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第六話  渦巻く不安



 部屋を出たイルアの後をヴィトが追った。

 様子がおかしいと思ったからだ。レイリアが攫われて、イルアが平静でいられる筈がないと思った。それなのに、今までが冷静過ぎる。

「イルア様・・・」

 声をかけてもイルアは振り向かなかった。早足に自室へ向かい、階段を駆け上がる。

(イルア様?)

 ヴィトが追いつく前に扉が閉まり、がさごそと衣服を漁る音が聞こえた。ついでにあれこれと物を物色しているようだ。五分程してから、部屋の扉が開いた。


「!・・・イルア様!その恰好は・・・」


「・・・・・・・・・」

 イルアは、ドレスをやめてズボンを履いていた。一度だけエルフィアに連れられて鹿狩りへ行った時のような、動き易さと丈夫さを重視した服装だった。いつもはおろすか編んでいる髪も、無造作に首の後ろで括られている。

「どうするおつもりですか・・・お一人で・・・?」

 一歩踏み出したヴィトに、針のように細い剣を突き出した。ヴィトの胸元で剣先が震える。


「・・・行かせて・・・」


 すぐにでも泣き出しそうな瞳だった。

「イルア様・・・」

 震えていた。こんなにも弱い姿を見たのは初めてだった。言葉も出ず、身動きも取れないヴィトに剣先を向けながら、イルアは数歩ずれて階段へ近づき、一気に駆け下りていった。

 階下でセティエスが声をかけたようだが、イルアはそのまま行ってしまったようだ。

「・・・イルア様・・・レリィ・・・」

 イルアが不安で仕方ないのが分かった。しかしそれを露にするのは今までにない事だった。


(もしこのままレリィに何かあったら・・・)


 そう思うと恐ろしい。バルクス家は・・・この四人は、どうなってしまうのだろう。

「ヴィト?」

 はっとして階下を見ると、セティエスが覗き込んでいた。

「お嬢様は・・・」

「・・・レリィが心配で・・・」

「・・・お前も泣きそうな顔をしている。」

「・・・・・・」

 そう指摘されて初めて気がついた。

「そう・・・ですか?」

 セティエスはゆっくりと階段を上ってくると、そっとヴィトの頭に手を乗せた。

「そうだよ、ヴィト。何が不安だ?何が怖い?」

 目頭が熱くなった気がした。真っ直ぐにセティエスの顔を見ているのに、少しぼやけている。

「・・・レリィは無事なんでしょうか。イルア様は・・・大丈夫でしょうか。俺たちはどうなりますか。俺・・・」

 セティエスが困ったように笑った。何故笑われているのか分からないまま、ヴィトは子供みたいに不安を言葉にした。


「・・・ここ以外に居場所なんてないんです。」


 ここ以外で、人らしく生きられるところなんて、ヴィトにはないも同然だった。

「・・・ヴィト。」

「はい。」

「・・・お嬢さまが泣いていないのに、お前が泣いてどうするんだ。」

「あ・・・・・・」

 指を当ててみると、言われた通り泣いていた。途端に笑えてしまった。恥ずかしさよりも情けなさが込み上げてくる。

「一先ず、私とヴィトはお嬢様の帰りを待つ。ガイアスは夜まで手がかりを探してもらおう。」

「イルア様を放っておくんですか?」

 問いかけたヴィトに、セティエスは静かに微笑んだ。

「・・・お嬢様は大丈夫だ。レリィの命がかかっているのだから。ただ、動かずにはいられないだけだ。」

「・・・・・・」

 セティエスの瞳は揺るがなかった。それで、ヴィトはようやく心を落ち着ける事が出来た。

「はい。セティエス様。」


 




 レイリアはゆっくりと瞼を上げた。少し狭い部屋には小さな窓しかないらしく、窓から入る仄かな陽の光が、今は夕暮れだと告げていた。

(あれ・・・?私、いつお屋敷に戻ったんだっけ・・・)

 そう思いながらぼんやり部屋を見渡して、レイリアは瞬いた。

「あれ・・・?」

(私の部屋じゃない・・・)

 そう思って気付いた。


 気付いた途端、血の気が引いた。


(お屋敷じゃない・・・!)

 ベッドの上で足を引き寄せ、小さくなる。視線の先に扉を見つけて、ぎくりとした。

(私・・・ヴィトといたのに・・・)

 はっとして思い出した。突然何かが現れたのだ。そして、それから今までの事を覚えていない。

(一体どこ・・・?)

 そろりとベッドから降りて窓の外を覗いた。

(街だ・・・)

 なんの変哲もなさそうな街だった。夕暮れ時なので、皆仕事を終えて帰ろうとしているようだ。

(けど・・・どこの街だろ?)

 レイリアの良く知る街とは様子が違った。街人の着ている物も少し違うし、建物の感じも違う。レイリアの生まれ育った街よりも、重厚な雰囲気で、使われている色も濃い。

(一体どこなんだろう・・・)

 しばらく考えても分からず、レイリアはベッドに腰掛けて思案した。


 どうして自分はここにいるのか。拉致されたとしか思えなかったが、レイリアへの扱いは優しいと思われた。どこも怪我をしていないから、運ぶのもある程度丁寧だったのだろうし、今いる部屋も、ちゃんと人の手が入っている。


(一体、どうして?)

 レイリア個人に対する行動でないのは明白だ。レイリアは人より優れたところはない。だから、ここまでして手を出そうという者はいないだろう。

(じゃあ・・・)

 ぞくりとした。思わず両腕で自分を抱きしめる。

(イルア様・・・?)

