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翌日、いつも以上に晴れやかな気分でバイトに出たオレを、店長が昨日のニヤニヤ顔で迎え入れた。
ああ、この人はこうなることを分かってたんだろうなと思った。昨日外にショウがいることも知ってたんだろ。
何やかんや言われる前に自分から、友達になったと言っておく。……あれ、友達、でいいんだよな? 勝手に友達宣言してるけど。
「やっぱり言った通りでしたね」
「まあ、はい」
店長はやっぱり子どもにむけるような安心の微笑み。なんだかんだ三年間ずっとオレを見てきたわけだから、一夜にして友達を作ったオレのことを嬉しいと思ってくれてるんだろう。
ありがとうございます、と何か分からないけどとにかくお礼する。
ちなみに今日は日曜日、学校も休みなのでオレは朝から出ている。いつも通りだったらショウが来るのは夕方だ。
夕方、オレの上がる時間だからちょうど良かったら遊びにでも誘ってみようかな? あ、でも取り巻きいたら正直怖いからヤダ。一人で来たら、ちょっとだけ、話さない?とか。ショウの本性を知った今ではもう、仲良くなることしか考えていなかった。
さて、それまで頑張るかな、と品だしを始めようとしたとき、自動ドアがスッと開いた。
「いらっしゃいませ……あれ?」
「……ゆーた」
ちょうど自動ドアのすぐ側で品だししていたので、入ってきた人物とすぐ目があった。まず疑問の声が出たのは、いつもショウが来る時間にしては早いから。そして、格好が学ランではなかったからだ。
上下洒落たスウェットに、セットされていない降りた髪の毛。見るからに家で過ごすスタイルっぽい。しかしそれがまた普段とのギャップで幼く見えるというか。
「ショウ? おまえ、今日どうしたんだ?」
「すぐ会えると思って……」
会えるって、オレに?
ショウはいつもと同じように気怠げにポケットに手を入れたまま、オレに近寄ってくる。眠そうに体を揺らしながら、オレの手元を見る。雑誌、と言うと、そうか、と返ってきた。
いや……なんかいつもと立場とか思いとか、いろいろ違うわけで、妙にぎこちない。
「家、近いの?」
「歩いて一分」
「……すぐそこじゃねえか」
知らなかった。てっきり学校が近いから帰りに寄ってるとばかり。聞くに、今までもう一つ別のコンビニを愛用していたらしい。ただ、一度誤って商品をぶちまけてしまってから通いづらくなったとのこと。
なにその情けねえ理由、ちょー賛同。
「だから昨日も待ち伏せできてたってわけね。あんな夜にわざわざ遠くから来るわけねえもんなー」
そう言ってショウに背中を向ける。引き続き自分の仕事に戻るべく手元に目をやるも、ショウは側を離れない。視線を感じる。
あー、もう、何かあるなら口で言ってくれ。
同じ仲間として、少し先輩として、これは一つ話をしておかねばならんな。ショウ、と顔を上げると、すぐそこに整った顔が迫っていた。
「ぎゃひっ!?」
いきなりのことでビックリ。変な声出た。しかし、身長差もあり上から威圧的にすごまれているとなると、心臓が破裂してしまってもおかしくない。
「……驚かせんなよ、ちょっとどいて」
位置的には、後ろに雑誌棚。そこに手を付いて前から迫るショウ。こうして逃げ場の無い状況を作られると、小心者としてはかなり心細い。
腕に手を置いて引き離そうとするも、びくともしない。今更怒ったんじゃないだろうな……。先輩風吹かせておいてなんだけど、やっぱビビる。
「ゆーた……」
しかし飛んでくると思った怒号は無く、それどころか切なげな吐息が頬を撫でていく。さらに近くなった距離は、オレの背中を反らせ逃げ場を求めて顔が横を向く。
ちらりと見えた、潤んだ瞳と半開きの唇。どこをどうとっても完璧でいて麗しい。……なんで、そんな色気だだもれ。
声も上げられずひたすら顔を背けていると、カウンターにいる店長と目があった。なんでそんな顔赤くしてんの!?
