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~2014年 12月16日~

~2014年 12月16日~


 十二月も中頃になって、榛名山の雪景色も本格的なものになってきた。つい最近まで枯れ葉で埋め尽くされていた散歩道も、真っ白な雪原に変わっている。ダリオ宮の二階から眺める榛名湖も、一面に氷が張り、スケートかワカサギ釣りでもできそうな風景となっていた。

 雪が深くなることで、雨宮と未羽は散歩をすることができなくなった。一日のほとんどの時間を、他愛ない会話を楽しむ日々が続いた。時折、未羽が何かを探すように外を見つめるが、何をしていると問うてもただ曖昧に微笑むばかり。そんな未羽のことを、雨宮は気になっていた。

 今日は静かに本を読んでいる。雨宮がページをめくり、その横からベッドのから這い出るような格好で、未羽が顔を覗かしていた。今日はいつもに比べて、幾分顔色が良さそうだった。

「ねぇ、雨宮先生。何の本を読んでいるの?」

「ただの小説だ」

 雨宮は端的に答えて、読んでいる小説の背表紙を見せる。すると、未羽は目を丸くさせて意外そうな顔をした。

「それって、恋愛小説だよね?」

「あぁ。よくわかったな」

「わかるよ。だって、有名だもん」

 雨宮が読んでいたのは、秋頃に発売された恋愛小説だった。この間、前橋市内に行った帰りに本屋に立ち寄って、レジの前に平積みされていたものを購入してきたのだ。

「なんか不思議。雨宮先生が恋愛小説なんて」

「まぁな。俺も必要がなければ買うことはなかっただろう」

 ぱたん、と小説を閉じて本の内容を思い返す。その中身はごくありふれた恋愛の物語だった。怪我をした少女のために主人公が奮闘し、最後にプレゼントの指輪を渡してパッピーエンド。どこにでもある恋愛小説。雨宮は2回ほど読み返したところで、自分には不向きであると結論づけた。小説の主人公のように長々と会話を続けられることが、果てしなく不可能に感じたのだった。

「なぁ、未羽」

 雨宮が声をかけると、未羽は小首を傾げながら答える。

「うん。なに?」

 雨宮は用意しておいた言葉を口にしようとする。だが、いざ発しようとしたところで躊躇してしまう。一度、口を閉じて照れ隠しをするように頬をかきながら、それでも平然を装って言った。

「クリスマスにデートしないか?」

「え?」

 未羽は口を開いて間の抜けたような顔をする。

 だが、みるみる顔を赤くなり、耳まで真っ赤になった。

「な、な、な、なんで!?」

「いや、なんでと言われても」

 雨宮は頭をかきながら視線を外す。

「いつか言っていただろう。クリスマスにデートをしたいって」

「た、確かに言ったけど。でも、その―」

 未羽は顔を真っ赤に染めたままあたふたと慌てる。長い黒髪をいじりながら、ちらちらと雨宮のことを伺い、しまいには布団の中にもぐりこんでしまった。

「いいの?」

「何がだ?」

「その、デートなんかしても」

 もぞりと布団から顔半だけ出してくる。未羽の心配そうな目を見て、雨宮は努めて優しく答えた。

「あぁ、もちろんだ。どこか行きたい場所はあるか?」

 雨宮が問うと、未羽はもぞもぞと布団から這い出てくる。そして、両手を合わせながら満面の笑みを浮かべる

「え、えーとね。映画に行きたい」

「映画?」

「うん」

 雨宮が首を傾げていると、未羽は楽しそうにくすりと笑った。

「あとね、買い物がしたい。洋服を見たり、可愛いアクセサリーを探したり。あ、髪留めやシュシュも欲しいな」

 楽しそうに笑う未羽に対し、雨宮は少しばかり困惑したような表情をする。

「そんなの所でいいのか? もっと特別な場所でもいいんだぞ」

「いいの。特別じゃなくて」

 未羽は両手を軽く組みながら、雨宮のことを見つめる。

「普通のデートがいいの。雨宮先生と一緒に映画見たり、買い物したり。そんな普通なことがしたい」

「普通か」

 呟きながら雨宮はこれまでの生活を振り返る。確かに、これまで普通であったことはほとんどない。厳しい食事制限に始まり、度重なる入退院。しまいには運動制限まで課せられて、1人で好きなところに行くこともできなくなってしまった。

「そうだな。普通がいいな」

 雨宮は1人で頷くと、手に持った恋愛小説を棚の引き出しの奥にしまった。元より、未羽とのデートの参考にするつもりで買ったのだが、小説の主人公のように待合場所に花束を持っていくなど、雨宮には逆立ちしてもできそうにない。

「それじゃあ、高崎市のショッピングモールでも行くか。中には映画館もあるしな」

「うん!」

 未羽は本当に楽しそうに何度も頷いた。デートの当日はどんな服を着ていこうか。何時に出発しようか。そんなことを目を輝かせながら話かけてくる。

 雨宮は楽しそうに笑う未羽を見つめながら思う。彼女に残された時間は後どれくらいなのだろうか。自分が彼女のそばにいられる時間は、あとどれくらいなのか。生命の最前線で働いてきた雨宮にも検討さえつかなかった。

 だが、そんな問題はどうでもいい。

 些末といっても過言ではない。

 なぜなら、今この瞬間。自分は生きているのだから。

 生きて、彼女のそばにいられるのだ。

 それ以上に何が必要だというのか。

 痛み出した脇腹を押さえながら、それでも雨宮はいつものように淡々と言葉を交わす。冷や汗をかきながら歯を食いしばっても、顔色を一つも変えない。目の前の少女を心配させるくらいなら、これくらいの痛みくらいどうってことはない。こみ上げる咳と、口に広がる血の味と、かすんでいく視界の中で、雨宮は未羽に向けて静かに微笑んだ。

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