表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/47

《表紙》 プロローグ ~2016年 1月17日~

挿絵(By みてみん)

『彼女の命を見続けた、265日。(Illust:うなぎ)』



 2016年 1月17日


 男はまず、その白さに驚いた。

 見渡す限りの銀世界。舞うように降る雪が、見慣れた夜の風景を幻想的なものへと変えていく。

「……雪か」

 その男は白衣を揺らして、窓際へと歩み寄る。頭上の電光掲示板には『ICU』の文字が無機質に光っていた。

 深夜の病院。

 廊下には非常口の灯りだけがついていて、不気味に思えるほど薄暗い。

 それでも男の表情がはっきりと見えるのは、外からの明かりのせいだった。駐車場に並ぶ街灯の光が、薄く積もった雪に反射して、病院の中にまで届いていた。

「……そういえば、もうすぐ一年になるのか」

 男はさらさらと降る雪を見て、そっと目を細める。

 真っ白で。

 真っ直ぐで。

 純粋で。

 何にも穢されていなくて。

 触れただけで消えてしまいそうなほど儚くて。

 そんな彼女のことを思い出す。

「なぁ、本当にキミは幸せだったのかい?」

 問いかけに答えるものはいない。

 音もなく降り続ける雪を前にして、男は自嘲するような笑みを浮かべる。

 愚問だった。

 彼女に限って、その人生が不幸であるはずがなかった。

 幼い時から心臓が弱く、学校にも満足に通えず、成人を迎えてすぐに終わりを迎えた人生であっても。

 彼女は、幸せだった。

 幸せだったのだ。

 彼女以上に幸せな人間など、この世にはそうそう存在しない。

 そう断言できる。

「……次の休日に、墓参りにでも行くかな」

 感慨深く呟いた、その直後。

 ピピピッ、と耳障りな電子音が響いた。

 男は不機嫌そうに顔をしかめながら、白衣のポケットに手を入れる。そして、院内用のPHSを取り出して耳に当てた。

「……はい」

 短い通話の後、男は黙って踵を返す。そして、ICUの電光掲示板の下を潜っていった。

 遠くから、救急車のサイレンが鳴っている。

 そのサイレンが病院の駐車場で消えた直後、暗かった廊下に明かりがつく。

 男の夜は、まだまだ終わりそうになかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