 今一番狙われる可能性があるのは、レーヴェであるイルアではないのか。イルアは言っていた。レーヴェに手を出すのは難しい。一番弱い者—レイリアが狙われるのだと。それじゃあここに大人しくいるわけにはいかない。

(どうしたら・・・?)

 ここにはヴィトも、ガイアスも、セティエスも、一番頼りにしているリュミエルもいない。レイリア一人で力押しするのは不可能だ。

「・・・・・・・・・」

(でも、ここでじっとしてても仕方ない!)

 ぐっと拳を握り込んで、レイリアは勢いよく立ち上がった。



 部屋の扉をそっと開けて、慎重に外の様子を伺う。

 レイリアのいる部屋は廊下の端にあるらしく、建物の中心を半円に囲んで部屋があった。じっと様子を伺っていると、少し離れたところにある隣の部屋の扉が音もなく開いた。


「!」


 驚きすぎて身動きが取れなかった。扉は少し開くと、開けた人物は少しの無駄もなくこちらを見た。つまり、この部屋を見ようとして扉を開けたのだろう。

(ど、どうしよう・・・)

 動揺して頭も回らないレイリアのところへ、目が合ったままずんずん近づいてくる。

(どうしよう、どうなるの!?)

 恐怖したレイリアの目の前で、その人物はぴたりと足を止めた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 しばし見つめ合った。


 目の前にいるのは少女だった。十二、三だと思われる。肩下までの緩く波打つ髪はとろけるような蜂蜜色で、長い前髪が右目を隠してしまっていた。ぱっちりと大きな瞳は少しつり目で、可愛いながらも少しきつい印象を受ける。

 愛らしい姿にも関わらず、着ているものは丈の短い黒のドレスだった。その腕には、濃い灰色のドゥールが抱かれていた。

(ドゥール・・・ララとは違う種類なのかな・・・)

 恐怖も忘れてそのドゥールを眺めてしまっていると、閉じられていた瞼が開いた。

(わあ・・・すごく濃い色・・・)

 光りの加減で僅かに緑だと分かる程、色の濃い瞳だった。そして、大きな瞳だ。不機嫌そうに細められる様まで可愛いと思えてしまう。と、少し上の方から愛らしい声が降ってきた。


「具合、どう?」


(え?)

 一瞬どこから声がしたのか考えて、状況を思い出して戦慄した。

(わ、私・・・!)

 慌てて顔を上げると、少女が小首を傾げていた。こんなに可愛らしいのに、先程からずっと無表情だ。

「あっ、あの・・・」

 何か言わなくちゃと思うのだが、頭と口がうまく回らない。

「具合、悪い?」

 もう一度少女が訊ねた。その台詞に全く害意も悪意も感じられず、少し考えた後、わずかに微笑んで答えた。

「大丈夫よ、ありがとう。」

「なら、いい。」

 少女は小さく頷いて、短く用件を言った。

「セーヴィが話をしておきたいって。来れる?」

「え・・・と・・・」

 セーヴィとは誰だろうか。イルアを狙う悪人だろうか。

「・・・・・・」

 レイリアが考えている間、少女は無言で待っていた。苛々したり急かしたりしないのには、ちょっと感心する。

「あの、誰の事?私をここへ連れて来たのはその人?」

 出来るだけ情報を集めようと、懸命に考えて質問する。が、少女は必要最低限しか喋らなかった。

「セーヴィはセーヴィ。貴女を連れて来たのはロシル。」

「う・・・そ、そう・・・」

 レイリアの質問の意図を分かって躱されているのだろうか。それとも純粋に答えてくれているのだろうか。判断が出来なかった。

「来れる?」

「う・・・」

 行っていいものかどうか。しかし、先程は体調を聞いてくれたし、今も無理に連れて行こうとも話をさせようという気配もない。取りあえず危険はないのじゃないかと思った。

(えっと・・・余計は事は喋らない。イルア様の秘密なんて知らない。)

 心の中で最低限の準備をして、少女の目を見据えて頷いた。


「行くわ。」


 こくり、と少女は頷いて踵を返した。慌ててレイリアは後を追う。前を行く少女の腕の隙間から、抱かれたドゥールの黒っぽくて太い尾が揺れた。



「あの・・・あなたは誰?」

「わたしはわたし。」

「ああえっと、名前は?」

「リリィと言うの。」

(可愛い・・・!)

 しかしリリィは振り向きもしない。この態度はどこで身に付いたのだろう。

「そうなの。ねぇリリィ。そのドゥールはなんて言うの?」

「この子はランセル。」

「ランセルは男の子?」

「ランセルは雄。」

「なんて種類のドゥールなの?」

「分からない。セーヴィなら知っていると思う。」

 どこまでも淡々としている。そうして話している間に半円の通路を歩ききり、レイリアがいた部屋の真逆へ辿り着いた。

 はっと身構えたレイリアには見向きもせず、リリィは部屋の中へと声をかけた。

「セーヴィ、いる?ロシルが連れて来た人を連れて来た。」

 その言い方に、緊張が少し解けてしまった。

(連れて来た人を連れて来たって・・・)

 その物言いが、幼さを感じさせてほっとした。リリィはどうにも子供らしさが欠けているように感じていたのだ。

「いるよ。今開ける。」

 聞こえてきた声は、若い男のものだった。どくりと心臓が跳ねる。当たり前だがレイリアがここにいるのはリリィの仕業ではないのだ。


 それを、今更ながら認識した。



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