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第七話  攫われた理由


「ありがとう、リリィ。」


 扉を開けて現れた青年は、セティエスとはまた違う美貌の持ち主だった。美丈夫、という言葉がぴったりだと思う。その美丈夫によしよしと頭を撫でられ、リリィは相変わらず無表情だったものの、どことなく嬉しそうな気がした。


「彼女と二人で話をしたいんだけど、いいかな?」

(えっ!?)


 慌てるレイリアを余所に、リリィは即答した。


「うん。」

(リリィ!)


 思わずリリィの腕を掴みそうになったが、リリィも味方ではないのだと思い直して留まった。そんな事をしている間にさっさとリリィはその場を去る。数歩離れていったところで、逆に青年に手首を取られた。一瞬びくりとしたが、思いがけず優しい力で、振り払えない。

「さあ、中へどうぞ。」

「・・・・・・」

 そう促されると、思わず身体が前へ動いた。

(あ)

 しまったと思った時にはもう、背後で部屋の扉が閉ざされた。

(お、落ち着け・・・!イルア様や皆の為に、ここは頑張るんだ!)

 がちがちに固まるレイリアをあまり意識せず、青年は椅子を一つ持ってきてレイリアに勧めた。

「どうぞ座って。今お茶も用意するよ。」


「いっ、いえ!結構ですよ!」


 てきぱきとお茶の用意をする青年に、思わず声をかけてしまった。青年がきょとんと目を合わすので、恥ずかしくなってくる。

「あっ、あの…」

 何か言わなくちゃと言葉を探すが、彼は敵である可能性が高いのだから、こちらが気を使う必要はないのだと思い当たった。なので。


「わ、私に何かご用ですか!?」


 イルア様に御用ですかとは言えず、飛び出た言葉がそれだった。

「「・・・・・・・・・」」

(わ、私に用があるから部屋に入れられたんだった・・・!)

 穴があったら入りたい。相手が敵であろうが恥ずかしい。恥ずかしいが、素直にそれを出せる状況ではない。顔が赤いだろうなと思いつつも顔を俯かせる事しか出来ないレイリアの耳に、ふっと笑い声が聞こえた。

(うっ・・・)

 敵に馬鹿にされるなんて。

「・・・そう怖がらないでくれるかな。状況が分からないだろうから説明しようと思ったんだけど・・・」


「え?」


 思わず顔を上げると、優しく微笑む姿があった。テーブルの上には温かそうに湯気をくゆらす花茶が用意されていた。

「とりあえず座って。お茶でも飲みながら話そう。」

「・・・・・・」

 じっと様子を伺うレイリアを見て、青年はしばらく悩んだ後、思いついて口を開いた。

「そうだ。まだ名乗っていなかったね。」

 どきりと心臓が跳ねた。ぐっと唇を引き結ぶ。

「僕はセーヴィアス。大体セーヴィって呼ばれているよ。」

 言いながらセーヴィアスは椅子を引き、座るようにレイリアを促した。それ以上逆らえずに、レイリアは恐る恐る腰掛ける。その右斜め前にセーヴィアスは腰をおろした。

「君はレイリアだね。バルクス家の侍女、でいいのかな?」


「!」

(やっぱり・・・イルア様の事、知って・・・?)


 緊張でお茶を飲むどころではなく、セーヴィアスの目を見返すので精一杯だ。しかしセーヴィアスは一切身構える事なく話しかける。

「君をここへ連れて来てくれたのは、ロシルという男だよ。今は出かけているけど、夜には戻ってくるだろう。そうしたら会わせるよ。」

(人が増えたら・・・逃げにくくなっちゃう・・・)

 そもそもこの男からも逃げられるか分からないが。

「ここは国境の町だよ。」

「・・・え?」

 聞こえた言葉に耳を疑った。

「そして、隣国側。」

「・・・・・・」


「つまり、君がバルクス家へ戻るには国境を越えないと無理だ。」


(・・・隣国・・・)

「まあ近々国境を越えるから、そんな世界の終わりのような顔をしなくても大丈夫だよ。」

「えっ・・・そうなんですか?」

 思わず言葉が滑り出た。するとセーヴィアスは片肘をついてにこりと微笑んだ。

「そう。ちょっと早めに連れて来てもらったんだ。」

「・・・っ」

 ぞくりと背筋が震えた。

「・・・どうして私を連れてきたんですか・・・?」

 膝の上で握りしめていた手が震えた。


「イルア=バルクスにレーヴェとして会ってもらうには、これが一番確実だからね。」

「!」


 セーヴィアスの笑みは、とても柔らかだった。悪意や害意が少しも感じられない。それが、かえって不安を煽った。

「イルア様にどんな御用ですか・・・」

 声が震えていた。それにセーヴィアスは目線を和らげた。

「・・・それはイルア=バルクスに話すよ。」

「イルア様を放っておいて下さい。」

 自分でもびっくりするくらいしっかりした声だった。

(この人はイルア様がレーヴェだって分かってて話してるんじゃないかも知れないし・・・下手な事言っちゃだめ。慎重に言葉を選ばなきゃ・・・)

