~2014年 1月10日~
~2015年 1月10日~
「……それじゃあ、榊先生と仲良くなったのは、そのケンカが始まりだったんだ」
「あぁ。俺の人生で最大の汚点だ」
雨宮はわざとらしく眉間を寄せながら答えた。そんな姿を見て、未羽がくすりと笑う。
「ふふっ。そんなことを言わないの。雨宮先生の友達でしょ」
「そう言われると返答に困るな」
雨宮は頭をかきながら、視線を窓の外に移す。しんしんと粉雪が舞い、白銀の世界をさらに白く染めようとしていた。
「……今日も雪だな」
「……そうだね」
未羽もベッドの上で、首だけ動かして外を見る。
「本当に真っ白。何にも穢されない本当の白。誰も踏み入れることはできず、触れようとすれば一瞬で消えてしまう。誰もいない雪原こそ、この世で最も美しいものなんだ」
「急にどうした?」
「ふふっ、良い詩でしょ。生まれ変わったら、詩人になろうかな」
未羽は視線を雨宮に戻すと、わずかに微笑んだ。
そんな彼女を見て、雨宮は口を開く。
「未羽。調子が良さそうだな。今日は顔色がいいぞ」
「ふふっ。雨宮先生ったら。本当に嘘が下手だね」
小さな笑顔を浮かべる未羽に、雨宮は何も言えなかった。
起きていられる時間が日に日に短くなっていた。脈も血圧も弱くなって、呼吸も浅くなっている。今度、眠ってしまったら目を覚まさないのではないのか。そんな不安が、雨宮の頭から離れない。
「……ねぇ、雨宮先生」
「なんだ?」
「雨宮先生は、春が来たら何がしたい?」
思わぬ問いに、雨宮は口を閉じてしまう。
春など、来ないのだ。
もう未羽にも雨宮にも、残された時間はわずかである。そんなこと未羽にもわかりきっているはずだ。
わかっていて、理解していて。それでもなお問いかける。自分の残された時間も、運命とも呼べる神様の気まぐれも、全て受け止めた上で未羽は微笑んでいる。
「そうだな。とりあえず暖かいところに行きたいな。ここは寒すぎる」
雨宮はこみ上げてくる感情や、内心の動揺に蓋をして、喉の奥から声を搾り出す。
「あはは。そうだね」
「それよりも、早く夏が来てほしい。この場所は冬は寒くて凍えそうだが、夏は涼しくて過ごしやすいからな。木漏れ日の下で、のんびり昼寝でもしていたい」
「あっ、いいね。夏が来たら、今度こそ花火大会に行こうよ。浴衣を着て、お面を買ったりしてさ」
「あぁ、いいんじゃないか」
「あとね、水族館にも行きたい。小さいころにおじいちゃんに連れて行ってもらったの。すごく綺麗だったから、よく覚えている」
「水族館もいいが、旅行もいいんじゃないか?」
「いいね。まだまだ行きたいところがたくさんあるんだ。……フランスのモン・サン・ミシュルに、ノルウェーのフィヨルドとか。……雨宮先生は、どこか行きたいところはないの?」
「俺は京都に行きたいな。大原の三千院には行ってみたかったんだ」
「……そ、そっか。日本も、いい、ね」
「未羽?」
突然、未羽の言葉が途切れた。目を閉じて、息を殺したように静まり返る。慌てて脈を確認すると、小さな鼓動がトクトクと音を立てている。
ほっ、と安堵しながら雨宮はため息をはく。
その瞬間、雨宮の意識も遠くなっていく。そのまま未羽のベッドにもたれかかるように、雨宮も眠りについた。
そろそろか、と消えゆく意識のなか思った。




