魔法には名前があった方がいい。
なんだなんだ、と野次馬根性を発揮して声のした方に向かう。
そうすると徐々にゲヒヒ、ギヒヒ、ギャーという声と、バタバタ忙しそうに動き回る音が聞こえてくる。
「下がっているんだマリー!兄ちゃんの前に絶対出るなよ!」
と姿が見えないがかっこいいセリフが聞こえてくる。
…イベントか?などと思いながら草をかき分け進んでいき、自分の背丈よりも大きな草を倒して顔をのぞかせる。
「くそっ、新手!ぎゃッ」
俺が顔を出すと金髪の少年は俺に気を取られたのか、背が低く肌が濃い緑色の奴(多分ゴブリン)に後ろから襲われてしまった。
後頭部を棍棒のようなもので強打したためか少年は襲われたままの勢いで倒れこみ、ピクリとも動かない。
倒れて動かない少年の頭をゴブリンが踏みつけた。
そのゴブリンが一際大きな声を上げると、周りから若干色素の薄い数匹のゴブリンが草をかき分け現れた。
「…」
俺はその光景をみて動きを止めてしまった。
殴られた子供を見た瞬間飛び出そうと思ったが、相手は小さいとはいえ最初にいた奴と合わせて6匹もいる、勝てる気がしない。
ぶるり、と震える。
それに合わせたように俺がいる場所に風が吹き、草を揺らして音を立てる。
ゴブリン達は一斉に俺をみた。
俺を見て、濃い緑色の奴が一瞬びくっとしたが、俺が動けないでいるのを見るなり手に持っていた棍棒を投げてくる。
「うわっ!」
飛んできた棍棒を屈んで避けた、その瞬間違和感があった。
「ギャッギャ!!」
ゴブリンは雄叫びのようなものを再度上げた、これ以上集まってきたら逃げることもできなくなってしまう、俺はそう判断して踵を返すて走り出そうとしたが、先ほども聞こえた女性の悲鳴が聞こえてしまった。
振り向くと、少年よりさらに小さくゴブリンよりも小さい。
うちの娘と同じくらいの背丈の女の子がゴブリンに襲われかけていた。
それは、考えて動いたわけではなかった、だけど勝手に動いてしまった。
俺は、女の子に襲い掛かったゴブリンに向かって突っ込むと左足を大きく踏み込み、右足でゴブリンを蹴り上げた。
「ブギャッ」と小さな悲鳴を上げ、ゴブリンは5mほど吹っ飛んでいった。
ごろごろと転がりそのまま立ち上がってこない。
青い血を吐き出し倒れたままだ、まさか殺せてしまったのかと思っている間もなく、俺に横から槍が付きこまれる。
どうして気付けたのだろう、その槍を躱し俺は「水魔法!」と叫んだ。
50cm程の水球が現れ、俺を襲ってきたゴブリンの頭に直撃する。
一撃では耐えられてしまった、即座に二発目をぶち込む。
二発目が命中しその光景は、昔youtubeでみたスイカを銃で撃ってみた映像とよく似ていた。
とてつもない汚臭と、あたりに飛び散ったゴブリンの頭部が俺の吐き気に直撃する。
食事をしたのは12時頃だ、胃の内容物はもうないだろうが、胃液がこみ上げてくる。
吐き出そうと屈んだ俺に、別のゴブリンが襲い掛かってくる。
ゴブリンの動きがひどく緩慢に見え、俺はつぶれるゴブリンが見えないように手を翳して叫ぶ。
「水魔法!水魔法!水魔法!」
さっきまで1発を小まめに調整して複数の弾を出す練習を、したりしていたが今の俺にそんな余裕はなかった。
寄ってきたゴブリンに最大の水魔法を連射する、確認とロックが連動し、逃げようとするゴブリンの背中にも水球が撃ち込まれる。
ほんの1分もしないうちに、草原はゴブリンの血と俺の魔法で作った水で足元はぬかるんでいた。
「…ハア!ハア…!」
MPは、まだ残っているのか、タブレットを確認する、まだ20ほど残っていた。
頭がガンガンと痛むが、倒れるほどではない。
後ろを見ると、少女が怯える瞳でこちらを見上げていた、「ああ、そうだな…そりゃあ、そうだ」小さくつぶやくと俺は少女から離れる。
行き成り現れて動物を吹き飛ばし続けたらそんな目で見られても仕方がないよな。
ゴブリンはもういない、俺は少年に近づき状態を確かめる。
しかしよくある鑑定のようなスキルがない俺には流石に彼のHPなんか見ることはできないようだ。
後頭部に大きな傷跡があり、そこから血が出ていた。
俺は、方術士の魔法を試してみることにした。
「…せめて名前がついていれば、使いやすいのにな。"癒し"」
手のひらから光が溢れ、きっとこれを少年の頭につければいいのだろうと思った。
頭部の裂傷から肉が盛り上がり、血が止まる。
「…これで、多分。大丈夫か」
全てのポイントを振り切るんじゃなくて少しくらいポイントを残しておけばよかった、そんな後悔が頭を過る。
さらに頭痛は激しくなり、俺は深く目を閉じた。