全く想像だにしない展開に、オレの脳内も混乱を極める。つーかこれ、公衆の面前! しかも雑誌コーナーは窓越しだから外からも丸見えだし!
待て待て、男だろうが女だろうがこうして密着しているところを晒されて平然としていられるわけがない。ショウもそうだろう!
カカーッと顔が熱くなって、喉から絞り出すようにやめろと叫んだ。叫んだつもりだけど、かすれて囁きになってしまって。
瞬間、我を取り戻したみたいにショウがオレから離れた。オレもはーっと息をついてすぐにショウから距離を取る。
「な、なんか変なこと企んでないよな? あ、ちょっとまって、それ以上近寄るな……!」
「わ、悪い」
「だだだ大体、おまえ、突発的な行動多すぎ! もうちょっと考えろ!」
「そ、そうだな」
自分でも変なことをやらかしたというのは分かったらしい、やけに素直だ。最初はオレを見ていたけど、しばらくして自身の両手を見つめ深くため息を付いていた。
人に菓子を投げつけてみたり、いきなり迫ってみたり、自分でも気付かぬうちにとんでもないことをしでかしてしまうたちらしい。
やっぱ、オレとはちょっと違うタイプかも……。
「ショウさーん」
青ざめていると、新たなお客様が店内に入ってきた。ショウの取り巻きだ。あれ以来かなりインネンつけて絡まれるので、ショウ以上に苦手……って、なんで、コイツまで早くから来るんだよ!
「ショウさんの家に行ったら、兄貴さんがここだって。昨日夜連絡が取れなかったから心配した……ああ?」
コッソリと見つからないようにでかいショウの背中に隠れた、つもりだったけど、すぐに見つかったようでずずいっとのぞき込まれた。何もしてないけど謝りたくなる衝動に駆られる真の小心者、オレ。
「ショウさん、何してんですか?」
「ああ、おまえ、先行ってろ」
「ショウさんは?」
「……あとで」
オレをチラッと見下ろしたあと、そうとだけ言う。いぶかしみつつ取り巻きは出ていったが、オレたちは動かないまま。
オレと同類に見えても、へたれに見えても、ショウは不良だ。分かっていたはずだけど、こうして取り巻きとのやりとりを見てると自分が入り込めない世界に気付いてきゅうと首が埋まる。
「ゆうた」
「はいっ?」
「……怖がり」
「いや待て! そうだけど、おまえにそう言われるとなんか不本意! だってしょうがないじゃん、オレ、友達できないくらい人付き合い下手なんだからな」
あ、言っちゃった。
すると、ショウは何故か優しく頬を緩ませて心底嬉しそうに微笑んだ。目を細め、薄い唇は綺麗な弧を描いている。ふと首を動かした反動で長めの前髪がサラリと揺れた。
まるで、愛おしいものでも見るみたいな、そんな慈しみの表情。
「俺も。こうして話せるの、お前だけだ」
甘く囁いて、ショウはオレの頭を優しくひとなでした。しばらくそのまま見つめられていたが、オレがポカンとしているのに気付いたのか、きゅっと表情を引き締めすぐに背中を向けてしまった。
「じゃあな」
何も言い返せないまま、ショウの背中を見送った。無意識に見つめていたのか、窓越しにもう一度目が合って、慌てて逸らす。
うわー、なんだこれ、友情ってこんなに甘酸っぱいものだったか。高校以来久しぶりの感情に結構戸惑う。
ぷるぷると頭を振っていると、近くに店長が来ていた。オレの肩にポンと手をおき、なぜかしたり顔でウンウンと頷いている。
なんなんですか。
オレにも分からないことを、店長はきっと気付いたに違いない。
「ほんと、良かったね、鈴木くん」
「何がですか……」
「そして、さすがコンビニサトー!」
グッドサインを出されて、結局無視した。
出会いが何だったにしろ、オレがどんな人生だったにしろ、おそらく明日からは今までと違う生活が待っているに違いない。
そんな予感がする。