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召使の独白

 私は、とある屋敷に仕える召使でした。

 幼い頃より決まっていた事で、お嬢様の身の回りの世話をする為に様々なことを学びました。覚えの良い方ではなかった私ですが、不意にお嬢様の世話を任されることになりました。

 未だ合格を貰えていないというのに良いのだろうか、と眉をひそめましたが、雇い主の意向ですので仕方ありません。ともかく、私は末のお嬢様専属の召使となりました。

 最初に、警告されました。先輩である召使や使用人たちにはともかく我慢しろ、また新しい召使が来れば変われる、とただただ不安を煽る言葉ばかり。余程の我儘わがままな娘なのか、彼女はかろんじられているようでした。

 私はなんというか、少々変わり者でしたので、むしろお嬢様に興味が湧くばかりでしたが。どのような方であろうと仕えなければならない以上、できる限りは楽しみたいものでしょう。

 そうして、少々の期待と好奇心と妄想に心を躍らせて、私はお嬢様と出会いました。といっても何があったというわけでもありません。先輩召使の後ろについていただけ。召使が一人増えたところで、わざわざ言うほどでもないですから。

 だから私がその感情に気が付いたのは、随分ずいぶん後のことでした。先輩召使は一人もいなくなり、気づけば私が最も最年長となっていた程です。

 私は、彼女に恋をしていました。




   *****




 足の悪い方でした。部屋から出ない所為せいか肌は白く、まるで死人のようでした。手足は細く、血が青々と透けて見えるようでした。いつも儚げな笑みを浮かべ、今にも消えそうな蝋燭ろうそくの火のようでした。

 ですが、愛おしかったのです。

 血の気のない唇で僅かばかりの食事をとり、召使の用意した本を読み、ただ無為に在るだけの少女。しかし人形という言葉で表すには、余りに痛々しい寂しさで溢れていました。

 羽の折れた小鳥。彼女はそれでした。小さなかご一羽ひとりきりで、さえずることさえも忘れた命。

 同情、だったのかもしれません。

 慈悲、のような何かもありました。

 しかし何時いつからか、私は本当に本当に彼女を愛してしまっていたのです。彼女の儚い笑みの為なら、私は自分の足だって切り落として彼女に捧げていたでしょう。それで彼女が走れるというなら、足でも首でもいくらでも。

 それでも、お伽噺とぎばなしのように魔法があるわけではありません。

 私にできるのは、ただ物語る(うたう)ことだけでした。

 吟遊詩人のように上手いわけではありません。しかし彼女の小さな籠を満たす程度には、私には言葉がありました。

 氷と風が戯れて作った樹氷の物語うたを。

 ぱりぱりと産声を上げ芽吹く木の芽の物語うたを。

 旅人に冴々(さえざえ)とした光で時と道を教える星の物語うた

 ぬるい雨の匂いと談笑する花々の物語うたを。

 小さな籠いっぱいに、私は世界を届けました。本で学んだ言葉と、少しばかりの経験。それだけでも生み出せるものです。

 私の物語うたを、彼女は毎日のように強請ねだりました。いつしか、彼女の部屋に会った書庫の本は忘れ去られ石のように動かなくなっていました。私は黙って書庫に戻しておきました。

 ここだけの話です、私は本に嫉妬すら覚えていましたので、これはかなり喜ばしいことでした。馬鹿なことだとお思いかもしれませんが、しかし好きな人が好きだという物なんて、同じように好きになるか酷く忌み嫌うかのどちらかでしょう。それが後者だっただけです。

 いつまでも続くのだと思っておりました。勿論もちろん、現実にそんなことはあり得ないのですが。私の勤務は雇い主の意向でいつ変わるとも知れないのですから。しかし彼女を愛したこの時間は、私の記憶にある限り永遠なのですから。

 現実は、それすら許しはしませんでしたが。

 彼女が、恋をしました。




   *****




 美しい笑顔でした。彼のことを語る唇は赤く色づき、想い描く目は煌めいていました。凍っていた時間が音を立てて崩れ、流れ出したようでした。彼女の言葉が溢れ、想いが溢れ、息もできないほど私を包み込みました。

 彼女の言葉の前で、私の今まで捧げてきた物語うたは単なる硝子がらす細工にすぎませんでした。本物の宝石の前で虚勢を張る、大量生産の硝子がらす。割れるのは、一瞬でした。

 彼女はもはや、羽の折れた小鳥ではありませんでした。

 小鳥は自らの足で籠の外を知り、空の高みへと導く存在と出会いました。

 彼が如何程いかほどの人物であるのか、私は知りません。ですが彼女が大切に使う杖を見れば、ある程度察することはできます。彼は彼女が背負う物を知った上で、彼女に外の世界を見せたのです。本物の世界へと導き、美しさを教えたのです。籠の中に世界の偽物を届けていた私とは真逆に。

 ふと、思いついたように。彼女は物語うた強請ねだりました。久しぶりに聞きたいわ、と何もかもが記憶と重ならない声で、錆びた記憶と同じように彼女は目を閉じました。その無防備で、自然体の姿に、私はあぁ、と気が付きました。気が付いてしまいました。

 私が恋をしたのは『彼女』ではない。幸福を頬張り、太陽のように激しく輝く『彼女』ではない。


 私は、『私よりも可哀そうな不幸な女の子』を愛していたのです。


 私の愛したあの子は、もうどこにもいませんでした。


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