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さいしょにあるもの

作者: 月城ゆえ

登場人物は男と女のみ。

書庫にも似た地下室で交わされる、色気皆無の会話たちです。

 

 石造りの地下室。一般的な家の一室よりも少し広めのその場所は、本と、埃と、静寂でできていた。


 入り口近くに、これまた石でできた手術台のような寝台のようなものがあることを除けば、書庫といっても過言ではない。

 なにせ、造りつけられた本棚は天井まで届いており、倒れる心配がないかわりに威圧感はすさまじい。そのうえ本棚にはぎっしりと本が詰まっているのだからなおさらである。


 中央と両端に歩くための隙間を残し、左右に一つずつの本棚が五列。それはもはや書架というよりも壁のようだ。


「セシル、いるー?」


 唐突に扉が開き、女が入ってくる。入ってすぐ部屋の暗さに顔をしかめ、返事もないのに階段を下りる。足取りに迷いはない。どうやら、ここにくるのは初めてではないようだ。


 そのままずんずんと奥へと進み、本棚の向こうにあるスペースへと足を踏み入れた。


「やっぱりいるんじゃない。返事くらいしなさいよ」


 腰に手を当て、やや呆れ顔で言い放った先には、白衣を着た男が机の上に突っ伏していた。


 女が机上のランプに火を入れると、気がついた男がのっそりと身を起こす。


「おはよう」


 声をかけ、散らばった羊皮紙や冊子の整理に取り掛かった女に、男はこれといった反応もせずしばらくぼんやりとアイスブルーの双眸を真正面に向けていたが、


「……あ、それはそのまま」


 女の手が書きかけの一枚にかかると、ようやっと言葉を口にした。その様子に女があきれ返る。


「起きてひとこと目がそれってどうなのよ」


「あぁ……すまない。おはよう、エルザ」


 緩慢な動作で男が女を引き寄せる。頬に挨拶のキスをされると、女の機嫌は少しだけ直ったらしかった。


 口元を可愛らしく曲げながら、先程までよりも険のない言い方で不満を零す。


「まったくもう。また意識なくなるまで書き物してたんでしょ。そんなんじゃ、そのうちまた倒れちゃうわよ」


 するりと猫のように膝上に乗ってきた彼女に苦笑しつつ、その温もりのある体で暖を取るように女を抱え込んだ男は、ついと机の上の一枚に視線を落とす。


「気をつけるよ」


「またそんな嘘いって。……今度は何を書いてたの?」


 つられる様に男と同じ場所を見た女だが、そこに書いてあることはさっぱりわからないようだった。

 それも当然だ。なにせ、女は字が読めない。


「あぁ、今まで調べたこととか考えたことなんかをまとめておこうと思って」


「ふうん? 魔術とかの?」


 男の職業がそんなものなのか、書いてあることの内容を大雑把に把握した女は、一度男を見上げてからもう一度羊皮紙を見下ろす。


 不自然なあたりで途切れているそれを眺め、小首を傾げた。


「なんか、詰まった?」


 言わずとも知られてしまった男は頬を掻いた。


「詰まった」


「どこで? というか、どんなところで?」


「最初も最初。……さいしょにあるものは、魔力なのか? 属性要素か? それとも別の何かか?


 それがわからなくなった」


 聞いた女はきょとんとした。


「それは、魔法……魔術を使う上で、ってこと?」


「そう。何かが最初にあって世界や私たちを構築し、その力を行使するのが魔術だとするならば、最初には必ず何かがあるはずだろう」


 それがなんなのかがわからない、と。男はそういって、考え込むように顔を顰める。


「魔力だとするならば、それだけで物質は構成できない。属性要素だけでは成り立たない。両方なのか? しかし、それは何から生まれたんだ?」


 ブツブツと思考をだだ漏らす男の眉間に、女が人差し指を当てる。


「皺よってる」


「皺くらいいい」


「跡つくわよ?」


「どうでもいい」


「私たちでしょ」


「は?」


 やり取りの最後、全く関係のない言葉に男が目を瞠る。腕の中の女を見て問いかける。


「何が、私たちなんだ?」


「さいしょにあるもの」


「どうして」


「だってそうじゃない。使う人がいなかったら、それを「そう」だと認識する人がいなかったら、何もかもが始まらないでしょ」


「………………」


 考え込む男。しばらくして、沈黙は歓声に破られた。


「そうか! それもそうだ! さすがはエルザだな!」


 間近で聞こえた大声に首をすくめる女をぎゅうぎゅう抱きしめ、その首筋にキスの雨を降らせた男は、それが終わるとぽいっと女を床に落とした。

 そうっと降ろしたつもりらしかったが、焦りと喜びで手元が狂ったようだ。


 突然のことにバランスをとれなかった女が尻餅をつく。


「いッ……たた……もー……」


 自分のことにはお構いなしでペンを走らせる男を見て、女は呆れの混じる笑みを浮かべる。


 没頭する男の瞳は知らないことを発見した少年のようで、女はそのキラキラ光るアイスブルーを隣で眺めるのが好きなのだった。


 立ち上がり埃を軽く払うと、壁際に置いてあった椅子を手繰り寄せる。

 それに腰掛けた女は、男が気がつくその時まで、飽くことなくその横顔を眺め続けるのだった。



 石造りの地下室。薄暗い室内でのそれは、


 きっと、古い、誰かの記憶と記録。




 * * *


 ――中略


 さいしょにあるものは、使用者である。


 力も、属性も、なにもかもを認識し、使うものである。


 願わくば、正しきことに力が使われんことを。



 第一巻一章:はじめに より抜粋。


 * * *




※作中の理論・推論は作者の創作であり、第三者に強要するものではありません。

 また、「これはこうだからこうじゃないとダメだろう!」というツッコミはご遠慮ください。

 しかし、作者はそんな熱い議論も嫌いではありませんので、どうしてもという方はメッセージにお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短いですが、面白かったです!
[良い点] 「我想う。故に我在り」っすねぇ。
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