状況整理➀
この世界の部屋は朝だろうと基本的に暗い、窓にはガラスではなく木製の戸がはめられているせいだ、真っ暗だが外から鳥の鳴き声(囀りというべきか)が聞こえてくることから、翌朝だろう。
日記をつける習慣はないが、珍しいことのオンパレードだったので日記を書こうと寝転がったままタブレットの電源を入れる。
昨日「課長になるぞ」と、課長から話を受けて会社の屋上にあるベンチで気絶したのか、死亡したのかわからないが突然胸が痛くなって気が付いたら草叢にいた。
この手の小説を実はインターネットで読むよりも先に読んでいたことがある。
昔からよくあるジャンルなのかわからないが、『A君』という17歳が魔王となって人族至上主義者と戦争を行う小説を読んだ事があったので、納得という文字がすとんと胸の中におちてきた感じで、理解した。
それからタブレットを取り出して(これも無意識だったがスキルを使っていたのだ)、魔法と剣の技術を覚えて魔法で遊んでいたが、遊ぶのも疲れたので、適当に草叢を歩いていると物騒な音と声が聞こえて来る。
そこにはゴブリンが居た。
なんやかんやでゴブリンを倒して気絶したんだが、目覚めていきなりオークと間違われた。
そこで助けたルードとマリーに説明して信じてもらって、村(たしかジィマリッハ村)まで案内してもらうことになったのだ。
道中でルードとマリーがここに居た理由を聞いたんだったな。
マンドレイク?マンドラゴラだったか、そんな名前だったな、ファンタジー植物だ。それの鳴き声を聞いて病気になった父さんを癒す薬草を探しに来たということだったが、見つからず村へ帰ることになったんだ。
それで、村までついたのはいいが村の兵士?にまたしてもオークと間違われて襲われたものの、これもまた撃退。
しかし気絶してしまう。通算3度目だ。
その後目覚めたらルードの家で、寝ていた顔色の悪い人(ルードの親父さんでババルさんというらしい)に解毒と解呪をかけたところ、どうやら病気は治ったようで、それを伝えるとエラさん(とても美人な人でルードの母さんらしい)、ルードとマリーの3人がババルさんに抱き着き大泣きして、目覚めたババルさんが家族の頭や背中をなでたりしているのをみるとほっこりした。
その後、ババルさんは大事を取ってそのまま休んでもらい、俺は3人にせがまれるようにして一緒に食事をしたんだ。
腹が減っていたのでとてもうれしかったが、とても薄味だったので、味が全然感じられなくて味塩胡椒を取り出して振りかけて食べたんだ、それを真似したルードが胡椒でむせたりして面白かった、マリーも真似したそうだったがエラさんに止められていた。
そして、ふと『自分の娘と嫁』はどうしているんだろうと思ったんだ。
よくわからないままここに来たが、俺は『あちらの世界』ではどうなったんだろう。肉体丸ごと転移してきたのか、それとも俺は複製なのか、全くわからない。
できるなら、複製でそれでだめなら、あちらの世界で死んでいてほしいと思う。
会社で死んだのならそれなりにお金も出るだろうし、俺は生命保険も結構多く入っていた、だから金銭面では大丈夫だろう。
…一番嫌なのは肉体丸ごと転移した場合だ、仕事の途中どこかに抜け出したなんてことになったら最悪だ。
生命保険が降りるまで時間もかかるだろう、いつかあちらに戻れたとしてこちらで過ごした日々と同じ時間があちらでも流れていては、いいことなんて何一つ、無い。
嫁と娘を放り出すようで、責任感のまったくない思考だが、俺は、あちらの世界の俺に死んでいてほしかった。
などとぼけっと考えていたら、すでに食べ終わったマリーが不安気にこちらを見ていた。「なんでもないよ」俺がそういってマリーの頭を撫でると照れたのか子供部屋に入ってしまう。
エラさんから家に泊まってはどうかと言われたが、俺は断って宿屋辺りに泊まりたいと告げた、そうするとエラさんは俺を連れて宿屋まで来てくれた、「一人にしてオークとまた間違われてもこまりますから」と笑いながら言ったエラさんを見たルードが「母さんの笑った顔久々にみたよ」というのを聞いて、なんでこの世界にいるのかわからないが、一つ位はいいことができたようだと、一人心の中でガッツポーズをしていた。
エラさんに連れられて宿屋に入る、1Fは食堂を兼ねているようだがこの時間にはもうあまり人はいないらしい、時計を見ると22時を過ぎたあたりだったが、この世界は寝るのがかなり早いのかもしれない。
その宿屋には背の低く筋肉質で髭もじゃな人がいた、俺はドワーフだろうとあたりをつけると、ドワーフのおっちゃんは俺をみてぎょっ、とした顔をしたがうまくエラさんが伝えてくれて宿泊は可能となった。
支払はエラさんがしてくれた、ドワーフの店主は「1泊15銅貨だよ」と言っていた、お金についても確認する必要があるな。
その後店主に2階の一番奥の一人部屋に案内されて、ベッドに寝転びタブレットを確認したんだったな。