 ごくりと唾を飲み込んでセーヴィアスを見つめた。と、困りきった様子で溜息を吐いた。

「そうか・・・。大好きなんだね。」

「・・・・・・」

 苦笑して、セーヴィアスは一口、お茶を飲んだ。

「調べによると、君は本当にただの(・・・)女性のようだから、あまり込み入った事情は話さない方が良いと思ったんだけどね・・・」

「・・・・・・事情、ですか・・・?」

 この人は一体、イルアに会ってどうすると言うのだろう。

「その様子だと君は、ちゃんとレーヴェが誰なのか知っているようだね。」


「っ!・・・」


(じゃあこの人は・・・イルア様がレーヴェだって、本当に知ってるの!?)

「僕はね、レイリア。イルア=バルクスが苦しんでいるんじゃないかと思って、少し話をしようかと思ったんだよ。」

「イルア様が・・・苦しむ?」

 どきりとした。ザクラス将軍を葬った後、エルフィアに会ったイルアは、ひどく傷付いた顔をしていた。


「実を言うと、僕も以前は同じ様な事をしていたから。」


「・・・・・・え?」

 そう言ったセーヴィアスは、どこか悲しそうな顔だった。

「・・・いつも顔を見合わせる相手の、大切な人の命を奪うような事をしなくちゃいけない。」

(この人も・・・?)

「けど、その道を選んだのは僕自身だから。・・・苦しくてね。」

(イルア様・・・)

 セーヴィアスから悪意も害意も感じられなかったのは、こういう事だったのか。思わず目頭が熱くなった。

「・・・・・・困ったな・・・」

 ぽろりと涙が零れてしまって、レイリアは慌ててごしごしと拭った。

「すぐにでも帰してあげたいけどね・・・」

「・・・・・・」

 ぐっと手を握りしめた。この人がイルアの苦しみを思ってくれているのは分かった。けれど、味方という訳ではないのだ。とにかく、余計な事はしゃべらないようにと、レイリアは決意を新たにした。




 セーヴィアスは特に部屋にレイリアを引き止めたりせず、怯えるレイリアを気遣って部屋から出してくれた。さっきレイリアがいた部屋は自由に使っていい。分からない事があればリリィでもセーヴィアスでも聞くといいと言ってくれた。


(イルア様・・・どうしたらいいんでしょう・・・?)


 鬱々うつうつとしたまま部屋のベッドに寝転がっていると、こんこん、と小さなノックが聞こえた。

「あっ、は、はい!」

 慌てて起き上がると、リリィが少しだけ扉を開けて顔を出した。

「ご飯、食べる?」

「え?あっ、えっと・・・」

 確かにお腹は空いているが、ここでほいほいついていくべきなのか迷う。

「食べる?」

 再びリリィに聞かれて、レイリアは良心に負けて頷いた。

「た、食べる・・・」

 多分、リリィを寄越しているのはセーヴィアスなのだと思う。どう考えてもリリィはレイリア・・・いや多分、セーヴィアスにしか関心がない。だから正直、この親切を受け入れるのには抵抗がある。が、リリィにその気がないので、拒むのは可哀想に思えてしまうのだ。

 結局リリィに連れられる形で、レイリアは食卓へと招かれた。




 半円に並んだ部屋の中央に、一つの大きな部屋があり、そこが食卓だった。セーヴィアスはもう席についており、テーブルの上には美味しそうな食事が並んでいた。

「さあ座って。もうすぐロシルも帰ってくるだろう。」

 セーヴィアスはにこやかにレイリアの椅子を引いた。ごく自然にそうされるので、レイリアも自然に座ってしまった。

「リリィ、ランセルは椅子に乗せなさい。テーブルは駄目だよ。」

「・・・はい。」

(やっぱり可愛いなぁ・・・)

 ついつい口元が綻んでしまう。するとセーヴィアスが気付いて微笑みかけてきた。

「ランセルが気に入った?」

「えっ、あっ、いえ・・・」

 思いっきり動揺してしまった。くすりと笑われて恥ずかしくなる。

「レイリアはドゥールが好きなのかな?」

「い、いえ・・・」

 まともに目も合わせられない。

「そう?それじゃあ食べようか。」

「いただきます。」

 リリィが意外にもきちんとそう言って、静かに食べ始めた。

(すごい・・・育ちが良いのかな・・・)

 視線を移すとセーヴィアスも、セティエスと変わらないくらい上品だった。

(・・・そんな人が、一体どうしてこんな事・・・)

 スープを飲む為にスプーンを持つ。


 と、居間の扉が突如開いた。


「ああ、お帰り、ロシル。」




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