表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

第八話  雲間の月



(この人が・・・)


 扉は、玄関の扉だった。ここからすぐ外に出られるのかと、こっそり記憶に刻む。

 ロシルは、一言で言えば鷹の様な雰囲気を纏っていた。短い髪や目の色が焦げ茶だったし、羽織っていた黒い外套や、鋭い目つきがそう思わせたのかも知れない。

「・・・・・・」

 ロシルは入ってくるなりレイリアに目を留め、じっと眺めてくる。

(な、何・・・?)

 戸惑っている間にすたすたと歩み寄り、横から、後ろから、また横から眺められる。

(な・・・何・・・?)

 困りきってロシルを見ていると、すっと顔を首元に寄せられた。

(ななな何!?)

「・・・やっぱり、良い匂いがする。」


「え!?」


 驚くレイリアを無視して今度はリリィの耳元に顔を寄せた。リリィは完全に無視だ。

「・・・・・・」

 何も言わずにまたレイリアのところへ戻ってきた。身を強ばらせるレイリアを眺め、不思議そうに首を傾げてレイリアの隣に腰をおろした。

(ええっ!?何!?)

 思わず助けを求めてセーヴィアスに視線を移すと、笑っていた。

「あ、あの・・・」

 笑ってないで助けて欲しい。

「ロシル。まずは外套を脱いでかけなさい。それから、妙齢の女性にそう近づくものじゃないよ。」

「・・・そうか。」

 分かったような分かっていない様な。ロシルは頷いて、言われた通りに外套を脱いでハンガーにかけた。そして改めてレイリアの隣に座り、もくもくと食べ始めた。

 その様子を唖然と見ていたレイリアに、セーヴィアスは苦笑して言った。

「不躾ですまないね。彼は獣族で、人と関わりを持つ事にあまり興味がないんだ。だから、いくら教えても紳士には程遠い。」


「獣族・・・!?」


 驚いて言葉が零れた。それに、セーヴィアスは特に反応せずに答える。

「そう。バルクス家にも獣族がいるんだってね?ロシルが言っていたよ。」

 あまりの事に、何も言えずにロシルを見つめてしまった。気付いたロシルが目を合わせる。無言で見つめてくる様子が、寝起きのガイアスを思わせた。

(そう言えば・・・私を連れて来たのはロシルだって、リリィが言ってた・・・。じゃあ、あの時現れたのはロシルだったんだ。)

「・・・貴方は、どうして彼を・・・?」

 問いかけると、セーヴィアスは少し悲しそうに笑った。

「・・・三年前に獣族殲滅せんめつの命があったのは知っているよね。」

「はい・・・」

「彼は死にかけてた。命からがら逃げたんだろう。僕は幸運にも彼と出会って、彼は一命を取り留めた。以来、一緒にいるんだよ。」

「・・・・・・」


(じゃあこの人は・・・ヴィトの仲間なんだ・・・)


 生き残りはヴィトだけだと聞いていた。けれど、ここにもう一人いたのだ。感慨深くロシルを見ていると、また視線に気付いたロシルと目が合った。ロシルは少し視線を泳がせた後、おもむろにフォークに差した肉をレイリアの口に突っ込んだ。


「むっ!?」


 慌てて顔を引いたものの、肉はフォークを滑り落ちて口に残った。そのままロシルは見つめてくる。

(も、もしかして・・・欲しがってると思われた・・・?)

 一向に咀嚼そしゃくしないレイリアを見て、ロシルは首を傾げた。

「食べないのか。」

「・・・・・・」

(は、恥ずかしい・・・!)

 この歳になって人から食べさせてもらうだなんて、恥ずかし過ぎる。

「要らないなら・・・」

 言いながら動きかけたロシルを、セーヴィアスが制した。

「待ったロシル。レイリアは食べるから、その必要はないよ。」

(えっ、何・・・?)

「そうなのか?」

 再びじっと見られる。よく分からずに動けないでいるレイリアに、セーヴィアスは真剣な顔で言った。


「レイリア。食べないと“口で”取られるよ。」


(口で・・・・・・?・・・どうやっ・・・あ!)

 理解した途端、かあぁっと体中が熱くなった。

(なっ・・・!?な、なんでそうなるの!?)

 慌ててもぐもぐと咀嚼する。ごくんと呑み込むまで見届けて、ロシルは自分の食事を再開した。

(怖過ぎる・・・!)

 赤くなった次は青くなったレイリアを見て、セーヴィアスはくすくす笑っていた。




 夕食を食べ終わり、レイリアは食器を片付けるセーヴィアスを見て手伝いそうになったが、抑えて部屋へ引っ込ませてもらった。

 身なりを整えて、部屋の扉がしっかり閉まっているのを確認した。


(よしっ!)


 気合いを入れてそっと窓を開く。窓のすぐ外はもう、街の通りだ。

(絶対に心配してる・・・・。それに、今はあんまり怖い事はされてないけど、これから先されないとも限らないもの。)

 イルアは不安になっているだろう。自分に何かあれば、己を責めるに違いない。

(イルア様のために、出来る事はやってみなくちゃ。)

 もう一度扉の方を確認して、そっと足を窓枠の外へ滑らせた。音を立てないように細心の注意を払って外へ降り立つ。忘れずに窓をそうっと閉めて、通りを振り返った。

(・・・よしっ!)

 一歩、踏み出した。



 その時だった。



(——っ!?)


 ひゅっと音がしたかと思うと銀色の線が目の前を走った。何事かと身を強ばらせる間に、糸のようなものが身体に巻き付き、締め上げられる。

(な、なに・・・?)

 それは首にも巻き付いて、もう少し強く締められたら、確実に呼吸が出来なくなりそうだ。

 ぞっと、身体が震えた。

「戻って。」


(!?)


