《表紙》 プロローグ ~2016年 1月17日~
『彼女の命を見続けた、265日。(Illust:うなぎ)』
2016年 1月17日
男はまず、その白さに驚いた。
見渡す限りの銀世界。舞うように降る雪が、見慣れた夜の風景を幻想的なものへと変えていく。
「……雪か」
その男は白衣を揺らして、窓際へと歩み寄る。頭上の電光掲示板には『ICU』の文字が無機質に光っていた。
深夜の病院。
廊下には非常口の灯りだけがついていて、不気味に思えるほど薄暗い。
それでも男の表情がはっきりと見えるのは、外からの明かりのせいだった。駐車場に並ぶ街灯の光が、薄く積もった雪に反射して、病院の中にまで届いていた。
「……そういえば、もうすぐ一年になるのか」
男はさらさらと降る雪を見て、そっと目を細める。
真っ白で。
真っ直ぐで。
純粋で。
何にも穢されていなくて。
触れただけで消えてしまいそうなほど儚くて。
そんな彼女のことを思い出す。
「なぁ、本当にキミは幸せだったのかい?」
問いかけに答えるものはいない。
音もなく降り続ける雪を前にして、男は自嘲するような笑みを浮かべる。
愚問だった。
彼女に限って、その人生が不幸であるはずがなかった。
幼い時から心臓が弱く、学校にも満足に通えず、成人を迎えてすぐに終わりを迎えた人生であっても。
彼女は、幸せだった。
幸せだったのだ。
彼女以上に幸せな人間など、この世にはそうそう存在しない。
そう断言できる。
「……次の休日に、墓参りにでも行くかな」
感慨深く呟いた、その直後。
ピピピッ、と耳障りな電子音が響いた。
男は不機嫌そうに顔をしかめながら、白衣のポケットに手を入れる。そして、院内用のPHSを取り出して耳に当てた。
「……はい」
短い通話の後、男は黙って踵を返す。そして、ICUの電光掲示板の下を潜っていった。
遠くから、救急車のサイレンが鳴っている。
そのサイレンが病院の駐車場で消えた直後、暗かった廊下に明かりがつく。
男の夜は、まだまだ終わりそうになかった。