって、あの宮殿から名前を借りたんだから』

『そうなのか? でも、なんでダリオ宮にしたんだ?』

 雨宮が訊ねると、未羽は得意げに言った。

『えーとね、本物のダリオ宮は呪いの屋敷とも呼ばれていてね。持ち主にどんどん不幸が降りかかって死んじゃうんだって』

『……っ』

 雨宮の戸惑った様子が、映像から窺い知れる。

『洒落になってないぞ』

『へへっ、ごめんなさい。…でも、私にとってダリオ宮は、奇跡のような時間をくれた大切な場所だから。私たちがいなくなったあとも、そのままにしていてほしいな』

『そうだな』

 それからしばらくの間。美しい風景だけが画面に映されていた。

 



『12月17日。今日はとても嬉しいことがありました。私のとても大切な人を、紹介することができます。では、どうぞ』

 映像が急に明るくなる。画面の中心には、イスに座った壮年の男性が映し出されている。

『紹介します。私のおじいちゃんです』

『その、どうも』

『もう。おじいちゃんたら表情が堅いよぉ。もっと、笑って笑って』

『は、ははは』

 困りながらも無理やり笑顔をつくる未羽の祖父。映像が少し揺れたあと、車イスに乗った未羽が画面に入り込んでくる。

『私のおじいちゃんは、とても賢くて、すごく頼りになる人です。私はおじいちゃんのことを、心の底から尊敬しています』

『……未羽』

『ありがとう、おじいちゃん。…会いに来てくれて』

『み、未羽。未羽っ!』

『おじいちゃんったら。泣いたらだめでしょ。ほら、笑って』

『未羽、悪かった! 私のせいでお前は』

『もう』

 画面の未羽が呆れたように笑う。しばらくすると、画面に映っていない誰かが映像を止めた。


『……12月、29日。……今日も雪です』

 画面は外の雪景色を映している。映像から聞こえてくる声には張りがなく、合間合間に浅い呼吸が聞こえてくる。

『この間、雨宮先生と初めてのデートをしました。……はぁ、はぁ。……とても楽しかったです。最後にはプレゼントまで用意してくれて、すごくすごく嬉しかったです。……はぁ、はぁ』

 映像が変わることはない。外の風景から変わらず、ずっと同じ場所を映している。

『……はぁ、はぁ。どうやら、そろそろ終わりのようです。…雨宮先生との楽しかった時間も、終わってしまうと考えると。…少しだけ寂しい気がします』

 真っ白な雪景色が、さらに雪の色を濃くしていく。雪が降り、風が鳴る。その合間を縫って、未羽の辛そうな呼吸が聞こえてくる。

『……何にも穢されない本当の白。…誰も踏み入れることはできず、触れようとすれば一瞬で消えてしまう。私と雨宮先生の時間は、雪のように真っ白でした。…誰にも邪魔されず、ただ静かに雨宮先生のことを想っていました』

 しばらく黙った後、小さく呟くような声がした。

『……最後に、あなたのことを名前で呼びたい。それが、私のささやかな願いです』

 映像が暗転する。

 もうすぐ、終わる。

 ……終わってしまう。



『……1月、12日。……今は、夜です』

 真っ暗な画面の中、未羽の掠れた声がする。

『……もう、体が重くて。……はぁ、はぁ、……思うように動けません』

 がさがさと布擦れの音だけが聞こえてくる。

『……でも、……ぜんぜん、怖くありません。……だって、こうやって。……大好きな人の寝顔を、見ることができるから』

 浅い呼吸を繰り返しながら、未羽は小さな声で呟く。

『……雨宮先生。……もう、ちょっとです。……もう、ちょっとですから』

 やがて何の前触れもなく、画面は次の映像へと切り替わる。



『……がつ、……じゅ、……よんにち』

 映像が再開される。だが、映っているのは白い毛布だけで、あとは何も聞こえない。

 もぞもぞと毛布が動き、ベッドに寄りかかっている男にかけていく。

『……お疲れ様、でした。……紡人さん、貴方は最高のお医者さまでしたよ』

 聞き取るのがやっとのほどの声が映像から聞こえる。

『……私は、……本当に。……本当に、幸せでした。……心の底から、……大切だと思える人と、……最後の瞬間まで、……一緒にいられたから』

 映像が左右に揺れる。どうやら隣に眠っている雨宮に、白い毛布をかけているようだった。

『……だから、……これが私の、……最後のお願いです』

 声だけが聞こえる。

 今にも消えてしまいそうな声が、画面越しに聞こえてくる。

『……私と紡人さんのお墓を、……このダリオ宮に、作ってください。お願いします。これを見ている。……私たちの、いちばんの、ともだち―』

 最後に、願いをこめる。

『……榊、せんせ―』

 声が途切れた。

 何も聞こえない。

 寝息や身じろぎ一つない。

 画面は白い毛布を映したまま、メモリーが一杯になるまで映像を残し続けた。

 そして、メモリーカードの再生が終わった。


「……くっ、この野郎」

 朝日が上っていた。

 優しい日差しが、榊の涙に反射する。

「この野郎、この野郎、この野郎!」

 榊は両手で頭を抱えながら、泣いた。

 予想通りだった。

 見たら、ただ辛い思いしか残らない。

 そんなことはわかっていた。

 だけど、よかった。

 彼女の。いや、彼女達の最後の願いを聞き遂げることができた。

 ……本当に、よかった。

 榊は乱暴に涙を拭いながら立ち上がる。次々に溢れてくる涙を拭くこともせず、アパートの部屋を飛び出した。じっとなんてしていられなかった。愛車のランボルギーニに乗り込み、アクセルを勢いよく踏み込んだ。爆音を鳴らしながら走る車の中で、榊もまた獣のように泣いていた。



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