 聞き覚えのある、愛らしい声。いつの間にか目の前に、リリィの姿があった。

「まだ帰せない。戻って。」

「リリィ・・・」

 この糸はリリィの仕業なのだろうか。 動けずにいると、リリィの背後で大きな闇が身じろぎした。

(なに・・・?)

 目が逸らせないレイリアに見せつけるように、闇は瞼を開いた。


(!・・・まさか、ランセル・・・?)


 巨大な闇は深緑あの瞳でレイリアを見つめている。その瞳には黄金の三日月が映って、その生物の凶悪さをちらつかせていた。

「レイリア、戻って。」

 もう一度言われ、レイリアは逃走を諦めた。リリィに、ランセル。どうあがいても、抵抗すら難しい。

(・・・どうすればいいの・・・?)

 少しは鍛えてもらっていたとはいえ、レイリアはやはり、無力だと痛感させられたのだった。






 恐怖と不安に震える夜が明け、朝を迎えて、レイリアはベッドの上でぼんやりと窓の外を眺めた。

(・・・イルア様・・・)

 くよくよしていても仕方がないのは分かっているが、何も出来ない自分がもどかしい。しばらくそのままでいると、こんこん、と軽いノックの音がした。思わずびくりと身体が跳ねた。

(リリィ・・・?)

 だとしたら、今は会いたくなかった。

「レイリア、起きてる?」

(やっぱりリリィだ・・・)

 途端に昨夜の事を思い出して、そっと喉へ指を滑らせた。糸が巻き付いたそこは、触れるとぴりっと痛みが走る。

(怖い・・・)

 リリィも、ランセルも。リリィに指示をしたであろうセーヴィアスも。

(開けたくない・・・)

「起きていたら、食事を。」

 レイリアは身じろぎ一つせずにじっと待った。扉に近寄るのも怖いし、扉を開けてしまうのも怖かった。

(何も出来ないんだもの・・・)


 怖い。


 しばらく経つと、小さな足音が遠ざかって行った。

 知らず強ばっていた身体から急に力が抜けた。ほっと、わずかに息を吐く。そのまま、もそりとベッドに潜り込んだ。

(どうしよう・・・逃げられないとしても、あの人達と話す気なんて起きないよ・・・)

 リュミエルが恋しい。いつでもレイリアを温かく見つめてくれるあの目が、恋しい。あの温もりが。

(リュミー・・・ごめんね、側にいられなくて・・・)

 寂しくて不安な気持ちのまま、レイリアは無理矢理に目を閉じた。











「セティエス様、夕食の仕度が整いましたよ。」

「ああ、ありがとう。」


 セティエスはぼんやりと座っていた長椅子から立ち上がった。レイリアの居所を調べるのには、まず自分が動けばいいのだが・・・イルアが落ち着かない今、屋敷をヴィト一人にするわけにはいかなかった。

 ガイアスに調べてもらっていたのだが、夜遅くなってもイルアが戻らない為、今はイルアを探してもらっている。

「ヴィトも食べるといい。我々が力不足になっては、いざという時に役に立たなくなってしまうだろう?」

「・・・・・・・・・はい。そうですね・・・」

 幾分しっかりしたものの、力無く笑って、ヴィトも食卓へついた。

「遅いですね・・・」

 ヴィトの目が不安気に揺れた。それを見て、思わず溜息が出る。

「・・・そうだな・・・」

 窓から空を見上げると、雲が月を隠そうとしていた。




 ガイアスはもう、二時間程走り回っていた。いや、その前は情報収集のために走り回っていたから、かれこれ五時間近くなる。これだけ動き詰めになったのは軍にいた時以来だ。無茶な訓練の様で、懐かしくも感じた。

(まったく、あいつは・・・)

 月明かりが弱々しく照らす。それが今のイルアのようで、ガイアスは仕方なくその姿を探す。家出した猫を探しているような心境だ。

 心当たりをしらみつぶしに回って、ここが最後というところだった。

(いた・・・)

 木の陰に、座り込んだイルアの姿があった。



 がさっ、と草を踏み分ける音がして、イルアは顔を上げた。ガイアスが近づいているのは分かっていた。間違える筈もない、慣れ親しんだ気配だ。

「・・・・・・ガイアス・・・」

 それしか言えず、イルアは黙り込んでしまった。と、呆れた声が降ってきた。

「何やってんだお前は。」

「・・・・・・」

 相変わらずかちんとくる男だ。イルアは思わず苦笑した。

「・・・だって、レリィが攫われたのよ。大人しくいられる筈ないじゃないの。」

 座り込んだまま、地面を見つめてそういうイルアに、ガイアスはさらに言葉を落とした。


「なら、何にもならない事はやめろ。」

「何にもならないって何よ!その通りだけど!」

「分かってるならさっさと戻るぞ。」


 そう言って面倒くさそうに手を差し出された。その手を見つめて、イルアは力が抜けてしまった。

「・・・あんたってほんとに可愛くないわね・・・」

「気色悪い。」

「・・・・・・」

 遠慮無く手を引っ張って立ち上がった。ついでとばかりに外套をばさりとかけられる。

「主人に対して横暴よ。もっと丁寧に扱いなさい。」

「はいはい。」

 ひょい、と抱き上げられる。

「・・・寝るわ。」

「・・・・・・」

 なんて自己中心的な主人だろうか。

(あいつがいなくなっただけで、こんなに取り乱すのか。)

 イルアはもう瞼を閉じてしまっていた。それを少し見つめ、そっと歩き出す。


(リュミエルも気が立ってるしな・・・)


 空を見上げると、月が頑張って雲間から顔を出していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