タブレットをみてわかったことだがどうやら解毒と解呪を同時に使用すると病気が治せる?ようだ、タブレットを確認したところ魔法使い、治病魔法という項目が増えていた。
ここで自分の勘違いに気付いたのだが、"雷魔法"だの"解毒魔法"だの俺は叫んでいたが、本来は"雷魔術"と"解毒方術"で魔法は治病魔法だけだった。
スキルレベルは魔法使いと治病魔法の項目が増えてLvが1になっている。
その後もタブレットを見ていたら…、そこら辺で記憶がない寝てしまったんだろう、タブレットにそこまで記入してメモ機能で保存をする。
俺はタブレットの懐中電灯アプリを使ってライトを付けて、窓の位置を確認し木戸を開く、外の様子が見えるがなんというか、マジで中世ってこんな感じだろうなって感じだった。基本的にどの建物も木製の2階建て~3階建てに見える、道をみると幾人かはすでに歩き回っていた、腰に剣を差していることから冒険者かまたは昨日のような守人だろう。
それにしてもすがすがしい朝だ。希望の朝かはわからんが。
明るくなった室内はとても狭く水場がない。
あちらの世界でのビジネスホテルという感じなのだが、水道が通っていないのだろう。
一度タブレットをベッドにおいて消えろと念じる。するとタブレットは消えた。
再度タブレット出ろー、と念じるとタブレットが現れ保存したメモもそのままということを確認し、再度消す。
その後、タオル2枚・コップ・洗面器・歯磨き粉・歯ブラシ・髭剃り(朝セット)をスキルで取り出し水魔法で洗面器に水を汲み入れて顔を洗い、1枚のタオルを濡らして体を拭いたら、歯磨きを行う。
ああ、この世界にきて歯磨きができるなんて幸せだとしみじみ思いながら歯磨きをして髭剃りをして、準備を終える。
シャンプーも取り出せたのでとりあえずシャンプーもしておいたが、水で泡を流すには洗面器では足りなくなったので途中ででかいタライを取り出して神に祈るような感じで床に膝をついて髪を洗った。
タライは、赤ん坊のころの娘を洗っていたタライだった。
その後、窓からずっと外を眺めていた、人通りが結構増えてきて時折獣耳が付いている人や、完全にエルフ!と思える人をみて興奮していた。
そういう風にぼーっとしていたのだが、ドアが強く叩かれ音が響く。
慌てて扉を開くと店主が立っていた。
短く「メシと、チェックアウトだ」と言うと店主はさっさと下に降りてしまう。
慌ててスキルで取り出した道具類を消して下に降りると、店主が「これから来る客はオークじゃねえ、人間だ」と食堂で叫んでいた。
愛想笑いをしながら1階の食堂に降りると、当たり前だがかなり注目されていた。
気まずい空気の中、店主に促されてカウンターに座ると、店主が小さく「わん」といった。
「わん?」
「なんだ、椀だ、器だ持ってないのか」
俺はいま何も手に持ってないで降りてきたんだが、どこかに見えますかね。
とはいわなかった、あたりを見回すと、汁物を食べている人がいる。
スキルを使って椀をとりだすと、インスタントラーメンを入れる程度の大きさのプラスチック製品が出てきた。
店主に渡すと「いやにかるいし、薄いな」と言った後に「うちはスープは無料だがパンが食いたきゃ有料だ」と告げてくる。
「い、いや。お金ないんでパンはいいです」
「そうか、スープのおかわりは禁止だぞ」
と俺の体をじろっとみてそれだけいうと奥に下がって行った。
それから出てきたスープは、超激薄スープの中に小麦粉の塊がはいった、すいとんや団子汁のようなものだった。
あまりの薄さに、注目されていることも忘れて一味唐辛子を取り出してふりかけて食べる。あまりかわらない気もしたが、唐辛子の味がついてなんとなくうまいような…、と思っていると「今、何かけたん?」と誰かに話しかけられた。
見てみると猫耳が付いた男が立っていた。
なんで、この場面で男なんだろう、というかこの店の看板娘はいないのかなんて思わなくもなかったが、「一味唐辛子です、辛いですよ」と教えてやった。
黒い髪の毛で、顔は人と同じしかし耳は頭に猫のような耳が付いている。
「辛い?すこし食べてもいい?」と手を出しながら言われたので、猫に唐辛子ってよかったっけなと思いつつ、手の腕に少し振りかけてあげた。
手のひらはほんの少しふっくらとしていた、もしかしたら肉球なのかななんて思っていると「ぎゃひっ!」と猫耳男が叫んで、自分の席に戻って行った。
水を煽っているのを見ると辛かったようだ、からかったわけではないがなんだか申し訳ない気がしてくる。とりあえず申し訳なさそうな顔をして「大丈夫かい」とだけ告げると、同じ席に座っていた犬耳が「大丈夫だ気にするなと言ってきたので、とりあえずスープをすべて飲み干して、食事を終えることとした。
食堂はかなりうるさく、ゆっくりもできないなと思った俺はそのままチェックアウトということで、店の外に出る。
空がきれいだなと、ぼうっと眺めていると
「スプーキー!」
ルードの声が聞こえる、俺はそちらを振り向いた。